後編・・・それはつまり、俺にナニをせよということか?
「な、何で分かるんだよ……暇じゃないって言ったらどうするつもりだ?」
「ううん、絶対に暇! そうじゃなくても暇だってことにしちゃう。女の子を泣かせた罰!」
「お前、男になったんじゃなかったのかよ」
「心は乙女」
「何だよいきなり……まぁ、いいけどさ。で、俺にどうしろと?」
「ちょっと付き合って。困ってたんだ」
「困ってたって何を?」
「男子の制服。それと、もっと男の子っぽい洋服。来週から私、男子として学校に通うから制服を揃えなきゃならないの……あと、男の子の日用生活品って、何があるの? 私、男の兄弟いないし、良く分からない」
結局、俺は名取さんの買い物に付き合う羽目になった。無口で内向的な女の子とばかり思っていたのだけど、膝をついて話してみると、思ったよりサバサバしているというか、不思議系が入った女の子なのにはびっくりした。これはこれで魅力的ではあったけど。
シャツのボタンに四苦八苦して試着した制服。女子の制服のブラウス姿に見慣れた俺にとって、この着慣れないブレザーに腕を通し、ポーズを取る名取さんはとても眩しく見えた。
そんなこんなで、楽しい時間はあっという間に過ぎ去った。
「――荷物持とうか?」
「いい」
「重そうだぜ?」
「いいって。だって私、もう男なんだよ? 自分の荷物を友達に持たせるなんて変じゃない」
「ダチ……か」
帰り道。無理して男言葉を使おうとする名取さんが可愛らしくて、思わず彼女――いや、彼か――の肩に手を回したくなる俺がいた。
「あー重いぃ……。それにしてもおかしいよ……男になったんだから、もっと力持ちになるとばかり思っていたんだけど、全然変わらない! どういうこと?」
「そりゃまぁ、いくら性別が変わったって、鍛えなきゃ筋力は変わらないんじゃねぇの」
「ええっ、そうなの? 男の子って……はッッ!?」
「どしたいきなり」
「男の子って……ひょっとしてみんな筋力トレーニングとかして鍛えてるものなの?」
「まー人それぞれだろうけど……多かれ少なかれはな?」
「爆ぜる肉体! 飛び散る汗! ぶつかり合う筋肉! ガチムチマッチョ!」
「だからそーゆー妄想は止めろって」
「うん」
名取さん、時々妄想が暴走するけど、時々素直。
「知らなかった……男の人って大変なんだね」
「そりゃ男は大変さ。『敷居を跨げば七人の敵あり』って言ってな? 喧嘩吹っ掛けられてナヨナヨいいようにやられたんじゃかっこ悪いだろ。なめられたら終わりだ。男に生まれた者の宿命みたいなもんだ」
「えー、私もやらなきゃ駄目なのかなぁ……面倒くさそう」
「ご愁傷様。ま、そうは言っても俺のそばにいる限りは、守ってやらない訳でもないがな」
「本当に!?」
「だが俺もそんな強いわけじゃねえぞ。少なくとも格闘技やってる連中からすればゴミみたいなもんだ。あんまり期待すんな」
「えー、雑魚だー」
「雑魚言うなしばくぞ?」
名取さんは近くにあった通路のベンチを目聡く見つけてヘナっと座った。
「ねえ、百瀬君。今日一日、大丈夫だよね?」
「暇じゃなくても暇って言い放つんだろ?」
「うん。でさぁ……家に遊びに来ない?」
「な!?」
女の子の部屋にお呼ばれされた。残念、今のコイツは男か……いや、待てよ。そういや男だって証拠はまだ見ていないな。俺のことをからかっているだけという可能性もある。いや或いは……今までの全部、一種のちょっと変わったアプローチかも!?
遂に来た俺のターン。
「ねぇ、どう? 嫌……かなぁ?」
「そんなことはねえよ。まぁいいけど」
「良かった! それじゃあ」
「あ、ああ……」
素っ気無い素振りの言葉とは裏腹に、心躍らせて彼女についていく。バスを乗り継ぎ辿り着いた名取さんの自宅は、普通の建売っぽい一軒家。出てきたおばさんは「まぁ、あなたが百瀬君ね」とか「この子、こんな身体になってしまったけど、これからも仲良くしてあげてね」とか「大丈夫、今の時代、恋愛の形は色々あるから」とか何やら怖いことを一通り喋った後、「あとは若い人たちに任せて」とか言い残して奥へと引っ込んでいった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
初めて入る女の子の部屋。名取さんの部屋は、いかにも女の子らしいぬいぐるみや小物と、オタク系グッズが入り混じった不思議空間だった。
その多くは女の子向けコンテンツのアニメやゲームのもの。名取さんがそっちの趣味を持っていたのが意外でもあり納得できるような気もする。
「百瀬君、挙動不審。女の子の部屋初めて?」
「んな訳あるか」
思いっきりふかしこんでみせた俺をベッドに座らせた名取さんは、机の椅子を引き寄せ俺の前で座った。リラックスした様子で彼女は脚をブラブラさせる。女の子のベッドに腰かけるという行為は、俺にちょっとした背徳感を与えた。
とゆーか、チラチラとパンツ見えんだけど。無地のグレーね……うーん確かにちょっともっ〇りしてるような……てかそれ、女物のパンツじゃん……と、上の空で俺は名取さんの話を聞き流していた。
「ねぇねぇ百瀬君」
「何だ」
「男の子のカラダって面白いね! 色々試してみたよ!」
「ぶわtっ」
俺は口にしかけた麦茶を吹き出す。試すっ……て……おめー。
「あー、汚いなぁ。それでね? 楽しすぎて、毎日ずっとハマってたんだー」
「ハマっていたって……まさかナニじゃないだろうな」
「ナニって何?」
「言わせるな!」
俺、このアマにおちょくられてる。絶対、おちょくられてる。
「そんでね。女の子の方が男の子より気持ちいいって言うじゃない?」
「そ、そ、そうなの……か?」
突然何を言い出す。女の子の口からそんなネタが出てくるなんて、純真な俺にとっては衝撃の展開。
しかし……興味がないっちゃウソになる。正確に言うと正直なところちょい興味ある。あの都市伝説って、嘘なのか本当なのか。とゆーか名取さん、こんなかわいい顔してやることやってたんだ……どういう表情でやってたのかな……やべ、今夜のおかずが一品増えた。
「……で、実際んところ……どうなんだ?」
「顔真っ赤にして聞かないでよー。カマトトぶってるんだからぁ」
「う、うるせー。で、どうなんだよ。言い出したのおめーだろ?」
「どーだろうなぁ……こっちの体になって、まだ35%くらいしか研究は進んでないから、定量的な比較は難しいけど」
「っておい、急に論理的な会話になったな」
「でもやっぱり、女の子の方!」
「そ、そっか……そ、そ、そいつは良かったな……」
「でも、びゅーって出す時の高揚感というか達成感は、絶対こっちの方が上!」
「ぶわ@#$%&っ」
ダメだろダメだろダメだろ……再び麦茶を吹き出す俺。一緒に魂的な何かも抜けていったような気がする。
「こんな面白いの独り占めしてたの!?って感じ。男の子ってズルい」
「ちょい待て!? 実践したのか」
「もちろんやってるよ! 毎日が充実している」
「この部屋で?」
「うん。今朝なんか凄い飛距離。びっくりしちゃった。新記録かも」
生々しすぎる……てかやだ。飛距離ってお前……。嫌な予感に戦慄を覚える俺をよそに、名取さんは嬉々として聞く。
「ねぇ百瀬君? どこまで飛んで行ったと思う?」
「し、し、し、知らねぇよそんなの」
「ちょうど百瀬君の座ってるあたり」
「どわぁっ!!!」
思わず飛び退いた俺を真正面に捉えたまま、しれっと名取さんは言う。
「あ、そうだ。飛ばしっこしない? 百瀬君と私、どっちの方が遠くまで飛ばせるか」
「やりませんやりません……ほんっとうに、許してください」
「それじゃ、見せっこ。人が見ていないところだったらいいんだったよね? 男の子の特権!」
「うわぁぁぁぁっっ!」
「ほら、百瀬君も」
名取さんの男の子は俺なんぞ比較にならないほど凶悪なブツだった。あまりの恐怖心に俺は土下座で謝った。
「御免なさい御免なさい御免なさい……」
「えぇー、何で謝るの?」
「疑った俺が悪かった。どうでもいいから、はやく仕舞ってください」
「ええっ、つまんないのー。あ、そうだ百瀬君。今気付いたけどボキャブラリー少ないんだね? さっきから同じような言葉を繰り返してる」
「悪かったね。俺、馬鹿だから。てか、誤魔化すなよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後俺と名取さんはどうってことの無いことをダラダラと喋ったりアニメを見たり、取り留めも無い時間を過ごした。もちろん一線は超えてない。間違いも無い。あってたまるか。
「――お前、意外とモテてたんだな」
「なんか知らないけど、しょっちゅう告白とかされてた」
「そうだったのか」
いつしか俺と名取さんの会話は惚れた腫れたの話題に。誰と誰が付き合ってるだの、どこまで行ったのだの――デリカシーなんて欠片も無い、まるで気心知れた野郎同士の猥談だ。まさか名取さんとこんな会話をする日が来るなんて想像もしてなかったけど、これも名取さんが男になったことの気楽さか。ちょっと嬉しい副作用かも知れない。
そして話題は名取さん自身のことに。
俺が告白する前にも、名取さんにアタックした男子が実はかなり多かったという意外な事実。ぱっと見、背丈は普通スポーツも普通、ちょっと憂いた表情だけ抜き出せば文学少女と言えなくもないけれど、その実、成績は狙ったかのように中の中――しかし、そんな名取さんは男子の間で密かに人気があった。どちらかというと目立たない存在だと思っていたけど、見てる奴は見てるってこった。
「ねえ百瀬君?」
「ん?」
「男の子ってさぁ……女の子と付き合うの、やっぱりエッチが目的なの?」
「え?」
「聞いたんだ……男の子が女の子と付き合うの、エッチ目的なんだって。なんかさ、そんな感じみたいだったから。ほら、こないだまで鈴木さん、清水君と付き合ったてたでしょ?」
「そうなのか? あの清純を絵に描いたような人が……それはそれでショックだ」
「清水君、明けても暮れても『エッチしようエッチしよう』ばかりだったみたい。言ってたよ? 付き合った女の子みんな、つまんないって」
「あのゲス野郎……」
「男の子って、みんなそうなの?」
「また難しい質問を……うーん、どうだろうな。思春期の男子は大概そんなもんだろうけど」
「そうなんだ……やっぱり」
定まらない視線の目尻が少し、潤んでいたように見えた。
「まあ待て。奴の場合は特別だ……多分きっと……」
「百瀬君は?」
「おいおい」
そんなん、誤魔化すしかねぇだろう。しかし名取さんの目は真剣だった。
「はいはい……答えますよ。えっと、まぁ……うーん、そうだな。少なくとも清水よりは自制心というか、慎みはある方だと思うぜ? 少なくともお前に声をかけた時、それが目的じゃなかった」
「本当に?」
「ああ」
「本当に本当?」
「誓って言う。絶対だ」
「なら、どうして告白なんてしたの?」
「だから聞いたろ? あん時言った言葉のまんまだ。お前のこと、ただ単に好きになっただけだ」
「そうなんだ……」
「まあ、下心もちょっとは入ってたがな」
「台無し!」
「そう言うなよ。俺は正直なの! 親友に嘘は付けねぇって」
「親友?」
「ああ、お前とは親友だ。そんなこと言わせんな……ああ、恥ずかしい」
目を見開いた名取さん――気のせいか一瞬、キュンとした表情を見せたようにも感じた。
そんな彼女――いや彼か――はホッとしたように言う。もう涙は無かった。
「そっか……私もあんな風になっちゃうのかなぁって心配したけど、良かった」
「勘弁しろよ」
「でね、私……百瀬君と、エッチ抜きでそんな親友になれればいいなって思ったの」
「え?」
どうってことの無い独白。だけど急に下を向きぼそりといった名取さんの言葉が、妙に心に引っかかった。
「男の子同士の友情っていいなって……その時思った」
「そんないいもんじゃないけどな」
俺が片思いを抱き、無残に撃沈し、挙句の果てに同性になってしまった相手――名取さんが下を向いたまま、独り言のように呟く。
「そもそも半年前に……ううん、何でもない! それでなんだけど」
「何でしょうダチの名取君?」
「友達でいてくれる?」
「ああ、もちろんだ。さっき言ったろ」
「そうだね……百瀬君のこと、昔からずっと……好きだった」
「ちょ……」
何を言い出す!?
「……本当の理由はね。百瀬君のせいだよ?」
「はい?」
「男の子になった前の日……神様に願ったの! 男の子になって、百瀬君と男の友情をはぐくみたいって!」
「ふざけんな!!」
か、勘弁してくれ……。
「てことは待て、てことは何か? ちょっとした行き違いさえなければ、俺ら両想いになれたかもしれないってことか!?」
「そうかもね。あ、でも今は男の子だから。野郎同士、仲良くやろうぜ相棒! ……きゃん、言ってみたかった! このセリフ!」
「ううううう」
俺は泣いた。名取さんの純真さに泣いた。
「…………」
「どうしたの百瀬君?」
「何でもない。男は過去に囚われてうじうじ悩まないものだ。受け入れるぜ」
「嘘! 私の男の子を受け入れてくれるの!? ……でも大丈夫? 入る?」
「ぐごわぁぁぁぁッ!!」
唯一の心残りが、俺の大好きな名取さんが今や女の子じゃないってことだけだ。
……思いっきり過去に囚われてんじゃん、俺。
「――なあ」
「なぁに、百瀬君?」
「もう、女には戻れないのか?」
「どうだろうねぇ……」
「そんな他人事みたいに」
「あ、思い出した! 一つだけ方法があるみたい」
「なに」
聞き捨てならない。身を乗り出して名取さんは言った。
「一種のショック療法なんだって」
「はい?」
時々名取さんの会話は繋がらない。俺の脳味噌が名取さんに追いつくだけのスペックを持っていないだけのことかも知れないけど。
「リミッター? をオーバーすればね? 元の性別に戻ることがあるみたい」
「おおお!」
早くそれを言え。
……ん? リミッター?
「だけど時間制限があるみたい。あまり長いこと男の子してると固定化されちゃうって」
「いつまでだよ」
「あれぇ。いつだっけ……あ、カレンダーに印付けてたかも。ちょっと待って……あ、今日だ」
「すげぇご都合主義」
「やっぱり百瀬君と私、運命で結ばれてるんだね」
「いやいや、そういうのいいから。で、リミッターって何だよ」
「うん。気持ちいいこと!」
「……は?」
「だから気持ちいいこと。快感をつかさどる何とか中枢を刺激するんだって! もうね、頭の中が真っ白になって、バカになっちゃうんじゃないィィ!! ってくらい、気持ち良くなると発動するみたいだよ」
「…………」
「そうするとね、何とかホルモンが大量に出て女の子に戻ることもあるみたい」
「じゃあやれよ今すぐ!! いや、やってくださいませ一生のお願いだからッ!!」
「無理だよぅ。最低10回だよ? 連続して。一人じゃ無理。あ、今までの記録は3回! かなり無理しちゃった。あの時はもう……太陽が黄色く見えちまったぜ……」
「そこを何とか!」
「それに大学病院の先生も言ってた。心から愛している相手と一緒じゃないと、そのゾーンには到達できないって」
ゾーン……ゾーンと来たか。そんなん無理じゃん。俺は絶望のあまり脱力し、名取さんのベッドに倒れこんだ。横向きの視界の中で立ち上がった名取さんは、俺の顔を覗き込み、こう尋ねた。
「で……今からならギリギリ間に合うけど……どうする?」
お付き合いいただき、ありがとうございます~。コメディ全振りの残念なラブコメですが、こういったストイック(?)な関係の彼と彼女(?)もあっていいよね!の一念で書いてみました。どうでしょうかねぇ?