第2話:君と見た星空
やっぱり、石原さんに好きと伝えたい。朝起きた時に、そう決心した。
1週間後、流星群の日がやってきた。
作った弁当は、ハンバーグと卵焼きとウインナーと塩辛いおにぎり。僕はこれぐらいのおにぎりの塩加減がちょうどいいが、母が食べたときは「塩辛っ!こんなの食べれないわ」と言って、一口で食べるのをやめてしまったほどだ。
そんな粗末なお弁当も石原さんと食べるとおいしくなるだろう。
石原家は父が厳しく、夜9時以降に外に出るのは許されないらしい。
通っている塾の振替日が今日で、どうしても9時を回ってしまうという嘘をついて説得するようだ。僕が家の前にいると絶対怪しまれるので、LINEで「先に山頂に向かってて」と送られてきた。
標高300mの低い山だ。10分ほどで登れる。いつもは坂がきついので登る気になれず、麓で天体観測をしている。
でも、今日は石原さんと星を見れるというパワーもあってか、重い望遠鏡と弁当を持っても、5分で登ることができた。望遠鏡をセットして、山頂からちょっと降りたところで登ってくる石原さんを待った。
「おーい!宙くーん」
片手に弁当を持って、片手を大きく振ってこちらへ向かってくる。お弁当を持つ手はぐちゃぐちゃにならないように静かで、もう片方の手はブンブン振っている。なんていうか、両手の格差がすごい。
「待った?」と聞かれたが「全然待ってないよ」と答えた。世の中には相手に好意を与える嘘も存在するのだ。邪悪な嘘と同じ漢字を書くくせに。世の中は矛盾の塊だ……なんて考えていると、石原さんが望遠鏡の前に立って、また僕を呼んでいた。どうやら考え事で足が止まっていたらしい。
「早くこっちおいでよー!」
再び山頂へ着くと、さっきは見えなかった星が浮かび上がってきた。まだ流星群は見えないが、これで十分満足だ。
「お腹空いたでしょ?弁当食べよ」
石原さんがそう言うと、母が作った晩ごはんを「帰ってから食べる」と言って我慢していた事を思い出した。急にお腹が空いてきた。
「じゃあ、弁当交換しよっか」
「ええ?」
思わず驚きの声が漏れてしまった。
「私、宙くんの弁当食べたいから。どんな味なのかなって」
石原さんは笑った。この塩辛いお弁当を渡すのか?でも、楽しみにこちらを向いて待っている。
結局、弁当を交換した。塩辛いおにぎりをどう思うのかが少し心配だったが、「塩辛い」と言いながらも笑顔で「おいしい!」と言いながら全部食べてくれた。
「私も濃い味好きだよ」と言った石原さんの弁当は、確かに僕の舌に合っていた。
おにぎりに、ウインナーに、卵焼きに、唐揚げ。どれも美味しかった。具材が僕の弁当と似ていたのでテレビでよく見る『格付けチェック』をされているようで、少し嫉妬した。
弁当を食べ終えると、ちょうど流星群が降り注いだ。とても神秘的だった。
「こういうときは、願い事をするんだよ。流れ星に願いたい放題だ」
そう諭すように言うと、手を合わせて願い始めた。
これは流れ星なのか?だとすると、星が流れた一瞬で3回願うという面白みがなくなってしまう。
そんなことを考えながらも、同じように願いごとをした。ずっと子どもの頃からの夢を
「なにをお願いしたの?」
「宇宙飛行士になりたいって願った」
「良いじゃん!宙くんなら絶対なれる」
石原さんは拳を固めた。
「じ、じゃあ、石原さんは何を?」
僕は首を傾げて石原さんに聞いた。
「私?えーっと……秘密!」
石原さんはニコッと笑った。
「え!?ずるっ」
2人の笑い声が満天の星空に響く。
石原さんが「秘密」と言ったとき、どこか照れや恥ずかしさも混じっている気がした。秘密の裏には何かあるのかもしれない。よく考えたがわからなかった。
「じゃあ、そろそろ帰ろっか」
石原さんが立ち上がった
「え?もうこんな時間か」
僕が時計を見ると22時を回っていた。石原さんといると時間が過ぎるのが早いようだ。
中学3年生の僕らはこんな時間まで出歩いたことがなかった。石原さんは帰ったら父にバレるだろうか。石原が父に怒られてしまわないか、とても心配した。それ以前に僕も親に心配されてるかもしれない。
僕は手を振って石原さんを見送ると、夜道を走った。
結局、好きと言えなかった。
言うタイミングはいくらでもあったのに……告白しようとするが、声にならないのだ。
夜は、星への感動と告白できなかった後悔でなかなか眠れなかった。
次の日、学校に行くと石原さんの姿はなかった。「石原さんは父の転勤の都合で、転校した」と担任の先生から告げられた。
僕の恋は実らなかった。何で言ってくれなかったんだろう。一緒に星を見たのが最初で最後だなんて……この恋はグレープフルーツのような苦い味がした。
初めて味わった失恋の重さ。初めて好きになった人の突然の転校に、僕は心にぽっかり大きな穴が空いた。そして、この穴を埋めてくれる人は誰もいない。
それから、受験の時期が迫り、勉強に心を切り替えた。それしかなかったのかもしれない。あるいは恋から逃避したのかもしれない。
とにかく、そうして高校は第一志望校に合格した。
そこは夢である宇宙飛行士へのスタートラインとなる場所だった。
名前は創星高校。入学式の前日は楽しみでたまらなかった。