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百鬼刹那から某人へ

作者: 東雲白雨

人間らしさというものを一番持っているのが、それを一番必要としてはならない人間だと言うのだから、この世は本当に難解だ。




百鬼刹那から某人へ




「僕は多忙も多忙なんだけど、それでもこうして足しげく通っている訳だから、親友として実に感心なことだと思うのだけど、君はどう思う?」

「全く興味がない」

「だって。酷いよね」

「私は、なんとも……」

なんで呼ばれたんだ、そう思いながら、紫音は硬い愛想笑いを浮かべた。不定期に訪れては、不定期に呼ばれるのにはもう慣れた。しかしこの苦手意識が消えないのは、この百鬼刹那という人間が自分に向ける視線の意味が分からないからだ。

龍慶の友を名乗るだけあって、刹那の出自もまた特異なものだ。龍慶は友と認めないようだが、此所まで近くでうろうろすることを認めているのだから、ある程度の距離の近さを許している相手ではあるのだろう。

「そうそう、私の見立てではね、あれは黒だよ。真っ黒」

あはははと笑う刹那だが、内容は不穏なものである。御神家の指示により、対立する他家の長子のことを調べていた百鬼家からの報告だった。

龍慶はいつもの涼しげな顔で腕を組みながら刹那のあちこちに飛ぶ話の内容を黙って聞いていた。相槌などがなくとも延々と話す刹那だが、今回は紫音がいるので紫音に語りかけるように話を進めていた。

あんまり、こういう話を聞くのは兄貴ならまだしも俺は好ましくないんだよなあ。

紫音は求められるままに適当に相槌を打つ。全て同じ単語で返しても問題ないことは別の人間で証明されているが、紫音は律儀に丁寧な返答を続けていた。

「あっそれでね、ここからが厄介な話で。神来杜の娘をね、上手く取り込んだみたいだよ」

神来杜、という名前を紫音は頭の中で反芻した。確か随分遠くに住む一族の姓だと思ったが。紫音がちらりと龍慶を見る。それに応えたのは龍慶ではなく刹那だった。

「神来杜。結構古い神道の家だよ。御神家には全然敵わないけど。ただね、土地守なんだ。だからこの、此所か、この辺り一帯は彼らの領分。守護領域が広くて、土地の繋がり故に絶やしにくい。勿論、僕の術式があれば突破できるけど、神来杜の直系の娘が取り込まれているとあれば、下手をうつと土地が死ぬ。馴染みの薄い土地ではあれど、あの辺りは田舎だからね。恨みを買うのはひとつの一族だけでは済まないだろうね」

成る程。紫音もようやく理解した。そもそもの問題の人物は、御神家から距離を取ることで時間を稼いだ。そして古い家系を味方に入れることで、自分に都合のいい結界と人質を手に入れたわけだ。

御神家の大改革から数年。以前よりも御神家と近しい一族との繋がりは正しく磐石となった。信用できる者が増えれば増えるほど、御神家の『境界の護り手としての監視』の機能は円滑に進む。

しかしそれは同時に大きな反発も生んだ。

予想しているよりもずっと事の成り行きが静かなのは龍慶の手腕だ。しかしそれでもどうしても一枚岩にはなれない。それが人というものだからだ。

実績により抑え込めるのは此所まで。それを先に見越していたのは紛れもない龍慶自身だった。

「さて、世の中バラバラなくらいが丁度良いとは思うけどね。そろそろ、争う相手が世界存続の脅威だけじゃなくなってきているよ」

「ああ。それもそうだな」

だからどうした。龍慶は口角を小さく持ち上げて、皮肉をこめた不敵な笑みで言った。

「分かっていたことだ。あとは対処をすればいい。そうだろう」

「もう。それに対処する身にもなってよ。ねえ紫音ちゃん」

「はは……まあ仕事なので」

「そういうの良くないよ。命を賭ける理由が、命と等価になり得ないものであっては駄目だ。人は簡単に死ぬからね。何度も死んでる僕からのアドバイスだ」

刹那がすっと目を細める。確かに笑っている。けれどそこには明らかに分離した二人分の感情が宿っていて、その哀れみと揶揄に紫音は口をつぐむしかなかった。

「私が思うに、死ぬときはいかに自分が納得できるかが必要だと思うよ」

声は同じなのに音色が違う。姿が同じなのに視線が違う。

紫音は初めて、百鬼刹那の中に存在するとされる誰かを見た気がした。曖昧さなどなく、間違いなく個を獲得していたであろう、今は亡きもう一人の百鬼の姿。

「死ななければいいんだろう」

龍慶の言葉に、紫音も緊張を解いてそちらを見る。

「いや、当主様……それは無理」

ぎこちなく余所行き仕様で言葉を挟む紫音に、龍慶は呆れたような目で一瞥する。そうだよ、大変なのに。そう紫音を擁護するのは、先程まで死の瞬間について語っていた刹那の方だった。

「だからどうした。覚悟など都度決めていては間に合わん。そんな心の在り様など探さずとも、人は選択できる」

「本当、君はそう、身内には死ぬほど厳しいのに、人類には寛容だよね。運命や世界に至っては見守るくらいの尊大さがあるし」

「何か問題でもあるのか」

「人間っぽくないくせに、人間らしく傲慢でアンバランスだねって話。ねえ龍慶、人間好き?」

「さあ」

「それでいて人間という固有性には興味もないし、生命としてのいち可能性としか見てないんだから、人間に対して失礼だよ」

「……何の話をしてるのかさっぱりなんですが」

「そうだよね、ごめんねおいてけぼりにして。紫音ちゃん、僕が言いたいのはね、もっと等身大に生きたらって話だよ」

「な、成る程……?」

互いに分かって話をしているのだろうか。紫音は少々心配になりながら、並んで座るふたりを見た。特に問題がなさそうなのを見て、ついていけないのは俺だけなんだなあと紫音は遠い目になった。

「ま、いいや。さて今日は帰るよ。見送って」

「断る」

「駄目だよ。友が道中狙われたらどうするの」

「加害者が生き残ったら考えてやる」

「生かさないよ。そうじゃなくて、まず勝つ負けるってことじゃなくて、僕に危険があるかもしれないってことを憂いてほしいな」

子どものように怒る刹那に、心底面倒そうな表情を向けながら、龍慶は手で追い払う仕草をした。

紫音が慌てて送りますと申し出ると、刹那は紫音の手をぎゅっと握って大股に歩き出した。とは言え、着物故に紫音より歩幅は狭いので、紫音は歩調を合わせながら刹那について歩くようにする。

「ねえ、紫音ちゃん」

「はい」

「先代は優しかったね」

「……そう伺っておりますが」

「先々代は、しっかりとした人でね。繋ぐことに重きを置いた人だった」

「……はあ」

「先々代はね、繋ごうとしていたんだよ。自分の息子じゃない。龍慶に。これがどういう意味が分かるかな」

「なんとも……私では思い至れませんが」

「いいや君なら分かるとも」

刹那はくるりと振り返って、紫音の目を真っ直ぐに見据えた。先程見えた深淵の色は無く、刹那本来の透き通った柔らかな色の瞳で。

「どうか目を離さないで。僕らでは、傍にいられないから」

ほんの少しだけ、寂しげな声音だった。

紫音が困ったように眉尻を下げる。言葉に悩みながら、紫音は素直な迷いを抱えたままで笑顔を浮かべた。

「はい」

刹那は少しだけ安心したように微笑んで、紫音の手を離した。ぱっと一人で走り出すと、紫音が一度瞬きをする間に姿を消してしまった。

紫音は自分の握られていた手のひらを見る。酷く冷たかった彼の手は、再び訪れる死の瞬間を容易に想像させた。

「貴方も、どうか穏やかに」

この祈りは無意味だと思いながら、紫音はそう呟いた。





(忘れないでね。誰かの傍には必ず、その人を思う人がいるということを)

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