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命が惜しいのでプライドは捨てました

「エリカ・ドラグノ。

我が妹よ。此度の件については思う事多々あれど今は追求はしない。

しかし、それとは別件でマリーナ・ダウ男爵令嬢への態度について話をしてもらおう」

ハッとしたマリーナ男爵令嬢は笑顔を消して私をまっすぐ見つめてくる。

緊張の面持ち。

私は来てしまったかと落胆する。

今は絶対断罪するに適したタイミングではない。

父を生贄に捧げた事により、本来失う筈だったものはまだ手元にある。

おまけに陛下自ら公爵の罪は私とは無関係であると仰ってくださった。

少なくても今私を断罪しても大した罪には問えない。

そう思ったからこそ断罪は回避したと思ったのに甘かった。

だけどこの状況ならたとえ婚約者である王太子殿下からどれほど強く非難されても死刑にだけはならない。

ならば、断罪の機会を後日に回すより、

いっそ今断罪されて緩い罰で済ましてしまうのも手だろうか?

今回うまく立ち回れたのは前世で月延真帆がエリカを演じていたおかげだ。

彼女の記憶がエリカである私を助けた。

故に次はおそらく回避不可能。

それは間違いない。

ふと、視線を感じそちらを見れば国王陛下が私を見ていた。

ぞくりとするくらい強い視線。

熱烈とも言える視線に立ちくらみを起こし掛ける。

でもここで倒れるわけにはいかない。

私が絶対に死にたくないように、王太子殿下達もまた絶対に私を断罪したい事を知っている。

私を断罪して排除しない限り、王太子殿下とマリーナの間に未来はない。

だからこそ、一か八かの勝負に兄は打って出たのだ。

「…マリーナ嬢への態度…と、申しますと、

やはり彼女を陰に日向に悪辣な態度をとってきた事でございましょうか?」

てっきり惚けると思っていたのに、堂々と問われて逆に兄が驚く。

勿論驚いているのは兄だけではない。

王太子殿下をはじめとするマリーナ一派全員が驚いていた。

「そ、そうだ…!貴様は王太子殿下と仲睦まじいマリーナ嬢を妬みその醜い心根のまま、彼女に悪意を向けた。」

「そ、その通りだ…!」

ここで王太子殿下が声をあげる。

王太子殿下としては、このまま兄に断罪させるわけにはいかないのだ。

兄が断罪してしまっては王太子殿下はマリーナとの婚約に持ち込む事が難しくなる。

王太子殿下がマリーナ嬢を想い、自ら正義を貫くからこそ彼女へ求婚する権利を勝ち取れるのだ。

このままでは、流れでドラグノ公爵へと昇格した兄にマリーナを掻っ攫われてしまうと焦った王太子殿下は声をあげたのである。

「彼女は何度も貴様に呼び出され、詰問されたと陰で泣いていたのだぞ?

それだけではない!

貴様は友人との歪な関係を利用してマリーナ嬢の私物を不当に入手し破壊し遺棄した。

その点についてお前は一体どのように考えているのだ?」

「殿下、それは勿論公爵令嬢として、そして未来の王太子妃として相応しくない態度であったと思っております。」

「な、ならば!償いをせねばなるまい!」

「はい…。」

ここで私はマリーナを見つめた。

少しビクッとする少女。

彼女を守るように王太子殿下とその他の側近達がさりげなく背後に庇う。

ああ、これぞ主役と悪役の正しい図式よ。

他人事のように感じてしまった。

私はエリカの知識と技術を駆使する。

ドレスの裾を掴み足を折り膝をつく。

そして前で両手の指を組み上げ、頭を下げた。

それは罪を犯した貴族の懺悔の姿。

教会などで神父に対して行う贖罪の行為。

息を飲んだのは王太子殿下達だけではない。

周りの貴族達全員の視線が釘付けになった。

「マリーナ・ダウ男爵令嬢様。

私、エリカ・ドラグノは愚かにも王太子殿下と仲睦まじく過ごす貴方に嫉妬し、醜い心根をそのままぶつけてしまいました。

貴方を呼び出し泣くまであげつらった事もありました。

貴方の私物を盗み壊し捨てた事もございます。

それら全ては私の罪。

どうぞ、罰をお与えください」

「え、え、ええ…っ!?」

困惑の声が聞こえる。

それはそうだろう。

誰が悪役であるエリカの真摯な謝罪など期待していたというのか。

実際、シナリオでは最後まで彼女へ謝罪などしなかった。

その彼女が身分が下である男爵令嬢へ最上級の謝罪を大勢の前で行ったのだ。

貴族として考えれば屈辱恥辱を通り越して最早死に体。

このような形で謝罪されてそれでなお許さねば、今度はマリーナ嬢の方が悪として断じられる。

マリーナに残された道は私の謝罪を受け入れるしかない。

私はそうなるように完全に計算して頭を下げた。

命より大事なものなど無い。

助かるならば、額を床に擦り付け彼女の靴だって舐めてみせよう。

「え、えっと、エリカ様、お顔をあげてくださいませ」

マリーナの言葉を受けて私はゆっくり顔をあげる。

あげた先にあるのは菩薩の笑みを浮かべたマリーナ。

ああ、主人公特有のオーラが眩しい。

「全てはもう終わったことです。

こうして謝罪もして頂けたことですし、私はもう気にしていないです」

「それは…全てをお許しになられるということでしょうか?」

「はい。私はもう何も怒ったり悲しんだりしていません」

「あ、ありがとうございます…!」

私は顔を伏せて泣き真似をする。

両手で隠した顔は醜い笑顔。

許された!

全て許した以上、もうマリーナを虐めた罪で断罪される事はない!

それが分かっているのだろう、兄も王太子殿下もその他の側近達も複雑な顔をしていた。

マリーナを虐めた罪でも断罪しきれず、公爵との連座も達しねえなかった彼らは事実上の負けである。

「顔を上げたまえ、エリカ嬢」

国王陛下の硬い声がした。

私は泣き真似をやめてそちらを見る。

一段高い場所から見下ろす瞳はまさに鷹の目。

その鋭さに演技がバレたかと勘ぐってしまう。

「レオナルドよ、エリカ嬢はマリーナ嬢と諍いがあったのだな?」

「そ、そうです!」

弾かれたように王太子殿下は言った。

「エリカ嬢は身分を笠に着て、悪辣非道な真似をしてマリーナを虐め抜いておりました!

その姿は未来の国母、私の妻たる姿に相応しいとは到底思えず、今日この場を借りて陛下に直訴するつもりだったのです!」

今しかない!

と言わんばかりに早口で捲したてる王太子殿下。

もう私を罪に問う事は難しい。

けれど、結局の所王太子殿下は私との婚約さえ破棄出来ればそれでいいのだ。

今すぐ破棄は難しくても、卒業後待った無しで行われる成婚式が保留になれば今の状況なら万々歳である。

「それは本人であるエリカ嬢も認め公の場で最上級の謝罪をした。

故にその事は不問とするが、レオナルドよ、逆に私は貴殿に問いたい」

「な、なんでしょう…」

鷹の目に睨まれて萎縮するのは何も私だけではないようで、

実の息子たるレオナルド王太子殿下も体を固くする。

「何故、エリカ嬢はマリーナ嬢を目の敵にしたのだ?」

「そ、それは…」

「学園には男爵令嬢の身分を持つご令嬢など数多いる。

その中で何故マリーナ・ダウ男爵令嬢を狙い撃ちするかの如く虐め抜いたのだろうか?

レオナルドよ、思い当たる節があるのならばこの場で語るがいい」

静かに…しかし有無を言わせない力強さを持った声で促されては何も言わない事など出来るはずも無く。

「それは…エリカ嬢はマリーナに嫉妬したのです」

「嫉妬とな?それはおかしい。

持てる全ての物がマリーナ嬢の全てを上回っているのに嫉妬などする筈ないだろう?」

「…いいえ。エリカ嬢は私とマリーナの仲を勘ぐり嫉妬したのです」

「レオナルドとマリーナ嬢は婚約者であるエリカ嬢が勘ぐるほど仲睦まじくしていたのか?」

「…………」

「答えよ!!」

会場に響き渡るような声で叱責が飛ぶ。

体を竦めた王太子殿下は恐る恐る口をひらいた。

「……はい…しかしそれは…」

「言い訳は無用」

深い溜息と共に国王陛下は言った。

何も言えずに口を閉ざす王太子殿下。

「…そういえば、マリーナ嬢は随分と我が息子の学友達とも親しくしているのだな?」

「え、あ、はい!みんな私のお友達です!」

キラキラした笑顔でそう言うマリーナ。

彼女、大物だなと思った。

「…そうか。全員、それぞれ身分の高いご令嬢との婚約があったかと思うが彼女達と彼らの仲は如何程なのかな?」

「「「…………」」」

全員口を閉ざした。

舞台ではそんな人物の存在は一切語られていない。

しかし、エリカの知識が相応の爵位を持った子息が婚約者も無しに学園に来る事はないと語っていた。

つまりシナリオに未登場なだけで全員婚約者がいるのだろう。

……あ、兄であるユリウスにも……いたんだ。

私はエリカの記憶を頼りに視線を彷徨わせて彼女を探す。

すると大勢の貴族達に埋もれるような状態の彼女を見つけた。

赤茶色の髪を結い上げた素朴な雰囲気の令嬢。

目を惹くような美しさは無いけれど、かすみ草のような愛らしさを感じ取った。

この人が兄の婚約者か…。

エリカは彼女に興味がない。

だから何も思う事はないのだけど、月延真帆はユリウスを演じていた役者を密かに想っていたので軽くショックを受けた。

胸がチクリと痛むのは失恋の痛みか。

私は視線を元に戻す。

「情けない」

国王陛下が溜息をつく。

「揃いも揃って婚約者がいる身で別の女性に熱をあげるとは…。」

「しかし!胸に生まれた愛しいという気持ちに私は嘘がつけなかったのです!!」

「黙れ、痴れ者が」

王太子殿下の声は冷たくあしらわれた。

ぐっと言葉に詰まる王太子殿下。

オロオロするマリーナ。

「いいか?婚約者がいる身で別の女性に心を移す事は大罪である。

しかし、人の心とは移ろいやすく、如何に自らを律しようとも容易く心は別の所にいってしまう。

故に、ああ、この愛を貫きたいと思う相手が出来たのならば、何故親である私に相談しない?

何故婚約者であるエリカ嬢に相談しない?」

「それは…」

「反対されると思ったからか?」

「そ、そうです…」

「だろうな、反対するだろう。」

頷く国王陛下。

「それでもお前は相談するべきだった。

それこそ、最初は話など聞かれもしないだろう。

何せ国政や貴族同士の派閥、経済力に身分など凡ゆる角度から最適と判断した令嬢を婚約者に据えたのだから。」

それは何も王太子殿下だけではない。

この場でマリーナを囲んでいた全ての令息に言えることだ。

しかも令息側が最適だと判断して持ち込んだ婚約でも令嬢側がそうだと判断するとは限らない。

一度はお断りされた物を、それでもと頼み込んで漸く結んだ婚約もあったのではなかろうか?

「だが、それでも曲げられないと言うならば私も王である前にお前の親なのだ。

いずれはお前の話を聞いたであろうよ」

それまで何度も王太子殿下の心は折れるだろう。

それでも立ち直り持ち直して何度も話を聞いてくれと言い続ける。

それがレオナルドに出来ていればこんな大掛かりな婚約破棄の断罪劇など生まれはしなかった。

「では…!話を聞いてくれたらエリカとの婚約は破棄してくださったのですか!?」

「…それこそ、エリカ嬢との話次第、折り合いがつけられるかによるが…。

相応の慰謝料を支払えば、まあ最終的にはあり得た未来だろう。」

「エリカが私との婚約を破棄する事に同意するとは到底思えません!」

「その説得を如何にしてお前がするかなのだが……。エリカ嬢よ、どう思う?」

「そ、そうですね…」

急に話を振られてビクッとするが考えるまでもない。

「最初は到底受け入れられず泣いて縋る事でしょう」

月延真帆はレオナルド王太子殿下を全く愛していない。

しかし、エリカは違った。

仲睦まじい二人に嫉妬の炎を燃やして命を落とす事になるほどレオナルド王太子殿下を愛していたのだ。

気性の激しいエリカを煙たく思っていたレオナルド王太子殿下は知る由もないが、

エリカは真剣に王太子殿下との未来を想い、王太子妃になる為の努力をしていたのである。

「きっと一時的にマリーナ嬢への嫌がらせは激化したと思います」

「ほら…!」

「しかし、それも長くは続かないのではないでしょうか?」

私はゆっくりと言葉を吐き出していく。

吐き出す言葉はエリカの想い。

エリカの代わりに私が伝える。

「レオナルド様が真摯に私に向き合い、私との関係を見つめ直し謝罪をしてくだされば、

やがて私も心に折り合いをつける事が出来たでしょう。

このような場所ではなく、もっと落ち着いた場所でマリーナ様への謝罪も出来たと思います。」

「そんな筈は…」

「黙れ、レオナルド。事実としてエリカ嬢はお前との関係に見切りをつけているではないか」

ハッとした顔をする王太子殿下。

今更気づいたのだろうか。

私の目にかつてエリカが宿していた熱が一切無い事に。

「レオナルドよ。お前は間違えたのだ」

「そんな……」

「それでも!大きな悪は打ち倒しました!」

マリーナ嬢が声をあげた。

「悪辣非道なドラグノ公爵は今回の件で断罪されました!

これで多くの民達が救われるでしょう!

決して、そう決して今回の件は無駄ではなかったのです!!」

「…そうだな」

「そうでございましょう!?」

マリーナが嬉しそうな顔をした。

「だがな、何もこの場で断罪などという大それた事をしなくてもよかったのではなかろうか?」

「……え?」

国王陛下の言葉の意味がわからないのか、キョトンとした顔をするマリーナ。

「お前達は元ドラグノ公爵の罪にいち早く気づき、言葉巧みにマルコニーをおびき寄せ協力を仰ぎこの場に連れてくる事が出来た。

ならば、かの者の証言は何もこの晴れがましい祝いの席で行わなくてもよかったのではなかろうか?」

「……そ、それでも、大勢の貴族達の目の前で罪を暴く事が今後の抑止に繋がると思って…」

「嘘だな。」

「なっ!?そ、そんな事…」

「それは建前だろう。本当は私怨だ。」

「し、私……怨…」

「そうだ。マリーナ嬢は随分とエリカ嬢に虐められていたそうだな?」

「は、はい…」

「その恨みを晴らす為に敢えてこの場を選んだのではなかろうか?」

「……っ!」

「まさか!マリーナにそんな…」

「無いと思うか?本気で無いと思っているならレオナルドよ、お前は単なるうつけ者だ。」

「う、うつけ…」

国王陛下の言葉を選ばない物言いに愕然とする王太子殿下。

無い、などと誰が言えるだろうか。

ドラグノ元公爵の断罪はマルコニーを抑えた時点でいつでも出来た。

なのに、この晴れやかな場面で敢えて断罪する事にしたのは、誰が否定しようとも元公爵共々エリカを陥れる為である。

何故エリカを陥れるのかといえば、一番は王太子殿下との成婚を目論んで、

であるがそれでもこのような場面を利用する必要はない。

内々で関係者が集まり処理すればいいのだ。

にも関わらずこの場を選んだ理由。

そこに見えるのはマリーナの深い恨みの心。

大勢の前で恥をかかせたい、陥れたい。

散々虐められて辛かったこの気持ちを晴らしたい。

そういう心があったからこその断罪劇である。

「レオナルドよ。二人の令嬢を修羅に落としたのはお前なのだ」

「わ、私…?」

「そうだ。お前が婚約者の気持ちも考えず不用意にマリーナ嬢との仲を深めたから、

エリカ嬢は嫉妬に狂いマリーナ嬢を虐めたのだ。

そして、マリーナ嬢はその恨みを内々で溜め込み復讐の機会を伺うようになった。

お前がマリーナ嬢に近づきさえしなければ、

エリカ嬢は嫉妬に狂う事もなく、マリーナ嬢も心に傷を負って復讐の鬼になる事もなかった。

全てはお前の不徳の致すところなのだ」

「わ、私が…悪かったのか…?」

「そして、本来ならば王太子たるわが息子を諌める立場でありながらその役目を果たさず、それどころかレオナルド同様自らの婚約者とみだりに不仲となって嫉妬を駆り立てた。

この場に立つ男達全員が罪人である」

「わ、私達が…罪人…?」

「そんな…そんな筈はない…!」

「あり得ない有り得ない有り得ない…!」

側近達のうち、ある者は呆然と、ある者は毅然と、ある者は自我を失う。

そんな彼らを見て、舞台の上では悪役を見事打ち倒した勇者のように感じられたが、

失敗すると途端に情けなくなるのだなと失望する。

いや、人間なんてそんなもの。

成功すればそれが自信に繋がり魅力となって輝くが失敗すれば当然うらぶれる。

舞台上の役だって現実になればこの通りなのだ。

「レオナルドよ。今回の件の責任者はお前だ。」

「わ、私ですか!?」

「当たり前だろう。一番にエリカ嬢に声をかけたのはお前だし、何よりこの中で最も身分が高いのがお前だ。

従ってお前は王家に人間として、今後貴族達の模範となるべくその責任をしっかりととって貰いたい」

「い、一体私にどうしろと…?」

「…うむ。判決を言い渡そう」

そう言って国王陛下は周囲を見渡した。


補足:この世界では婚約は男性が持ち込むものです。

女性はそれを受ける側であり、選ぶ立場にあります。


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