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ウルトラマリンハート  作者: 蛸山 葵
序幕:5番目の運命。
4/11

EPISODE:04 自己不在少年少女。

「まもなく、一番乗り場に、十時二十一分発、紀州路快速、関西空港、和歌山行きが8両で参ります。危ないですから黄色い点字ブロックまでお下がりください。」


桜の花びらが落ち、道を彩る春の昼下がり。

大阪駅は今日もスーツケースを転がす観光客や、スマホに釘付けな学生達でごった返していた。

大阪市中心部をぐるっと巡る大阪環状線が何十万人という乗降客を休む暇もなく、乗り入れさせている一番乗り場。

誰もが当たり前のように歩き、話し、流れていくこの空間の中で、ある一人の少年だけが、ぎこちなく立ちすくんでいた。

大阪駅の喧騒は、少年の小さな存在をあっさりと飲み込んでいく。


「父上…、メノリエ…?」


困惑しながら、少年は通り過ぎる人の群れを観察する。だが、ホームに滑り込んできた電車に押し寄せる人波に圧倒され、身を引く。


「ここはどこだ…?何が起きているっ!?」


列に並んでいた人々は、ぎゅうぎゅうに人が詰め込まれた車内に吸い込まれていき、発車メロディと共にゆっくり発車した。

少年は、呆然とその背中を見送る。


「鉄でできた…、巨躯の城だと…!?」


まだ春は始まったばかりだというのに、彼の首筋からは汗の雫がポツポツと浮かび始める。

そしてまたメロディが鳴ると、彼の背後の2番ホームからは、また電車が到着し、人を降ろしていく。


彼は降りてきた乗客の一人に、思わず声をかける。


「おいお前…、ここは一体どこだ…?」


しかし、男はワイヤレスイヤホンをしていたのか、少年に気づくことなく、せかせかとエスカレーターに乗ってしまった。


「…動く…階段…。」


少年は呆けたまま、まるで森から都市へやってきた猿のように口を半開きにして大阪駅全体を見渡す。

無数の線路が交差し、その向こうには街の一部のようにそびえている巨大な駅ビル。

彼にはその全てが、得体の知れない異様な都市に見えていた。


呆然と歩き出した彼は、ベンチに座る小柄なおばあちゃんに目を留める。


「おい、さっきの地響きは大丈夫だったか?ここがどこだかわからぬが、かなり危険な地だ。まずは父上を探さねばならぬ。私と一緒に来い!」


おばあちゃんはポカンと少年を見つめる。


「ん?どうしたの?迷子かい?」


「迷子?父上と言ったら国王であり、私は国王の嫡男ちゃくなんだ!見てわからんか!?メノリエでもハニヴァでもよい。見かけなかったか!?」


「メノ…、誰だい?」


「何を呆けておる!?王の側近の名だぞ?本気で言っておるのか!?貴様、頭がボケておるのではあるまいな?」


「失礼ね!あたしゃまだ大阪駅で一度も迷った事もないくらいよ!!」


「オオサカエキだと…?この場所の事を何か知っておるな!?」


「ったく最近の若い子は…、親が悪いんだろうねえ。」


「父上を侮辱するつもりか!」


「お父さんの事を父上と呼んどるのかい!?ますます親の顔が見たいねえ。」


「貴様ッ!!」


「あんた、よそから来たのかい?」


「もうよいわ!」


少年は痺れを切らして、おばあちゃんから離れた。


「もしや、ここはかなり王都から遠く離れた郊外なのか…?いや、それにしては民があまりに多すぎるし、活気的すぎる…。」


人混みを縫うようにしてホームを歩いていた彼は、ふいにある人物の前で足を止めた。


「あ!お前は!!」


少年はその人物を見つけるや否や、胸ぐらを掴んだ。


「きゃっ!」


「やはりか…。貴様、私の部屋に無断で侵入し、トンチンカンな事をブツブツ言っていた奇天烈な小娘!」


胸ぐらを掴まれた彼女は、栗色の巻き髪をした可愛らしい女の子だった。

まだ幼さの残る顔、背丈も少年より低い。


「離してください!あたし、あなたの事知らないです!」


「とぼけるな!全身どこからどう見ても、あの時の小娘だ!」


「知らないですって!!」


「あの時、確かに私は律式で貴様の心臓を完全に掴んだ!だがまるで効いてはいなかった。五番目の運命がなんたらとか、わけのわからぬ言葉をペラペラまくしたてておったではないか!名は確か…、フィアノアとか言ったか?」


「五番目…?フィアノア…?わけわかんない事言ってるのはあなたですよっ!」


「………本当か?」


胸ぐらを掴む力が徐々に緩まる。


「あたし!ただでさえ今すっごく混乱してるんです!さっきまでおじいちゃんと果樹園にいたのに、いきなり地響きが起きて…、気がついたらこんな場所に一人立っていて……、おじいちゃんもどっか行っちゃって…。」


彼女の頬から一筋の涙が流れるのを見た少年は、掴んだ手を離し、気まずそうな表情で顔を逸らした。


「…すまない。その様子だと人違いのようだな…。その…、私も似たような境遇だ。」


しゃくり上げる声を漏らす女の子に、少年は申し訳なさそうに首筋をさすった。


「私が誰だか…、わかるか?」


「…ごめんなさい。わかりません…。」


「…ここにいる全員が王子である私の事を素通りしていく。まさかここは私の知らない異国なのか…?」


「あなたは、誰なんですか…?」


「私はテレウァン。アルマリス国を統べる王子だ。」


その名前を聞いた途端、彼女の表情が雲間から陽が差すように、ぱっとほどけた。


「テレウァン王子!?」


「何だ急に?知ってるのか!?」


「もちろんです!あたしの国で知らない人はいませんよ!だってあたしの家の果樹園の名前、テレウァン果樹園って言うんですよ!」


少女は、はずみながら話し始めた。


「え!本当か!?あの南の…、そこの娘なのか!?」


「はい!おじいちゃんが王子の髪の色にそっくりのリンゴが実ったって大喜びして、テレウァン果樹園に改名しよう!って、ダメ元で王子にお願いの手紙を送ったんです!そしたらオッケーもらえたんです!」


「あれなぁ。初めはこじつけで名前を売ろうとしてるんじゃないかと思って却下したんだけどなあー。あの時なんでか衝動的にオッケーしちゃったんだよなあー。」


「ところであなたは王子の…、近しい人なんですか??」


「は?」


「え?王子に詳しいから…。」


「近しいも何も、私が王子だ!貴様、さっき私の顔見てテレウァン王子!!って涙も吹き飛ばして張り切って言ってたじゃないか。」


「いや、やっとテレウァン王子をご存知の人に出会えたから喜んだんですよ!」


「何を言ってる?ご存知も何も、私がテレウァン王子だ。」


「え?どういうことですか??」


「どういうことですか?って…、どういうことだ?」


お互いの話がどこか噛み合っていない事に、じわじわと違和感を感じ始めた二人はしばらく沈黙した。


「……だってテレウァン王子の髪は、あたしの果樹園のリンゴと同じ、朱色をしているんですよ?あなたの髪は真っ黒です!!」


少女は背伸びをして、彼の頭を指差した。


「その目、ただのお飾りか?私の髪色はこの国で一番美しい朱色、テレウァン色とまで呼ばれてるんだぞ!こないだなんか若者達で私の髪型アンケートなんて勝手に開催されるくらい、私の髪は人気が高いんだ!」


少年はファサッと髪を自慢気にかき上げてみせた。

その時、指先にすくわれるように一本の髪が抜け、彼の目の前でユラユラと風に揺れながら舞い落ちていく。

それを見た少年は、目が飛び出るほどの衝撃を受け、叫ぶ。


「くろーーーーーっっっ!!?」


そんなバカな!と彼は自らの髪の毛一本を両手で掴み、プチッ!と引き抜き、眼前に持ってくる。


「まっくろーーーーーっっっ!!!?」


あまりの衝撃だったのか、彼は舌をも突き出た叫びを放った後、そのまま公衆の面前で瞳孔を震わせながら後ろへぶっ倒れた。


「大丈夫ですかっ!?」


「嘘だ…。私の…美しい…髪が…。」


「髪どころか、テレウァン王子は27歳なんですよ?あなた、まだ大人でもないですよね?」


「へっ…?」


少年は倒れたまま、自分の両手を天にかざし、見つめた。


「…誰の手だ…、これは…?」


そこには、威厳のない普通の男の子の手があった。

彼は自分の手が奇妙で仕方ないという表情をしている。


「私は…、何に見える…?」


恐る恐る彼は少女に訊いてみる。


「ええ…?何に見えるって言われても…」


少女がどもっていたところ、


眞人(まひと)真香(まなか)!探したわよ!」


女性が二人のもとへ、駆け足で近づいてきた。

少年は声をかけてきた女性を見つめる。


「誰だ?」


「先々行くなって言うたやろ!ボケ!!」


パシン!!


駅の喧騒の中を乾いた音がすり抜ける。

その音は、少年の頭から鳴った。


「なっ…!」


首が下がり、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして頭を抑え、呆然とする。


「こんなとこでうろちょろしたら帰れんなるやろ!」


「おい女!!自分が何をしたかわかっておるのか!?王子である私に手を上げるなどと!!」


「あんたこそ誰に向かって言うてんねん!!」


「はぁ?この国の王妃とでも言うつもりか?」


「あんたらのママや!このアホ!!」


少年と少女は互いの顔を見合わせた。


「へ?あたしも?」


「当たり前やんか!」


「「はぁーーーーー!!?」」


駅に驚愕の叫びが重なった。


アルマリス国の全権を握るテレウァン王子。

彼は、大阪在住の一般家庭の長男に転生していた。

かつて他者を支配していた王子は、この世界で新たな生き方を問われる。

これは、彼がこの世界で人の幸せを喜べる人となるのか。

あるいは、人の幸せを喜ぶ事そのものは、彼にとって本当に必要な感情なのか。

そんな彼自身すら知らない繊細な心理の在り方を、愚直なまでに問い続け、暴く、異世界から転生した王子による、他者啓発本である。








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