前編・無駄に縛られた!
本作は、黒森冬炎様主催、「改造企画」参加作品です。
プロローグ
障子は夕焼け色に染まり、天井から吊るされた女の表情もまた、上気したように紅を増す。
室内には、何本もの縄が、蜘蛛の巣の如く張られている。
女は、加賀友禅の着物ごと、縄でくくられている。
緩んだ襟元の奥には白い胸が息づき、乱れた裾からは弾力に満ちた下肢が伸びる。
室内は上下左右からの照明で、熱気を保つ。
居合わせる者の目付きも、熾火をはらむ。
一人だけ。
場違いな子どもがぼんやりと、女を見つめる。
たくさんの縄が、女の体を取り巻き模様を作っている。
眉を寄せ、唇を半開きにした女は、苦しくないのだろうかと。
「あと一本。あと一本で、生命の樹が完成するぞ」
一番年配の男が低く言う。
その言葉に応じて、若い男が一本の縄を引く。
瞬間。
ブツリと音がする。
天井から吊るされた、照明機材が落ちる。
ガッシャ――ン!!
機材が粉砕された音に、一瞬遅れて響く叫び声。
「……ぎゃああああ!!」
落ちた照明機材は、子どもの体を潰していた。
◇◇◇十五時◇◇◇
授業が終わり、境遼太は軽快な足取りで、家庭科準備室に向かう。
途中の廊下で、古紙をまとめようとしている女子を手伝ったり、業務職員のおっさんが台車引くのを手伝ったりしながら小走りに進む。
遼太は高校に入学して、早半年が過ぎたのだが、身長は男子の平均以下でしかも童顔。よく中坊に間違えられる。
彼が向かっている家庭科準備室は、家政部の活動場所だ。
部員は遼太以外女子。
「ハーレムじゃん!」
まさかまさか。
遼太はよく言えば、家政部のマスコットキャラ。
その実態は、弄られ役なのだ。
「あっ! リョウ君だあ」
部室に入ると、二年生がぽつぽつ集まっていた。もちろん、全員女子。
一人の先輩が「よしよし」と言いながら、遼太の頭をナデナデする。
およそ高校生男子に対する扱いではないが、遼太は苦笑しながらするりと身をかわす。
そのまま自分の作業袋を取り出し、その続きを始める。
「だいぶ進んだね」
ふわりと鼻腔をくすぐる甘い香りをまとい、遼太の後ろから声をかけてきたのは、副部長の雪代遥香だ。イイトコのお嬢様で校内三大美人の一人。
「はい。来月の文化祭には、間に合わせます」
遼太が取り組んでいるのは、編み物である。それも「アラン模様」を描き出す、棒編みだ。
アラン模様とはアイルランド由来の、編み物の模様である。
「ちょっと編み目に偏りが出るね。やっぱり、指先の力、左右に差があるのかな?」
覗き込む雪代に遼太はドキっとするが、限りなく冷静に答える。
「指のリハビリも兼ねて、やってますから」
◇◇◇十七時◇◇◇
部活後、遼太は塾に向かう。
小人数制の塾である。
「あ、来た来た! イイもん手に入ったぞ、遼太」
教室に入ると、田中藤一郎が遼太を手招きする。
田中は遼太とは別の高校だが、なぜか出会った時から遼太を構う。
遼太は公立で、田中はどこかの私大の付属。だが、習熟度別の塾では遼太と同じクラス。
要するに。
わりと、アホなんじゃないだろうか。
「ふふふ、お前とは、同じ臭いがするからな」
最初に会った時に遼太は言われた。何の臭いかと遼太が聞けば、田中はドヤ顔で答えた。
「ヘンタイの臭い!」
迷惑この上ない。だが、田中自ら、己のヘンタイ性を吐露したのも事実。
よって、田中が言う『イイもん』を想像するのも、難しいことではない。
とりあえず、遼太は訊いてみた。
「何? イイもんって」
「ふっふっふっ~何だと思う?」
遼太は一瞬殴りたくなった。
田中は、尖った顎を突き出して一冊の本を取り出す。
表紙には、こう書いてある。
『縄名人・最後の縛り!』
思わず遼太は突っ返す。
「こういうの、いいよ。俺苦手だから」
「えっ? お前、エロ本ダメなの? 動画派?」
「動画もだけど、俺の好みは十八から三十九までの清純系で、できれば制服。白衣とCAは大好物。だけど……」
遼太のストライクゾーンは、まあまあ広いのだ。
しかし、なぜこんなにも、己の性癖を暴露しなければならないのか?
先輩の女子たちが口にする『カワイイリョウ君』の真実の姿なんて、こんなもんだが。
「SMはNG。縛りは特に嫌い!」
「はああ……」
田中は遼太の強気の主張に少々感動し、九割がた呆れ、本を引っ込めた。
◇◇◇十九時◇◇◇
塾が終わり、遼太も田中も教室を出る。
「じゃあな」
「またな」
そう言って別れた二人だった。
あとは家に帰ってゲームでも、と足を早めた遼太の足元に、ばさりと本が落ちた。
縄の字が見える。
ああ、田中が持ってた本だ。
「いらねえってば、田中」
田中の去った方を振り返った遼太は、むりやり車に乗せられそうになって、暴れている男子の姿を認めた。
「!」
慌てて遼太は走った。
縛り本を持ったまま。
「田中!」
車のドアが閉まりそうになった時に、遼太は田中の腕を取る。
同時に後頭部に重い刺激を受け、遼太の意識は沈んだ。
◇◇◇幕間◇◇◇
薄明。
縁側で並ぶ二つの影。
祖父と孫である。
「おじいちゃん、『縛る』って、何を縛るの? 何のために縛るの?」
孫に微笑む祖父は答える。
「己を縛る全てのものから、解放されるために縛るのさ」
「よく、わかんない……」
「いずれお前が大人になれば、分かる日が来るさ。そもそも、縛って出来る模様は、神様に捧げるもの。己が持つセクシュアリティの楔を解き放ち、神と一体化する。それが真の『縛り』だよ」
「ぜんっぜん、わかんない!」
祖父は笑いながら孫に紐を持たせ、結んだり解いたりを繰り返す。
◇◇◇二十二時◇◇◇
音が頭に響いた。
はっとして薄目を開けると、蛍光灯の光と、それを反射する白い床。
どこだ、ここは。
俺は一体……
考えを巡らせようとしたが、頭が痛い。
頭を触ろうとして遼太は気付く。
どうやら、手足が拘束されている。
そして、床の上に転がされているようだ。
しかも、背後に誰かいる。
「目が覚めたようだな」
上から聞こえる男の声。
ふいに遼太は思い出す。
塾からの帰り、拉致されそうになった田中を助けようとしたこと。
田中を連れ去ろうとした連中は、黒い服を着た男たちだったこと。
そうだ!
田中は?
「起きてるよ、俺は」
遼太の背後から、田中の声がした。
なるほど、背後にいたのか。
しかし、なぜ。
田中はさらわれ、自分まで巻き添えになり、何処かわからない場所で床にいる?
「悪いな坊ちゃん。あんたには、死んでもらわなきゃならなくてね」
なんだって!?
死ぬ? 田中が?
ちょっとまて、俺は! 俺はどうなる?
「まあ、お友だちと一緒だから、寂しくないだろう」
いやいやいや!
心中なんて真っ平だ!
しかも、何て言った、今!
「お、俺は、友だちなんかじゃねえええ!」
遼太が叫ぶと、男たちは目を見合わせる。
「ああ、二人は恋人同士だったのか」
待てえええ! なんでそうなる!
背後の田中がぼそっと呟く。
「すまん、遼太。俺、お前の気持ちに気付いてやれなくて」
それも違うぞおおお!
「なんで田中が死ぬんだよ! しかも俺まで一緒にって。理由くらい話せよ!」
遼太はキレ気味に叫ぶ。
「そうだよな、そのくらい知りたいよな。そこの坊ちゃん、田中君だっけ、十六歳の誕生日を迎えると、困る人がいるんだよ。だから、その前にドッカ――ン!」
ドッカ――ン?
遼太は小声で田中に尋ねる。
「お前、誕生日っていつ?」
田中は照れたように答える。
「明日」
なんですって!
じゃあ、田中と俺の寿命って、今日いっぱいなんですか!!!
こんなことなら、あんなコトやそんなコト、さっさとしとくべきだった!
生命の危険を感じた遼太の脳に、 パチンとスイッチが入った。
スイッチの入った遼太は、何をするのでしょう? また、どうして田中は命を狙われているのでしょうか? 次回もよろしくお願いいたします。
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