中編・縄は解いた!
「前回のあらすじ」
遼太は塾帰り、田中と一緒に拉致られた。
◇◇◇二十二時半◇◇◇
遼太の内部に起こった変化を知ってか知らずか、まあ知らないのだろうが、田中は自分語りを始めた。
「俺さ、『側妃』の息子なんだ」
側妃って何だよ!
お前の家は、異世界の貴族か!
「親父はコンチェルトの跡取りで……」
コンツェルンの間違いだな、多分。
「親父の一族は、血の繋がった息子が十六歳になったら、正式に跡取りとして認める、そういう決まりがあって。……正妻さんは、女子しか産まれなかったって」
まったく、前近代的なお宅さまですこと。
前近代的といえば……
「ああ、ウチも一緒か」
遼太の心の声が漏れた。
ついでに遼太は田中に訊く。
「じゃあ、お前が十六になって困るのは、正妻さんとその娘、なのか?」
「その通り!」
帰り支度を始めた、黒服の男が叫ぶ。
いいのか、ばらして。
「依頼主さんは、血を見るのは嫌だけど、花火がお好きでな。このビルからデカい花火が上がるのを、見たいそうだ」
それで、ドッカーーンですか。
そうですか。
って……
「ふざけんじゃねえええ!!」
遼太は怒鳴って体を起こす。
遼太の両腕を縛っていた縄は、はらりと落ちる。
縄の結び目は、綺麗にほどけていた。
両足を結んでいた結束バンドを、遼太は指一本で引きちぎる。
「えっ! 遼太、お前……」
田中が素で驚く。
田中にとっての遼太とは、小柄童顔ちょい弱気、かつマニアックな性癖の持ち主という認識しかない。
それが、全身に怒りのオーラを漲らせている。
「お前、いいカッター、持ってたんだな」
「ちげ――――よ! 俺は、俺にとって、
ほどけない縄は、ない!!」
遼太は手袋を脱ぐように、左手を右手首から指先へと滑らす。
すると。
「おい、坊ちゃんのカレシ、なんだ、そりゃあ!」
黒服の男が遼太の右腕を指さす。
まさに手袋を脱ぐが如く。
遼太の右腕は皮膚を脱ぎ、鋼鉄の光を放っていた。
「ふふふ、俺まで拉致ったのは、お前らの極大ミスだったな!」
人格変貌。
顔貌変化。
遼太はおもむろに駆け出し、黒服の男たち数人を右腕で殴る。
疾風の如き遼太の動きに、さしもの黒服たちも、かわしきれない。
「「「ぐああっ!!!」」」
黒服たちは、簡単に倒れた。
◇◇◇二十三時◇◇◇
遼太は田中を縛っていた縄も、すぐにほどいた。
「あのさ、遼太。右手のこと、訊いてもいいか?」
「あ、コレ? 別に、隠すほどのものじゃないけどな」
「いや、隠しておいた方が良いと思うぞ。それって、義手、なのか?」
「そうだな、一応義手だ。なんで俺が義手になったかっていうと……」
遼太はため息を一つ吐く。
そうして経緯を話す。
「俺のじいちゃん、母親の方のね。網野っていう、有名な『ナワシ』だった」
「えっ! あ、網野って!」
ごそごそと、その辺に適当に置いてあったカバンから、田中は本を取り出す。
「やっぱり! 『縄名人』の網野師匠!」
網野という母方の一族は、江戸時代は奉行所に勤める下級武士だったという。
犯罪者の捕縛には定評があった。
罪人を捕縛しているうちに、網野家の何かの血が目覚めたのであろう。
そして、罪を犯してもいないのに、縄をかけられたい、縛られたいという人たちが、存在することに気付いたのだ。
その血を濃く受け継いだ遼太の祖父は、女性の美しさを極限まで高めるような縛り方を研究した。
美しい縛り方、縄の模様を画像でいくつか残した。
遼太は、幼い頃より祖父に懐き、しばしば撮影現場を見学していた。
そこで事故に遭う。
遼太の右手と右足は、ひどい損傷を負った。
「たまたま親父が、ロボットの研究者だったから、普通の義手よりハイスペックなものを作ってくれたんだ」
遼太に殴られて倒れていた黒服たちが、ヨタヨタと立ち上がる。
「お話の途中でスマンな。縄をほどいても無駄だ。このビル全体が、火薬庫だ」
そう言うと、黒服たちは室外へと飛び出す。
ドアはロックされた。
安全圏へと脱出したら、リモコンで起爆させるのだろう。
「やっべえ! ドア開かないぞ!」
田中が泣きそうな顔になる。
遼太は窓から外を見る。
今いるのは十階かそこらだ。
東京タワーとレインボーブリッジが見えている。
東京湾の近くだ。
遼太はコンコンと窓ガラスを叩く。
これなら、いける!
ズン!!
地震のようにビルが揺れる。
爆発が始まった。
田中は念仏を唱え始める。
「飛ぶぞ、田中!」
爆発音とガラスの割れる音。
爆発の音が近づいて来る。
「へっ? 飛ぶ?」
遼太は思いきりガラスを殴る。
そのまま田中を抱えて、十階から飛び出す。
遼太と田中が飛び出したと同時に、爆風と炎がビルを包んだ。
◇◇◇二十四時五分◇◇◇
遼太と田中が拘束されていたビルが、黒煙を上げて砕けていく。
消防車が何台も駆けつけて来る。
遼太はまあまあ無事に着地したが、田中は目を回していた。
十階程度の高さなら、飛び降りても大丈夫だ。
遼太が祖父の撮影現場で損傷したのは、右手だけではなかった。
右足もまた、重傷を負っていたのだ。
「おい田中! 起きろよ!」
ぺちぺちと田中の頬を叩く。
ひゅっと息をのむ音がすると、田中は目を開ける。
「え? え? あれ?」
田中の意識は混迷中らしい。
遼太は笑って田中に言う。
「お誕生日、おめでとう」
次回、完結。
黒幕は姿を現すか?
誤字報告、いつもありがとうございます!