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父親をドナドナする

主人公を始めとした登場人物達は『学園』に通っている。

貴族のみが通えるもので、そこで一年かけて礼儀作法を中心に貴族としての心得を学ぶのだ。

小難しい勉強も勿論行われるが、それよりも人脈の形成に学園は力を入れている。

ここでの人脈が将来を大きく変える力を発揮する事があるからだ。

卒業後正式にデビューする貴族社会では

身分差が邪魔をして碌に話せない高位貴族に下位貴族達が話しかけても大丈夫なように

学園内では身分差が無いという建前まで存在していた。

無論、馬鹿正直に話しかける下位貴族は滅多にいない。

滅多にいないが、今年はいた。

それが主人公マリーナ・ダウ男爵令嬢である。

無論、わざわざ王太子殿下を探して声をかけたわけじゃない。

色々と偶然が重なった結果、話しかけるに至り、そして仲良くなったのである。

その過程で兄を含む王太子殿下の側近達とも親しくなった。

つまり、決して狙ったわけではない。

本当に偶然の産物があの逆ハーレムなのである。



私は冷めた目で彼らを見ていた。

舞台ではなく現実で見る彼らに私はどこか冷めた気持ちを抱いていた。

逆ハーレムというのは見るものじゃないという事なのだろう。

酷く目立つ集団。

華やかな男達が集まるその中心に彼女はいた。

マリーナ・ダウ男爵令嬢。

黒くて腰元まである長い髪。

全てを見透かすかのような夜のように黒い瞳。

シンプルな青いドレスは原作通りなら王太子殿下が贈った代物だ。

流石主人公。

身分は釣り合っていないけど、あの華やかな男達に囲まれてなお存在感を発揮する美しさは相当なものだ。

演じてた役者も美人だったがリアルは役者を超えてくる。

対する私。

金色の髪は大袈裟なほど豊かでウェーブがかかっており、青い瞳は意地悪そうに釣り上がっていた。

そして主人公と対比するかのように毒々しい真っ赤なドレス。

清楚なデザインの青いドレスとは真逆で、

まるで娼婦のような派手で男好きするデザインだ。

普通なら着るのに迷うところだが、

月延真帆の時代からこういう如何にもな悪役衣装はしょっちゅう着ていたので今更躊躇うほどでもない。

そして、悲しいくらいにこういう衣装が似合う容姿をしているのだ、エリカも月延真帆も。

エリカは卒業式の後に開かれる国王参加の王城でのパーティーに参加していた。

一応、王太子殿下のエスコートで入場したのだが、入場した途端役目は果たしたとばかりにさっさとマリーナの元に行ってしまった。

彼が嫌々ながらもエリカをエスコートしたのは私を逃がさない為だ。

せっかく色々彼らは準備したのに、そしてそれを国王陛下の御前で披露する格好の機会を逃す訳にはいかないから。

いつも通り華やかな彼らだが、語る内容は物騒なものなのだろう。

私を…そしてお父様をいかに牢屋に入れるかの算段に違いないのだから。

やがてパーティーも終盤。

王太子殿下の閉会の言葉の時間になった。

つらつらと語られる来賓達への感謝の言葉と成人してからの抱負、王太子としての責務全うの誓いなどを述べて……

「最後に………我が婚約者であるエリカ・ドラグノ!!前に出てきてくれるかな!?」

高揚感を感じる声に私は遂に来たと拳を握る。

大丈夫、準備はしたの。

彼が何を語るつもりかも全て把握しているからシミュレーションもバッチリ。

あとは一発本番でどこまで演じきれるか。

演技がバレたら即死亡。

月延真帆、一世一代の大勝負だ!!

私はヒールを鳴らしていつのまにか開けられていた道をゆっくりと歩く。

殿下達は近くにいるのにそこまでの道のりがやけに遠い。

それでも私は彼らの元に辿り着いた。

マリーナの顔も王太子殿下の顔もお兄様の顔もそれ以外の側近達の顔も、そして私の顔も緊張の色が濃く出ていた。

心臓の音がうるさい。

緊張する。

どんな舞台でも私はここまで緊張した事がない。

命がかかっているのだもの、当然だ。

大丈夫、やるわ。

やってやる。

そして生き残るのだ。

私は彼らを見て軽く頷いた。

その頷きに一瞬彼らは怪訝な表情を浮かべるも感情を表に出すのは恥という貴族文化が災いしすぐに元に戻る。

それでも頭の中は今の頷きの意味を必死で考えているだろう。

マリーナを除く全員は揃いも揃って頭脳明晰。

だからわからない何かに出会うとすぐに答えを探して考える癖がある。

わからない事をそのままにしてはいけないという貴族としての教育が裏目に出た形だ。

これを隙と見做して私は殿下達から話の主導権を奪う。

「…殿下、遂に悲願を達成されるのですね?」

「……あ?」

まあ、悲願といえば悲願だろう。

少し間抜けな声を晒す。

マリーナ含め全員の頭上にクエスチョンマークが浮かんでいるのは想像に難くない。

ただ表情には全く出てないあたり流石である。

マリーナは例外だけど。

それはともかく私はにっこりと笑った。

「ご安心ください、既に物は用意してあります」

「…一体なんの話を…?私は…」

「ご来場の皆様方!そして国王陛下!!

どうか、我がドラグノ家の罪の話をお聞きくださいませ!」

王太子殿下の言葉を遮り私は声を張り上げた。

役者の発声を舐めないでほしい。

この場にいる全ての人達が王太子殿下達ではなく私に注目する。

ドレスの裾をひらりと広げ王太子殿下達に背を向けた。

それこそ彼らの仲間のように。

「…なんだ?」

「ドラグノ家の罪だって…?」

ヒソヒソと貴族達の声がする。

国王陛下も壇上の玉座の上からこちらを注視していた。

後ろから慌てたような気配がする。

しかし、もう遅い。

私は用意していたセリフを諳んじる。

「お父様…いいえ!ドラグノ公爵!

前に出てきて頂きましょうか!」

ビシッとドラグノ公爵に指を突きつけ私は言う。

躊躇う気配と共に数分後、ドラグノ公爵…エリカの父が現れた。

「な、なんなのだ、一体…」

困り顔でドラグノ公爵は言う。

体は醜く太り、頭はハゲ散らしている薄汚い小男。

それがエリカの父親でありドラグノ公爵だ。

所詮、エリカを殺す為の理由づけとして存在するだけの悪役なだけあり、その小物感は半端ない。

娘であるエリカの方がやらかした事は子供じみていたけれど悪役としての態度は一流だ。

「お父様、もう全て王太子殿下はご存知です」

「な、何を…」

「もし全てを今ここで告解するのでしたら、私も娘の一人として誠心誠意許しを乞うべく共に頭を下げましょう。

ですが、そうでないのでしたら……」

「だからなんの話をしているのだ!?」

声を荒げるドラグノ公爵。

私は悲しげな顔をして後ろを振り返ると首を横に振った。

そう、このような態度をとれば私は王太子殿下側の人間であると周囲は誤認する。

それこそ私の狙いだ。

ハッとする王太子殿下達だが、どう口を挟めばお前もドラグノ側だと主張出来るのかすぐには思いつくまい。

「では、ここで王太子殿下の代理として、そして公爵家の娘の義務としてドラグノ公爵の罪を告発致します」

そう言って一拍置いて周囲を見渡す。

玉座には国王陛下。

足を組み肘をついてこそいるが、興味は引いているらしい。

私は深呼吸して本来ならばマリーナ男爵令嬢の物だったセリフをさも自分の物のように諳んじる。

「ドラグノ公爵。貴方には隣国から麻薬を密輸している嫌疑がかけられています」

「は!?そ、そんな…」

あからさまな動揺。

貴方、本当に貴族なのかと問いたくなるほど顔に出ている。

「そ、そんな事はしていない…っ!」

「否認なさいますか?」

「と、当然だ!」

「陛下の御前でも?」

「もも勿論だとも!」

「そうですか……」

悲しそうに目を伏せ私は王太子殿下に向き直る。

「申し訳ございません。

可能ならば自ら告白し罪を贖うと誓わせたかったのですが、それも私の力不足で叶わず。

…ここに深く陳謝致します」

「い、いや…」

話しについていけない王太子殿下達。

それもそのはず、今から断罪しようとしていた女がさもこちら側のような顔をして自分の父親を断罪し始めたのだから。

計算外にも程があるだろう。

その動揺が続いているうちにこちらのペースで話を進める。

「ドラグノ公爵」

私は再び公爵に向き直る。

「既に証拠はあるのです。

殿下は既に貴方と取引をしていた商人マルコニー・フェイバンを押さえております」

ざわりと周囲が騒めく。

王太子一派も何故それを知っているのかと目を見開いていた。

国王陛下だけが顔を変えない。

流石だ。

マルコニー・フェイバン。

それは公爵と手を組む悪辣商人の名前であり、国内において指名手配されている有名な詐欺師でもある。

おそらく、彼と取引して痛い目にあった貴族もこの場にいるのではなかろうか?

公爵とは麻薬の取引のみで繋がっているが、彼自身はそれ以外にも多くの悪辣な取引をしており、捕まれば死罪は免れないだろう。

しかし、今回王太子殿下は公爵とエリカを陥れる為に司法取引をした。

即ち、公爵の罪を証言するのならば、それ以外の罪については減刑するというもの。

マルコニーも私同様命が惜しいので、その取引に乗り公爵を裏切り麻薬取引をした旨を証言をするのだ。

「そしてこの場に彼はいるのです。」

周囲が大きくざわめいた。

隠しきれない騒めきのなか、王太子殿下が本来する筈だった指を鳴らす仕草をする。

パチンと鳴らした指音を合図に手枷を嵌めたマルコニーが騎士を両脇に従えやってきた。

彼らは今予定と違う状態で舞台が進行していることを知らない。

ただ言われた通り、指音を合図に会場内に入っただけである。

水を打ったように静まり返った会場内を一歩一歩と進むマルコニー。

そして、公爵の前に立った。

ドラグノ公爵は今にも倒れそうな程顔色が悪い。

額から吹き出した汗を拭う余裕もないようだった。

「マルコニー・フェイバン。本人で相違ありませんね?」

「…ああ」

予定では王太子殿下による質問。

しかし、女に変わっていると不思議に思ったようだが、結局やる事は同じだと頷いてくれた。

「貴方はそこにいるドラグノ公爵に麻薬を売りさばき利益を上げた。

当然、我が国では違法と知った上で、です」

「その通りだ。俺はこのドラグノ公爵に麻薬を売った。

その売り上げは金貨数千枚にも及ぶ」

「な、な、デタラメだ!

へ、陛下!信じてください!!この男の言葉は全て真実ではありません!!」

王に諛うように膝を屈してドラグノ公爵は言う。

本来であれば父と共に諛うべき立場にいる私はこうして真っ直ぐ立っていた。

不意にエリカとして父と過ごした記憶が脳内で再生される。

楽しい思い出ばかりだ。

ドラグノ公爵はエリカを跡取りである兄以上に愛していた。

でも、エリカの意識より月延真帆としての意識が強い私にとってそれは所詮他人の思い出。

そう、他人の思い出だ。

私は強くそう言い聞かせ頭を振り父を…ドラグノ公爵を見下ろす。

目に入れても痛くないほど可愛がっていた私に公爵は断罪される。

その苦しみは如何程だろう。

国王陛下が姿勢を正し、玉座から立ち上がった。

なんて威厳のあるお姿なのだろうと状況も忘れて見惚れてしまう。

舞台では国王は脇役に過ぎなかった。

重要だし目立つけど主役ではない。

だけど現実では違った。

圧倒的なオーラがある。

これが国を統べる男というものなのか。

「ドラグノ公爵は我が国の宰相であり、王家の血縁でもある。

かような者がそのような罪を犯したとは事実なのか?」

国王陛下が厳かに言葉を紡ぐ。

役者よりも威厳があるし、よく通る声だ。

その気迫に飲み込まれそうになるが、ちょっと待て?

微妙にセリフが違うぞ。

本来ならば『ドラグノ公爵は我が国の宰相であり王家の血縁者でもある。

かような者がそのような罪を犯した事誠に信じ難い。』

であったはず。

私は一言たりとて国王陛下の言葉を聞き漏らさないよう耳をそばだてる。

「へ、陛下!私の言葉をお聞きください!

ドラグノ家はかつて国難の時に勇者を輩出した家柄!救国の代名詞たる我が家の長であり、誉れ高き宰相たるこの私がそのような恥知らずな真似する筈もありません!!」

ドラグノ公爵は台本に無いセリフを叫んだ。

そのセリフで私はドラグノ家の歴史を思い出す。

ドラグノ公爵家はかつて国難の時に勇者と呼ばれる傑物を輩出し、爵位を賜った家系だ。

勇者と呼ばれた御先祖様は国を救うとその褒美として当時の国王から自身の娘を嫁に貰っている。

そして王家の縁者として迎え入れられると公爵位を賜り現在に至るのだ。

たしかに現公爵は小物であり、どう見ても罪人ではあったが、それでも詐欺師よりかは爵位と先祖の偉業の分だけ信用があった。

実際にエリカになってみてわかったのはその信用を加味すればその場で処刑判決など出るはずも無いということ。

舞台では即判決が出てエリカ共々退場となるが…まさか、現実ではそうならない!?

それは困る!!

一時でもドラグノ公爵を釈放すれば私は間違いなくこの男に恨まれ殺されるではないか!

死に方が変わるだけで結局死ぬなら必死で王太子殿下の味方のふりして公爵を生贄に差し出した意味がない。

しかし、シナリオは私に少しばかり都合よく進んでくれた。

「ドラグノ公爵。貴殿を一時拘束し、その間に貴殿の屋敷を捜査する」

国王陛下はシナリオには無いがシナリオ通りになる発言をした。

シナリオでは公爵は死罪を、エリカは無期限の幽閉を言い渡されて舞台から退場する。

しかし、実際は舞台よりも少しだけ現実に即した内容になった。

それは私が行動を変えたから?

それとも全くの無関係?

わからない…!

内心歯噛みする。

台本通りに物事が進む事を前提としてシミュレーションしてきたのに、台無しじゃないか。

私は必死で舞台の再構築を図るべくシナリオを組み立てる。

出来ない、わからないなんて、泣き言言っている場合じゃない。

やらなきゃ死ぬのだ、こっちも必死である。

「な、何故…!」

愕然とした表情を見せるドラグノ公爵。

「こうなった以上、物事は白黒はっきりつけなければならない。

貴殿が無実ならば拘束はすぐに解かれるだろう。

しかし、有罪ならば」

一呼吸置いた。

「貴殿は有害な麻薬を密輸して不当な利益を上げた。

そして、その麻薬が元で死者がいるのであれば貴殿は間接的な殺人を犯したとして死罪を申付けるであろう。」

「そんな…!?私は…!」

「騎士よ!かの者を貴族牢に…!」

「お待ちください!陛下!!」

私は待ったをかけた。

舞台ならばエリカと公爵はここで退場となるシーンだ。

予定とは大分違うが舞台からの退場という場面には違いない。

思えば舞台では公爵は処刑、エリカは獄中死するのだが、悪役が二人とも死んだ後、公爵家を捜査して麻薬密輸の物的証拠を王太子達は発見する。

舞台で演じていた時から少し気にはなっていたのだ。

これ、実は冤罪とかだったらどうするのと。

無論、冤罪などではなくがっつり事実だから結局は考えるだけ無駄なのだが、

現実的に考えて処刑してから捜査は無理がある。

私の動きが原因かはたまた国王陛下が舞台よりも現実的な人だからなのか、

捜査をしてから公爵の処遇は決めるらしい。

…けどね!?

私はそれが一番困る。

自分が助かる為に父親を生贄に捧げるという作戦を思いついた私が一番恐れるのは

シナリオから外れたことにより公爵が何がしかの理由で釈放されてしまうこと。

釈放されれば間違いなく私はドラグノ公爵によって殺される。

ドラグノ公爵の胸の内は娘に裏切られた事による恨み辛みで一杯だろうから。

だけどそんなの冗談ではない。

そんな死に方真っ平ごめんだ。

だからこそ、生贄には確実に死んでもらう必要があった。

私は自分が生き残る為に父親の生存ルートを完全に閉ざす。

今すぐ処刑判決を聞かせてくれ。

ああ、そんな事を願う私は立派な悪女だ、悪党だ。

思わず自嘲するが笑っている場合ではない。

「どうした、エリカ嬢」

国王陛下の目が私に向いた。

灰色の目は何処と無く優しげだった。

全く似てないのに一緒に死んだ有起哉を思い出す。

有起哉は今頃どこで何をしているのだろう。

「……私は公爵と一番近しい存在でした。

跡取りである兄よりも近くにいたと断言できましょう」

その通り。

心根が近いエリカと公爵は非常に仲の良い親子だった。

兄は跡取りだったからこそ厳しく躾けていたが、娘である私にはともかく甘い父だった。

「だからこそ。公爵しか知りようもない、

それこそ後継として生まれた兄すらまだ知らない隠し金庫の存在を知っておりました」

「…何?」

シナリオならこれはエリカ達の死後後日談的に描かれる捜査結果で判明する事実。

麻薬密輸により得た利益や契約書などマルコニーの証言を裏付ける証拠がぎっしりも詰まった金庫があるのだ。

そして解錠の為の鍵の場所も舞台では描かれている。

私は今朝方、既にその金庫を解放し中身を拝借していた。

王太子殿下はあくまで証言者のみを用意した。

だけど私は物的証拠を用意した。

予定ではこの証拠をさも王太子殿下の仲間ですよと言わんばかりの顔をして国王陛下に提出するつもりだったのだが…

まさか、自身の父を即座に殺す為に使用する羽目になろうとは。

殿下達は証言者であるマルコニーを用意する事は出来たが終ぞ物的証拠は手に入れられなかったのだ。

ただただ王太子殿下達は驚くのみである。

私は王太子殿下に近寄るとその手に用意していた証拠を差し出した。

「殿下、お約束の品でございます。

手に入れるのがギリギリになり申し訳ありません」

深々と頭を下げる私。

まるで王太子殿下の命令でやったかのような口ぶり。

「あ…う、うむ…」

約束なんてしていない。

しかし、今その場でそんな事は言えない。

場の空気を読み状況に合わせて動くようにと日頃より家庭教師から躾けられていた王太子殿下はこの状況で否は絶対に言わないと踏んだからこそのハッタリだ。

仕方なく証拠を受け取り王太子殿下は国王陛下に手渡した。

たったこれだけで私はあなた方の仲間ではないと言い逃れする事が非常に難しくなった。

それがわかっているからこそ、王太子殿下達は私に不穏なオーラを浴びせてくる。

ただ一人、少しぽやっとしたところのあるマリーナ男爵令嬢だけが事態についていけず、ぼーっとしていた。

明るくて元気がよくて素直で運もいいが、少しばかり|天然〈バカ〉なところがあるという設定通りといったところか。

国王陛下が渡された証拠にざっと目を通す。

「マルコニーとの実印付きの契約書に裏帳簿の原本、そして麻薬の現物まであるとは。

最早言い逃れは不可避だな」

そう言って冷たい目を国王陛下は公爵に見せた。

「そんな、何かの間違いで…」

「黙れ、国賊。貴様の罪は其方の娘の手により明らかにされた」

運がいい。

王自ら私の功績を認めてくれた!

こうなったらそう簡単には罰せられない。

少なくても今は私を断罪する時ではない。

それがわかるのだろう、王太子殿下達は慌てたような顔をする。

わかってないのは守られてばかりの男爵令嬢ただ一人。

彼女の目には予定通り悪人が裁かれていくように見えているのだろう。

だけど、本当に倒したい貴方の敵が残っている事を理解していない。

「国賊には死刑が相当、汝をこれより三日以内に処刑とする。

これは王命により必ず果たされると知れ」

「そんな…!私は勇者の…」

「黙れ、勇者の血を穢す者。

汝は最早公爵を名乗るに値せず。

汝の地位は後継たるユリウス・ドラグノに今を持って移ったと知れ。」

「ああああ…何故ぇぇ!!」

「騎士よ!この者を捕らえ貴族牢…いや、平民用の地下牢に入れろ!」

「「「は!」」」

名前も知らぬ騎士達がドラグノ元公爵を捕らえて引きずっていく。

抵抗の力さえないのか、その退場は実に静かだった。

「ユリウス・ドラグノよ」

「は、はい!!」

悪役公爵が退場し、静まり返った会場で国王陛下が私の兄…ユリウスに話しかける。

兄は膝を折り、頭を垂れて陛下のお言葉を待つ。

「此度の事は汝とその妹たるエリカ嬢にはなんの罪もない。

故にかの者が戴いていた爵位と宰相の地位を貴殿に譲る事をこの場で宣言しよう」

「わぁっ!」

空気読まない…というか読めない男爵令嬢が嬉しそうな声をあげて、軽く拍手もしていた。

純粋に友人の昇格をお祝いしているのが手に取るようにわかる。

だけど、私も祝いたい。

漸く私の死亡フラグが折れたのだから。

私は静かに息を吐く。

「……謹んでお受けします」

粛々と述べるお兄様。

その顔を私は覗き見る事は出来ない。

「その上で陛下。私どもの話を聞いてくださいませんか?」

お兄様が顔を上げ毅然とした声をあげた。

今後の身の振り方を考えていた私は兄の言葉に身を固くする。

陛下の答えを待たずして立ち上がるお兄様。

相対する私。

それは予定していた通りのエリカと王太子殿下一派の姿で。

ああ、このままお開き…という訳にはいかないらしい。

お兄様は口を開いた。


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