あの日の悪夢 episode-1
これは悪夢だ。燃える館、慌てふためく従者たち、外から轟く怒号。
「革命!革命!革命!貴族どもを殺せ!報いを受けろ!!!」
王都ルテティアになだれ込んだ革命軍は民衆の支持を受け、勢力を拡大しながら暴動を始めた。
暴徒化した革命軍は王宮を取り囲み周辺にある貴族の館に侵入して略奪を行い、しまいに火をつけたのだ。
僕の館にも群衆は到達し、館を破壊し始めた。
従者たちが必死に群衆から館を守ろうと玄関付近でバリケードを築きながら戦っている。
「王都全体の防御魔法陣が無効化されている!我々も魔法が使えない!革命軍の妨害工作だ!」
「恍惚騎士団からも離反が出たらしい!このままでは王都が陥ちるぞ!奥方と若様だけでも逃がさなければ!」
従者の伝令の声が響き渡る中、僕は母さんに手を引かれながら長い廊下を走って逃げている。
突然廊下の窓が割れ一人の男が飛び込んできた。
その男はボロボロの様子であるが見に纏う鎧は華麗である。
恍惚騎士団の一員だ。
先ほど恍惚騎士団の離反のことを聞いていた母さんはさっと身構える。
「ボルドー家の方であられますか。わたくしは恍惚騎士団第三席エドガール・ヴィルパントであります。此度の革命では身内から離反者が相当数出ており不甲斐ないばかりでございます。革命軍の魔法使用妨害により我々を含む王都守備軍は総崩れになりました。我々の敗走は必至ですが、できる限りの救助活動を行なっているところであります。わたくしがお守りいたしますのでお逃げくだされ。」
様子を察知した男は口をひらく。
「恍惚騎士団が敗れるとはその名折れですわ。それにヴィルパント、あなたを信用できる要素が何一つありませんよ」
あくまで母さんは冷静だ。
「おっしゃる通りでございます。しかし失礼ながらわたくしが離反者側ならば出会い頭にお二方を切り伏せていますよ。時間はありません、早く。」
その時ひときわ大きな爆発音が聞こえて、わっと群衆が背後の廊下から現れた。
バリケードが破壊されたのだろう。
「ではあなたを信じてこの子を託します。行きなさい!」
母さんはここで押し問答をしている暇はないと悟って言った。
「奥方様はどうなさるので!わたくしが足止めしますー」
と男は慌てて言うが、母が遮る。
「なりません。私とこの子の二人でどうやって館を取り囲む群衆を突破できましょう。私はただの貴族の生まれですが、夫は臣籍降下したとは言え王弟、この子は王家の血を継ぐ者です。必ず逃がしなさい。夫が不在の今私が館のあるじです。館と運命をともにします。」
母さんは僕の手を離し、男の方へ背中を押す。
「か、母さん!」
僕は泣きながら叫ぶ。
「アラン、行きなさい!私はアランが生き延びることが何よりの望みなのよ。」
母さんはピシャリと言う。
「奥方様、必ずや」
男も決心した様子で泣きじゃくる僕を抱き抱え、走り出す。
「その子を頼みますーーー」
男に抱えられながら背後から母さんの声がわんわんと耳に響く。