大鯰ガエルと天邪鬼
地中から取り出した緑色の包み。熱したせいか、青々としたバナの葉が深みの増した渋い色に変わっている。葉の隙間から漏れ出る香りに誘われてペルーンが顔を近づけた。
「ペルーン危ないわよ。当たったら鼻を火傷しちゃうわ」
「クゥナァ~」
「ははっ、また口の周りがびしょ濡れだ。ペルーン俺には垂らさないでくれよ?」
今にも包みに飛びつきそうなペルーンを、ジークがひょいと抱きあげる。自身を捕らえる腕の中から、これでもかと首を伸ばす食いしん坊。その金色の瞳は何があっても包みに釘付けだ。
「準備は良い? 開くわね……あちちちっ!」
ごくりと鳴ったのは誰の喉か。目の前の緑色の包みを開けば白い湯気がふわりと登った。
鼻腔をくすぐる特製ハーブソルトと首長羊のバターの香り。そこに新たな食材、水中ガーリックが加わり、ますます食欲を刺激された。じわりと口の中に唾液が溢れ、腹の虫が騒ぎ出す。
「おぉ、美味しそうだな!」
「クナァ~!」
包みの中を覗き込み歓声をあげるジーク達に、ふふふと笑う。思っていた以上に美味しそうで一安心だ。それに、大鯰ガエルのバナの葉包みとは別に、ごろりと蒸し焼きにしたカボチャもしっかり中まで火が通っている。その証拠に、ジークが作ってくれた細い串が何の抵抗もなくスッと通った。
「ねぇ、バルカン。本当に食べないの?」
『ふん、我は大鯰ガエルなど食わん!』
「そう……じゃあ、蒸し焼きにしたお野菜だけで良いのね?」
『勿論だ!』
少し離れた場所に座るバルカンに声をかけるも、不貞腐れたように顔を逸らされた。先ほど包みを開けた時、目の端に大きな鼻がヒクリと動いているのが見えたのは気のせいだろうか。
一応、人数分のバナの葉包みを用意したが、本人が要らないと言うのなら仕方がない。あまりしつこく聞くのも良くないだろう。それに、そろそろペルーンがジークの腕の中で暴れ出しそうだ。
「それじゃあ、温かいうちに食べましょうか!」
私の言葉を聞くや否や、ペルーンがジークの腕からするりと抜け出す。一目散に大鯰ガエルのバナの葉包みに飛びついた。
「クナァ~ンッ!」
大鯰ガエルに食いついたペルーンが、ふにゃりと顔を綻ばせた。あまりにも幸せそうに目尻を下げるので、ジーク共々、吸い寄せられるようにそれぞれの包みの前へ腰を下ろす。
湯気の上がる白い肉は、大鯰ガエルの原型を留めておらず、何の抵抗もなく口に運ぶことができた。
「~っ、美味しい!」
ふっくらと蒸しあがった大鯰ガエルの切り身は、まるで白身魚のようだ。しっとりとした肉が口の中でほろりと解れ、淡白だが脂が乗っていて、あの見た目に反して癖がない。
水中ガーリックの刺激的な香りを首長羊のバターがマイルドに包み込み、一緒に蒸し焼きにした玉ねぎと小玉トマトから旨味が溢れだしている。
隣に添えたカボチャはほくほくと食べ応えがあり、自然な甘みに頬が緩んだ。野菜と大鯰ガエルの旨味が凝縮されたガーリックバターソース。それをカボチャに纏わせれば、あまりの美味しさに手が止まらない。
「大鯰ガエルは肉というより魚に近いんだな。脂がのっていて美味いっ!」
「ええ、そうね! 久しぶりにお魚を食べてる気分! カボチャも甘くて美味しいし。このソースを絡めると最高だわ……つい食べ過ぎちゃいそう」
バターとガーリックの組み合わせはどうしてこんなに美味しいのか。頬に手を当て幸せの溜息をついた。
その時、焚火がジュュュと音を立て、辺りに香ばしい香りが立ち込める。スパイスソルトと水中ガーリックを塗した大鯰ガエルの後ろ脚だ。
「良い色に焼けたわね。こっちも早く切り分けましょうか!」
こんがり焼き目のついた大鯰ガエルにナイフを入れると、透明な肉汁が滴り落ちる。ペルーンでも食べやすいようにスパイスは辛さを押さえてみたが、果たしてどうだろうか。
一口大に切った大鯰ガエルを、ふぅふぅと息を吹きかけ忙しなく尻尾を振る食いしん坊の口に運ぶ。小さな牙で一生懸命に咀嚼する姿を、水筒片手に見守った。いつでも水の準備はできている。
小さな喉がごきゅりと動き、ぺろりと口の周りを舐めたペルーンが目を輝かせた。
「美味しい?」
「ナゥ~ンッ!」
どうやら、大鯰ガエルのスパイス焼きもお気に召したようだ。もっと食べたいと催促をするように、私の腕にぺたりと肉球を押し当ててくる。「はいはい」なんて言いながらも、可愛いおねだりに私の頬は緩みっぱなしだ。
「うっまい! 脚はまた食感が違うぞ!?」
目を丸めて驚くジークの声に、どれどれと切り分けた大鯰ガエルにかぶりつく。バナの葉包みとは違う、鼻を抜けるガツンとした水中ガーリックとスパイスの香り。胴体部分の柔らかい肉とは違い、脚は歯ごたえのある肉質だ。どちらかというと、魚よりも鶏肉に近いような……。
後ろ脚は運動量が多いせいか、胴体と比べて筋肉質なのかもしれない。この歯ごたえがスパイシーな味付けによく合っている。
大鯰ガエルに舌鼓を打っていると、離れた場所でカボチャを食べていたバルカンが、どかりと私の隣に腰を下ろした。
気難しい聖獣の大きなお尻に押され窮屈だ。少しだけ隙間を開けて座りなおす私に、バルカンが大きな咳払いをした。
何か言いたいことがあるのだろうか。隣を見上げ様子を窺うが、バルカンは口を曲げたまま一向に話そうとしない。
「クゥナッ」
「あら、ペルーン。おかわり?」
「俺も貰おうかな!」
空になったバナの葉の皿を差し出してくるペルーンとジーク。皿を受け取ろうと手を伸ばしたところで、バルカンが邪魔をするように、ぎゅうぎゅうと開けた隙間を詰めてくる。
「もぅ、バルカンなあに?」
『ふん、別に。ただ座り心地が悪かっただけだ』
「もしかして、バルカンも大鯰ガエルを食べたくなったんじゃないか?」
「小僧、そんなわけあるか! ……まぁ、しかし。どうしてもと言うのなら食べてやらんこともない」
ジークの問いに答えながら、ちらり、と私を見てくるバルカン。まったくもって素直じゃない。私達が大鯰ガエルの美味しさに声をあげる度、たてがみに潜む耳がこちらを向いていたのを知っている。
ふふ、バルカンったら仕方がないわね。
ソワソワと私を窺う可愛らしい天邪鬼に、一芝居打つことにしよう。やはり、美味しいものはみんなで共有したい。
「それなら是非食べて欲しいわ! もう一つ、バナの葉包みが余っているの。残ったら勿体ないし、あなたにもこの美味しさを知って欲しいわ。ねぇ、お願いバルカン」
ペルーンがバルカンの分も食べつくしそうな勢いだったので、隠しておいたバナの葉包みを籠から取り出す。そして、ゆっくりと包みを開いて中を見せれば、天邪鬼の尻尾が嬉しそうにゆらりと揺れた。
「食べてくれるかしら?」
『ゴホンッ……そこまで言うなら仕方がない』
私達のやり取りを見ていたジークが、口の端をムズムズと動かす。次第に肩を震わせ始めた彼に、バルカンが不審げな視線を向けた。
『なんだジーク』
「んんっ……いや、なんでもない。スパイスが喉にきただけだ」
ふん、と鼻を鳴らし気を取り直したバルカンが、大鯰ガエルに食らいつく。あれだけ食わず嫌いをしていた大鯰ガエルだが、美味しかったのか本人よりも素直な髭と尻尾が隠しきれずに喜びだした。
『ふむ、思っていたより悪くないな。まぁ、これなら次からも食べてやってもいい』
「あら! それは良かったわ。ふふっ」
つんと鼻を持ち上げすまし顔で言うバルカンに、ちらりとジークに目を向ける。すると目の合った彼が肩を狭め、やれやれと首を振った。ふふふ、と手で口を押さえ漏れ出た笑みを隠していると、そろりと足音を潜めたペルーンが視界に入る。
あれは完全にバルカンの大鯰ガエルを狙っているのだろう。その様子を静かに見守っていると、上体を倒したペルーンがギラリと目を光らせ飛び出した。
『あっ! チビ、これは我のだ!』
「グナァ〜」
あともう少しのところでバルカンに見つかったペルーンが、ぶらりと首根っこを捕らえられ悔しそうな声を上げる。
『油断も隙もあったもんじゃないっ!』
仕方なく食べている設定は忘れてしまったのか、小さな刺客から大鯰ガエルを死守するバルカン。先ほど我慢した笑いがぶり返し、堪えきれずにジークと一緒に噴き出した。
「ぶっ、くくく……っ、あー、ははははっ!」
「もう、やだっ我慢できない! あはははっ――」
やはりみんなで食べる食事が一番だ。笑い過ぎて目尻に浮かぶ涙を拭いながら、賑やかな昼食に幸せを噛み締めたのだった。






