死亡フラグ回避の為必死で考えた
「は!?」
私は起き上がった。
夜中に目が覚めるなんて……やだ、寝汗まで。
私は額を拭う。
ベットサイドに置いてある水差しで口を濯ぐと少し夜風に当たる為、テラスに出た。
「ふう…」
冷たい風のおかげで冷静になれた。
「嫌な夢。」
そして不思議な夢。
不思議な世界だった。
夢のような空想の産物ともいえる世界で私が役者で悪役で。
そして殺される夢なんて。
「って!夢ちゃう!!!」
私は大声で思わず叫んだ!!
ハッとして口を押さえる。
暫く周囲を伺うが誰かが来る気配もない。
私は大きく息を吐き出した。
そしてそのまましゃがみこむ。
間違いない。
私はあの夢の少女の生まれ変わりだ。
月延真帆という名前の役者。
役柄ばかりでなく私生活まで悪女だと言われた女。
実際はごく普通の少女だというのに。
一体なんの因果か生まれ変わって本物の悪女になるなんて。
笑ってしまうが、笑っている場合ではない。
今の私の名前はエリカ・ドラグノ。
公爵令嬢という随分な立場の少女だ。
しかも王太子殿下の婚約者で明日学園を卒業すれば成人と見なされ正式に王太子と成婚する。
王太子妃としての輝かしい未来が待っていた。
でも違う!
このエリカ・ドラグノという少女は月延真帆が直前まで演じていた舞台の悪役だ。
中世ヨーロッパを彷彿とさせる異世界を舞台とした王太子と男爵令嬢の身分差王道恋物語。
エリカはその恋路を邪魔する悪役だ。
実際、私はその原作通り…いや、原作以上に狡猾に主人公である男爵令嬢を虐めていた。
友人と一緒に人気のない場所に彼女を呼び出し詰り倒した事数知れず。
友人を巧みに操り、彼女の私物を破損させたり隠したりもした。
彼女と仲良くしようとする令嬢に圧力をかけて孤立させたりもした。
普通の令嬢ならば公爵令嬢たる私に目をつけらここまでされたら息すら出来ないであろう。
しかし、物語の主人公は一味違う。
持ち前の明るさと素直さ、意思の強さと運の良さでその全てに打ち勝ってきた。
そんな彼女を慕う者は私の婚約者であるレオナルド王太子殿下だけではない。
その側近達も彼女を大なり小なり愛しく思っているのだ。
原作通り、エリカの兄も男爵令嬢に恋心を寄せている男の一人になっている。
不器用な性格だが、彼女だけに向ける硬い笑顔は役者が良いこともあり、舞台での観客の受けは上々だった。
私はこの役を演じていた役者が好きだった。
無論、好きだなんて言えない。
密かに想うだけだった。
演じている役柄自体が好みだったが、役者本人も私の悪い噂に惑わされない人だった。
常に噂に振り回されている私がそんな彼に惹かれるのは仕方のない話であろう。
だけどこのままでは明日の卒業式後のパーティーで私は兄を含めた婚約者に断罪されてしまう。
台本通りならば、既に婚約者と主人公の二人は想いを通じ合わせて唇すら重ねる間柄である。
もう王太子殿下の心は主人公である男爵令嬢の物なのだ。
決して覆りはしない。
だけど原作でもそうだが、この世界の常識に照らし合わせて考えても高々男爵令嬢を虐めただけで大勢の前で断罪、
そして婚約破棄は無謀であり到底認められるものではない。
公爵家の令嬢と男爵家の令嬢。
私達の間には超えられない身分差の壁があり、王太子の後ろ盾があっても足りない程なのだ。
だけど、私からその公爵家の令嬢という肩書きを剥奪すれば話は別になる。
そこで王太子殿下達は私の父に目をつけた。
ドラグノ公爵…すなわち私の父はこの国の宰相だ。
清廉潔白で優秀な宰相…ならばいいのだが、残念ながら小悪党である。
台本によれば我が父は麻薬を異国から密輸しており、それを密かに売りさばくことで利益を上げていたのだ。
その利益は民達に還元される事など勿論なく、沢山いる愛人達に貢ぎ贅沢三昧の生活を送っていた。
エロいことが三度の飯より好きな小悪党。
それが私の今世の父である。
男爵令嬢を中心に結託した王太子殿下と兄、そして側近達は公爵の麻薬密輸に加担した悪辣な商人を既に抑えている。
パーティーで私を断罪した後、公爵も断罪する事によって公爵位を剥奪し、エリカから公爵家のご令嬢という地位を奪う。
爵位を失ったエリカなら男爵家の令嬢の方が身分が高い。
堂々とエリカと婚約破棄に追い込み、王太子殿下との婚約を発表。
一方エリカは公爵の罪を償う為に連座で無期懲役を言い渡された挙句獄中死してしまう。
それがエリカの末路だった。
ってか、なんで連座なの?
連帯責任とかマジやめろ。
前世では所詮作り物、単なる役柄と割り切れるから連座で獄中死も受け入れていたが、
現実になったらそういう訳にもいかない。
なんとかして回避しなければ。
でも、どうやって回避すればいいの?
もっと早く前世を思い出していたら、男爵令嬢を虐めるなんて暴挙には絶対出なかった。
なんなら、側近達と同様彼女の取り巻きになってひたすら媚びへつらった。
私は案外太鼓持ち気質でヨイショがうまい。
元々そうだったが、芸能界に入って更に磨きがかかった私の特技だ。
その特技を全力で披露すればきっと今よりいい未来が確約してたに違いない。
でももう遅い。
私の友人は既に私を裏切り男爵令嬢一派の味方。
卒業式では次々と私の悪事を証言してくれる。
私は既に孤立しているのだ。
知らぬはエリカただ一人。
味方なんていない。
時間がなさすぎて今から味方を作る事も出来ない。
どうあがいても死ぬ運命なの?
私は死にたくない。
前世では何もしてないのに殺されて、
今世では色々やらかしたけど、どうにも他人事な感覚で殺されるなんて最悪すぎる。
そりゃ色々やらかした今世は仕方ないかもだけど、でもだからといって裸で死地に向かうような真似は出来ない。
死ぬ時の怖さ、痛さを私はよく知っている。
もう一度あれを味わえとか無理無理!
しかも感覚的に私はついさっき死んだのだ。
それほど間を置かずしてもう一度とかふざけてるだろう?
というか、色々やらかした張本人であるエリカはどこに行ったのか。
昨晩は普通に寝た。
なのに、偶々前世の夢を見て色々思い出した途端今世の自分が記憶だけを残して消え去り前世の私に全てを押し付けるとかありえないでしょう!?
どうせ死ぬならエリカが死ね!
なまじ未来がわかるからこそ怖いんだ。
でも未来を知ったからこそ回避の為に動けるわけで。
だけど、何をどうすればいいのか皆目検討がつかない。
味方ゼロ、時間ゼロで一体何が出来るのだろう。
でもここで考えるのをやめたら死ぬのだ。
せっかく思い出したのだから、無駄にする訳にはいかない。
最早ルールに則って正々堂々となんてしてられない。
禁じ手も含めて凡ゆる角度から生存ルートを見つけなくては……
私は部屋に戻り必死に考えた。
夜が更けて、朝日が昇る。
部屋には書き散らかした様々な案が散らばっていた。
色々思いついた案の中、一番成功率が高そうなのは……
「これくらいしか…….」
私は一枚の紙を拾う。
これが一番穴が少なくて生存率が高く感じられる。
でも、決して無傷では済まない。
永遠に心の傷となるだろう。
月延真帆は悪女だと言われきた。
けれども実際の私は悪女などではなく普通の少女だった。
ちょっとばかり悪役が似合いすぎただけである。
今の私の意識はエリカよりも月延真帆寄りなのだ。
悪事を悪事と思わず、平気で人を傷つけることができたエリカではない。
なのに、この案はエリカすら思いつかない最悪の悪事に該当する。
この案を採択して万一生き残る事に成功した場合、偽物悪女から本物の悪女に月延真帆はなるだろう。
それもちょっとやそっとの悪女じゃない。
それこそエリカを超える稀代の悪女だ。
最悪だ。
でもでも。
それでも死にたくない。
何を犠牲にしてでも私は助かりたいのだ。
だから私は決断する。
そう、劇の役者のごとく演じてみせよう。
稀代の悪女を、今ここで。
そう決意を固めると準備に入った。