(7)
「のわああああー!」
考えるより先に叫び声をあげて、慌てて携帯の電源を切ろうとした。
しかし、濡れてしまって壊れたからなのか、表示されたまま画面は一切動かない。
何で!? どうしてよりによって、こんなメッセージが送られてきた状態の時に壊れちゃうんだよおお!
いやっ、まだワンチャン鈴香さんがこの画面を見ていない可能性もある!?
そう思い僕は、恐る恐る鈴香さんへと視線を向けた。
「……ラッキースケベ」
おわったああああー!
しっかりメッセージの内容を見られている!
余りにも不可抗力であり、どちらが悪いという訳ではない。
なんならこのタイミングでメッセージを入れてきた西脇にも何の落ち度もない。
強いて言うならちょっと飲み物を被っただけで、故障するような僕のスマホの耐久値がいけない!
なんて言い訳をすごい勢いで捲し上げてみたが、時すでに遅し。
せっかくのチャンスがすでに崩れ去っていく音を胸に抱きながら、僕は弁解をした。
「いやっ、実は僕、本当に恋愛経験が無くてですね! いつも恋が始まるチャンスは起こるのに、その後の進展が全くないんです!」
そういえばどうして鈴香さんに弁解をしなくてはいけないのだろう。
「だから友人たちからは、ラッキーなスケベな事だけを起こす男ってイジられていて!」
僕が弁解したところで、それはただの保身に過ぎないし、鈴香さんには関係なくないか?
「今日も遅刻しそうになって慌てて走っていたら、同じように走ってきた女の子とぶつかっちゃって!」
もはや誰の為に弁解しているのか、なぜそんな話をしているのかすらも僕には分かっていない。
「でもその拍子にちょーっとだけその感触というかですねっ―――」
……んっ?
ちょっと待て、今朝の話はたしかに事実だ。
だけどその子の胸の感触をわざわざ鈴香さんに説明する必要はなくないか?
そう思ってハッと鈴香さんの顔を見るが、やはり無表情。
むしろこれは軽蔑にも近いような、なんともやらかしてしまった感満載な状態。
完全にやらかしてしまったと、経験が無いに等しい僕でも分かるような、虚無の時間。
……これは完全に終わった。
僕はこの経験が、今後トラウマとして残り、どんどん奥手で甘酸っぱい青春とは無縁の生活野郎へと進んでいくのだろう。
なんてこの世の終わりとさえ思えてしまいそうなほど、身体がだる重になってしまった僕。
だけどそんな僕とは対照的に、鈴香さんはジーっと僕の事を見据えている。
……一層の事、何か軽蔑した一言でもくれた方がまだマシだ。
その居心地の悪さに、僕はもうどうしてよいか分からない。
なんなら家に帰りたい……。
やっぱり僕に、こういった経験はまだ早かったんだと嘆きたくなる程、涙が出てきそうになる。
スマホも新しいの買い替えかな、修理に出せばいけるかな……。
なんて現実逃避しかかっていると、ようやく鈴香さんが口を開いた。
「……その子の、揉んだの?」
……えっ?
「…はい?」
今、なんとおっしゃいました?
という表情が、顔に出ていたのだろう。
僕の感情を受けて、鈴香さんがもう一度言葉を落とす。
「その子の事、揉んだの?」
揉んだ……。
揉んだってあれだよな?
あの腕に当たったあの感触の……。
「いやいやいや! たまたま当たっただけです!」
鈴香さんの問い掛けの意味に、ようやく思考が追い付いた僕は大慌てで反論した。
「むしろこっちからは触ってすらいないですよ!」
「……ふーん」
しかし鈴香さんは、何かが納得いっていない様子。
「本当ですって!」
そう言って僕は、今朝の出来事を身振り手振り全開で鈴香さんへ事の顛末を説明した。
「ねっ!? 信じて下さい!」
「……うん。でも感触はばっちりとだよね?」
うっ、それは……。
なんて言葉を詰まらせた僕を見て、やはり鈴香さんは何かが不服そう。
「そっか~、君は私以外で初めての感触をね~」
そう言いながら、わずかに唇を尖らせた。
「……本当に覚えてないんだね」
「えっ?」
あまりに小さすぎる声で、僕の耳には届かなかった鈴香さんの呟き。
「あの…鈴香さん?」
だから僕は聞き返したくて、動揺しながらもおそるおそる顔を傾ける。
「…あ~あっ! やっと私も、大人の一歩を踏み出せるかと思ったのになぁ」
すると急に鈴香さんがはっきりした声で言葉を落としたので、僕は思わずびっくりしてしまった。
「やっぱり私には、こういう大人なお姉さんって、向いてないのかなぁ」
そう言って寂しそうに笑う鈴香さん。
明らか最初に落とした言葉とは違う。
だけどそれを追求させない為なのか、鈴香さんは僕から視線を外してしまう。
訳が分からず声を詰まらせていると、それに気づいた鈴香さんが、ゆっくり微笑みながら説明をしてくれた。