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あーっ! 困りますお猫様! 古紙だけは!

 お猫様は、床に低く、つくばっている。下顎が床に触れるほど、御身を潜められながらも、前足の肉球を踏みしめて、各関節はバネの様に屈伸されている。後脚は端正に折り畳まれて、腰を低く、隠密の構えでいらっしゃる。

 私は、建売住宅のチラシ、先月の宅食のメニュー表、自治体の広報誌、そういった古紙を、全て収納棚の一区画に突っ込んでいる。すぐに満杯になってしまうが、あまり溜め込んでも、重くなって扱いにくい。ほどほどに棚が溢れたら、古紙を紙紐で束ねる。この束が2・3個になったら、古紙回収に出す。

 ――それが理想だ。現状、束ねる前の古紙が棚を埋め、棚に差し込み損ねて折れ曲がった紙が中空に突き出し、差し込むことも諦めた先月の広報誌が床に積み上がっている。今日こそ観念して、古紙を束ねなければなるまい。

 ホームセンターでいつぞやに買った、紙でできた紐。この紐をひと捻りした輪を床に置き、捻った交点に古紙を重ねていく。

 ドーナツ状にかせを編んで売られた紙紐は、強い巻き癖が着いている。上に古紙を重ねていく毎、紐の端が捻じれ運動を示し、上下左右に揺れ動く。

 お猫様は、その紐の端を、じっと見ている。狩人の眼をしている。御々足がむずむずっと踏み替えられた。まず密やかに前足、次いでもどかしく、後足。

 来る。

 先白の尻尾が閃光の如くひらめき、研ぎたての爪が紙紐の端をお捉えになった。私は、紙紐を輪にしたところを、はっしと抑える。お猫様がどんなにお強く獲物に咬みつこうとも、私が重ねた分の古紙が、崩れてしまわないように。

 紐の端を食い千切ろうとなさったお猫様は、獲物の抵抗を感じて、より興奮あそばしたようだ。前足で紐の端を抱き込まれ、牙で咥え直され、後ろ足の爪を出されて、紐の付け根を蹴りつける。

 この場合の紐の付け根とは、重しとなっている古紙の束のことだ。古紙の上で紐を抑えている私の手、積み上がった古紙が崩れないように寄せた私の膝、そういったもののことは、お猫様はお忘れになっておられるようだ。私は、なるべく、お猫様のお戯れになるのと反対の側に寄って、身の安全を確保する。

 お猫様のテンションは、いよいよ高潮せしめている。前足はしっかと紐の端をお捕まえになり、何度も素早い咬みつきを繰り返しあそばせ、後足の蹴りは、身を翻してあらゆる角度から古紙を攻め立てられる。全ての攻撃のバランスを司る、先白の尻尾が、どったんばったんと床を打った。

「お猫様、お戯れはどうか、そのへんで……あーっ」

 私の制止も空しく。お猫様ご自慢の爪により、古紙がビリビリと切り裂かれていく。チラシ、メニュー表、広報誌、いずれも艶やかなフルカラーの切片が、爪痕を負って三角形の紙吹雪と成り果てた。

 お猫様の艶やかな背の毛が、LED電灯の光を反射して、飛沫を上げるようだったり。お猫様の柔らかな腹の毛が割れて、八重花の咲くようだったり。その御身体がのたうつと、紙吹雪が舞って、お猫様を彩るのだった。

 私は身の危険を感じ、紙紐の端を抑えることを、放棄する。ドーナツ状のかせを抱きかかえて、未だ無事のかせ本体を辛うじて確保しながら、お猫様が古紙を蹂躙召されるを、見つめる。

 何枚かの古紙は、鋭い斬撃から逃亡せり、だが、おくねりあそばす御身にくしゃくしゃに揉まれ、お猫様の間合いの外に吹き寄せられた。

 紙吹雪と、毛塗れくしゃくしゃの塊。古紙を束ねて回収業者に持ち込めば、引き換えにトイレットペーパーが貰えるのに。こうなってしまっては、リサイクルに適わない。

 お猫様は鼻息荒く、古紙をお蹴り続けられている。

「ふん、ふん」

「困りますお猫様」

 私は正座でお諫めしたが、お猫様はお耳を貸して下さらない。

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