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胃袋掴め!? ~高校男子は思い通りになりません~  作者: 井吹雫
1章 ~甘いものは好きかしら?~
3/11

(1)

「じゃあなー!」


 午後の授業も終わり帰り支度を済ませた僕は、同じく帰宅部の西脇含めた友人たちと門へ向かって歩き出した。

 そして校門の前で帰路が違う友人たちとも別れ、僕と西脇は帰り道をゆっくり歩きながら今日あった事について話し合う。


「しっかし、まじでその身体のどこにそんな収納スペースがあるんだよ」

「こればっかりは自分でもよく分からない」

「勝佐のばあちゃんの煮物、もうちょっと食べたかったなー」

「ははっ、ばあちゃんにそれ伝えておくよ」


 しかし本当に、我ながらあの量を毎度毎度、どこに収納できているのだろう。

 別に俗にいう、食べたものが全てそのまま出る体質という訳でもないし、僕だって分からない。


「もはや胃袋にブラックホールでもあるんじゃないか」


 なんて他愛のない会話をしながら、家の近くにある公園前までやってきた。


「じゃあ俺はこのままちょっとコンビニ寄るからこの辺で」

「分かった、気をつけてー」


 自転車にまたがる西脇の背中に声をかけて、一人家まで歩こうとした……のだけど。


「あれ? 迷子、かな」


 小さい頃によく遊んだ近所の公園の中で、一人ぽつんと立ち尽くし、あたりをキョロキョロしている少女がいる。

 いくらまだ昼間だからとはいえ、最近は良からぬ事件が起こったりもするもんだから、自然と目が行ってしまった。


「おねえちゃーん」


 おうっ、めっちゃ可愛い声。

 ……じゃなかった。

 あれはやっぱり明らかな迷子。

 辺りを見回してみるが、少女が発したお姉さんらしき人は見当たらない。

 このままにしておくのは危ないだろうし、交番とかに連れて行った方がいいのかなんて悩んでいると、視線の先の少女とばっちり目が合ってしまった。


「……」


 しばしの沈黙。

 何かが僕の身体を突き抜ける。


『もうっ、しょうがないなぁ。私が手を繋いであげる』


 ふと何処からか聞いた事のあるような、不思議な声が流れてきたような気がした。


「……おにいちゃん、どうしたの?」

「うえっ!?」


 頭の中でかすかに掠めた何かの記憶。

 不思議な声と共に、ほんの少しだけ懐かしい気持ちがあふれてきて固まっていた僕の目の前に、いつの間にやら少女が近付いてきていた。


「……あー、えっと」


 じっと見つめてくる少女に、なんて答えたらいいのかが分からない。

 ……というより迂闊に話しかけて、何か誤解されたらどうしよう!

 こんなご時世だから変な誤解を招いてしまったら大変だし、下手したら僕の大切な家族に迷惑が掛かってしまうかもしれない!

 なんて、あらぬ心配事が一瞬のうちに何パターンも溢れてきてしまい、僕の心の中はもはやプチパニック状態だった。


「大丈夫? おにいちゃ―――」


 きっと僕の表情が百面相の如く移り変わっていくのにびっくりしたのだろう。

 少女が心配そうに僕へ手を伸ばしかけたところで、声が聞こえた。


「やっと見つけた! もうっ、勝手に離れちゃ駄目よ」


 先程聞こえた不思議な声。

 ……かどうかは分からないが、不思議な感覚に陥る優しげな声の持ち主が、脳内でパニック発生中の僕に視線を向けた。


「……あなたは?」


 どこかで聞いた事のあるような、鈴の音色のような声の持ち主。

 長い黒髪をなびかせていて……、正直に言おう。

 めちゃくちゃ美人なお姉さんが、僕の事を視界に捉えていた。


「……あっ! 何やら迷子のようだったので、交番まで一緒にいこうと―――」


 なんて言い終わらないうちに、僕の目の前にいた少女はお姉さんのそばへ駆け寄っていく。


「ぎゅううっ!」


 そう言って両手いっぱい手を広げて、抱っこしてとも言わんばかりにニコニコな少女。


「はいはい、抱っこね」


 一方のお姉さんも、少女の意図を組んだのか、大事そうにその子の事を抱きしめ、かかえてあげた。

 そんな光景を眺めていると、なんとびっくり少女がまるでいつもの事かとでも言うようにお姉さんのデカっ……失礼。

 大層なものをお持ちの柔らかいであろう幸せいっぱい詰め込まれているその部分に顔をうずめてグリグリし始めた。


「……ぉ」


 危ない危ない。

 危うく声が漏れそうになるくらいには、素晴らしい光景。

 だけどそれをがっつり見る訳にもいかないので、僕は何も見ていないと心を落ち着かせながら、ゆっくり視線を外した。


「おにいちゃん、この人が私のおねえちゃん!」


 大丈夫、お姉さんが何だか僕の事をじっと見つめているけれど、僕は何も見ていないから問題はない!

 なんて内心汗だらだら状態だったのに、抱っこされた少女は無邪気に僕へ声をかけてきた。


「そうっ、なんだ! 良かったね」


 頼むから僕の事をそんな見ないでくれ!

 正直この場から一刻も早く逃げ出したい。

 ……そうだ、帰ればいいんだ!

 だって僕の家はすぐそこ、走れば一分もかからない。

 だから僕は何事もなかったかのようにこの場から去る為、お姉さんたちから視線をそらしながら、言葉を落とそうとした。


「……覚えてない、か」

「えっ?」


 僕が言葉を発しようとするより前に、お姉さんが声を落とす。

 だけど僕には、お姉さんがなんて言ったのか上手く聞き取れなかった。


「ううん、何でもないわ。それより、妹の事を助けてくれてありがとう」

「えっ? ああっ! いやいや、そんな」

「君、あそこの高校の子かな? 妹を保護してくれたんだよね。最近物騒だから、助かったわ」

「おにいちゃん、色んな顔してくれて、面白かったよー」


 ……どうやら僕は、怪しい側の人とは判断されなかったらしい。

 正確に言えば何もしていないし、保護なんて大層な事もしていないけれど。


「妹さんが、危険な事に巻き込まれなくてよかったです」


 そう言って、紳士的な振る舞いを見せるので、僕はいっぱいいっぱいだった。




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