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出会い 一

 川辺でゆっくりと昼食を済ませた帰り道。塩の洞窟で岩塩を採取することになった。

 ここはいつきても空気がひんやりとしている。夏真っ盛りになれば、川と塩の洞窟が涼をとるための穴場になりそうだ。


 ーーピチョン……ピチョン……。


 水音が一定のリズムで鳴り響く。あちらこちらで反響し合う高い音。それが突然止んだかと思えば、代わりにジークの驚く声が響いた。


「――うわっ、冷たい!」


「ふふ、そこは雫が落ちてくるから、こっちの端を歩いたほうが良いわ」


 首を縮めて天井を見上げるジークに、かつて自分も同じように驚いたことを思い出す。

 そしてこの先にある、薄ピンク色をした宝石の様な岩塩に感動したことも。暗い洞窟の中で淡く発光する様子は何度見ても美しい。

 ジークもきっと驚くだろう。欠片だけでも美しいが、やはり洞窟内に沢山の岩塩で埋め尽くされた様子は素晴らしく絶景だ。

 彼の反応が楽しみで自ずと足取りも軽くなる。そんな中、先頭を歩いていたバルカンが脚を止めた。岩塩が穫れる場所はまだ先のはず。


『ふむ、やはりそうか』


「バルカン、どうしたの?」


『我の縄張りに小バエが紛れ込んでおる』


 さらりと告げられたそれに、ジークが鋭い目をして私を守るように前に出た。金色の混じる緋色の瞳を眇め洞窟の奥を見つめるバルカン。その視線を辿り目を凝らせば、ぼんやりと青白い何かが浮かび上がった。


「氷狼のようだな。もしかして、群れがこの洞窟に潜んでいるのか?」


『いや、あれ一匹しか気配はない。おおかた、群れを追い出されたはみ出し者だろう』


 こちらを意識している様子の氷狼に、バルカンがまるで虫を払うように、威嚇にもならない鳴き声を一吠えあげた。

 一部を除いて大体の魔物はこれで慄き逃げ出す。そのため、入り口を私たちに塞がれていたとしても、どこかしら出口を探してバルカンの縄張りから居なくなると思っていたのだが……。


 ――グルルルル。


 私たちの予想に反して、氷狼はその場を離れず、こちらを威嚇するように唸り声を返してきた。けれどその割に襲ってくる気配はない。


『我の縄張りに入り込み逃げもせぬか……。ふむ、馬鹿な魔物でもあるまいし、賢い氷狼にしては珍しい』


「何であの場から動かないんだ? ちょっと様子を見てくるからメリッサはペルーンとここで待っていてくれ」


「えぇ、分かったわ」


『良いかチビ、メリッサから離れるなよ』


「クナン!」


 通いなれた洞窟の中、ペルーンとお留守番は怖くない。けれど、魔物がいる所に向かおうとしているジークが心配だ。昼食では調理道具として大活躍した、槍の穂先を付けた串を構えて進む彼の背中に「気を付けてね」と声をかける。

 心配そうに見ていたからか、腕の中のペルーンが私を安心させるように小さな頭をすり寄せてきた。首筋をくすぐる柔らかく温かな存在に癒され、自然と肩の力が抜ける。

「ありがとう」と頼もしい小さな騎士を撫でながら、洞窟の中で反響するバルカンたちの会話に耳を傾けた。


『どうやら手負いのようだ』


「本当だ。脚から血が出てるな……なんかコイツ、角も短いし俺の知ってる氷狼と少し違う気がする。それに、氷狼は全身銀色じゃなかったか?」


『ああ、はみ出し者になった理由はこの見た目のせいだろう。氷狼は規律が厳しく、自分たちと見た目の違う個体を嫌うからな……』


 聞き捨てならない会話の内容に、ペルーンをぎゅっと抱きしめる。そんな愚かなことをするのは人間くらいだろうと思っていたが、魔物の世界でも色々あるらしい。

 何だかいても経ってもいられず前へ歩き出す。ペルーンがそんな私に、ぎょっと目を見張り髪の毛を控えめに引っ張る。けれど、どうしても魔物が気になり足を止めることができなかった。


『そろそろ氷狼にとって厳しい季節になる。巣穴に帰れず、手負いでろくな場所を探せなくてここに来たのだろう』


「そうか、氷狼は暑さに弱いもんな……」


『それにしても、魔物にしては妙な気配を纏っておるな……いや、やはり獣のそれだな。気のせいか?』


 いつもならバルカンに気づかれそうだか、反響する音と注意が逸れているお陰か、ばれずに側まで近づけた。

 そっと彼らの後ろから覗き見た氷狼は、確かに『下巻』に書いてある挿絵の魔物とは少し違う。本来なら、額に長い氷柱のような角が生えており、体を覆う毛皮は銀色一色だ。

 しかし、この氷狼は角が短い。銀色の毛皮には耳と脚それと尻尾の先だけ青い毛がグラデーションのように生えている。

 薄汚れてくすんではいるが、とても美しい魔物だった。


 どうしてかしら? 初めて見たのに懐かしい気がするのは……


 目の前の魔物に何故か既視感を覚え、心の中に広がる謎の郷愁的な感情に戸惑った。

 氷狼は前脚から血を流し、いつからここにいたのか随分と衰弱している様子だ。怪我をして碌に狩りもできなかったのか、そろそろ夏毛に生え変わる時期だとしても痩せて見える。

 氷狼の痛々しい姿に、酷く胸が抉られるように痛む。これまで魔物を狩り、生きるためにたくさん絞めてきた。森の中で魔物が弱っている姿や、捕食される姿も見てきた。

 それらに感謝したり、可哀そうに思うことはあれど、自然の摂理だと割り切れた。

 しかし、今はどうだろう。自分でも説明のつかない感情に苦悩していると、先ほどまで聞こえていた氷狼の唸り声が止んだ。かわりに生への執着を手放すように、鋭く警戒していた瞳が力をなくして伏せられる。


「待って、まだ駄目よ!」


 ペルーンを離し、咄嗟にバルカンたちの間をすり抜ける。そして氷狼の側へ膝をついた。


「メリッサ、どうしてここに!? 弱っていても危ないから離れろ!」


『こらチビ、何故メリッサを連れてきた!?』


「グナゥ!」


 突然割って入った私に、バルカンたちが驚き慌てたように騒ぎ出す。

 すると、周囲の騒がしさに氷狼の伏せられていた瞼がゆっくりと持ち上がった。間近で見る瞳は、氷の張った湖のようだ。


 なんて悲しい色をしているの……


 怒りに怯え、悲しみに諦め、浮かんでは消える氷狼の感情が、瞳を通して伝わってくる。


 辛かったわね。もう大丈夫よ……


 先ほどまで苦悩していたのはどこへやら。普段なら絶対にこんな危険な真似はしないだろう。

 しかし、内側から込み上げる何かに突き動かされ、魔物へそっと手を伸ばしたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 幼い頃に会ってたとか?
[一言] 世界で唯一の魔力を一切持たないメリッサ。 それ故に家族から見放され婚約破棄された彼女にとって、見た目ゆえに群れから追い出されたこの氷狼が他人(?)には思えなかったのでしょうね。
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