鬼気迫るの解体ショー
軽くですが解体シーンがあります。
ご注意ください!
『本当にこれを食べる気か?』
「えぇ、そうよバルカン。ジーク、準備は良い?」
「ああ、いつでも大丈夫だ!」
大鯰ガエルの下顎に穴をあけロープを通したジークが爽やかに頷いた。この魔物を捌くために、これから大木に吊り下げるのだ。
『下巻』によると、大鯰ガエルの身は淡泊ながらも脂がのっていて美味しいらしい。なんでも、手足は鶏肉に近く、それ以外は白身魚のような味わいなのだとか。
殺生したからには美味しく頂こうとする私達の周りを、先ほどからバルカンがうろうろと歩き回っている。意外なことに、バルカンは大鯰ガエルを食べたことがないらしい。
食いしん坊が食わず嫌いをするなんて、例の彼女に一体どんな悪戯をされたのだろうか。気になるけれど、追及しようとすると途端に話を逸らすので諦めた。いつかぽろっと話してくれるのを期待しておこう。
『彩光ザリガニは微妙そうな顔をしていたのに、これを積極的に食べようとするお前の基準が未だに解らんな』
岩に乗ってロープの端を木の枝に引っ掛け振り返ると、バルカンが解せぬといった表情で地面に座り込んでいる。どうやら手伝ってくれる気はないようだ。それほど食べたくないのなら仕方がない。
バルカンの昼食は違う物を用意してあげよう。
それより、何とかして私達だけであの巨体を吊り下げなければ。三つ眼鳥の血抜きで魔物を木に吊るす作業は慣れている。
しかし、それの何倍も大きい。これを本当に吊り下げることができるのだろうか。不安そうに大鯰ガエルを眺める私の肩に、ジークが自信に満ちた顔で手を置いた。
「俺がいるからバルカンの助けがなくても大丈夫!」
「クナッ!」
確かに今回はジークがいるし、一皮むけたペルーンもやる気満々だ。一人と一匹の覇気に期待してロープを握りしめた。
「じゃあ、いい? せーので引っ張るわよ!」
「あぁ!」
「クナウッ!」
せーのっ――
真っ赤な顔をして息切れをする私達に、バルカンが鼻で笑う。
結果的に言えば惨敗である。
川まで運ぶには大きすぎるので、この場で解体することにしたのが悪かった。兎に角、踏ん張ろうにも泥で足元が滑る。それに、よく考えてみれば、ジークはつい先日までベッドに寝たきりだったのだ。
彼も思っていた以上に自分の筋力が衰えていることを自覚したのか、先ほどまでの爽やかな笑顔はどこへやら。悲壮な顔をして、すごい落ち込みようだ。
この際、吊るすのは諦めて、地面で処理したほうが良いかもしれない。しかし、『下巻』によると、大鯰ガエルの捌きかたは吊るし切りが一番安全らしい。
ブヨブヨの皮と体の表面に滲み出る粘液が邪魔をして、平らな所で切ろうとすると、どうしても刃が滑ってしまうのだとか。吊るす場所がない場合は、指を切らないように要注意と書いてあるほどだ。
どうしたものか、と大鯰ガエルの皮を摘まめば、ぶにょりと皮が肉から離れるように動いた。指先には透明の粘液が纏わりついてぬるぬるする。確かにこれは捌きにくいだろう。
骨董屋の店主から譲り受けたガジルさんのナイフは切れ味が抜群だ。つるっと滑ればひとたまりもない。指を切り落とすことになるだろう。
眉間に皺を寄せ考え込んでいると、前方から溜息が聞こえた。
『やれやれ、仕方がないやつらだ。大鯰ガエルの件で手伝うのは今回だけだぞ』
重い腰を上げたバルカンが、するりとジークの手からロープを奪う。そして、軽々と大鯰ガエルを地面から浮かせたのだ。
「まぁ! あれだけ苦労したのに凄いわバルカン!」
『良いから早く捌いてしまえ』
バルカンが一瞬にして大鯰ガエルを持ち上げてしまったものだから、ジークが更に落ち込んでしまった。聖獣と人間の力を比べても仕方がないことなので、気にする必要なんてないのに。
ロープを固定すると、太い枝が大鯰ガエルの重みでミシリと悲鳴を上げた。これはジークを励ますよりも、大鯰ガエルの腹を割いて少しでも軽くするのが先だ。
急がなければ枝ごと落っこちてしまう。
項垂れるジークには悪いが、大鯰ガエルに目を向けた。何だかよく視てみると、だらしのないお腹にふてぶてしく嫌らしい顔。何かに似ているような既視感を覚えてムカムカする。
思い出したくない顔がチラつきそうで、その前にスパリとナイフで腹を割いた。
そこからはあっという間だ。無心で両手脚を切り落とし、口の周りに切れ込みを入れて皮を一気にむしり取る。気持ちの良いくらいずるりと剥けると中から白い肉が現れた。
背骨に沿うようにナイフを滑らせれば、二本の切り身が出来上がる。大鯰ガエルは肉以外も食べられるらしい。しかし生憎、『下巻』の大鯰ガエルのページはうろ覚えで、どこが食べられる部位なのか覚えていない。
そのため、今回は肉の部分だけ食べることにした。確か、胃袋と皮は道具の素材になったはず。一応持って帰ろう。
木の枝に大鯰ガエルの骨がぶらりとぶら下るのを眺め、こんなものだろうと、額に浮かぶ汗を拭った。所々肉はついているが、中々綺麗に削ぎ落せたのではないだろうか。いつか見た博物館の標本みたいだ。
腰に手を当て一息つきながら周りを見ると、バルカンとジークが引きつった顔をしていた。目のあったジークに「なぁに?」と問えば、ブンブンと勢いよく首を横に振られる。
『なんだか今日は鬼気迫るものがあったな……』
ぼそり、とバルカンが囁く。独り言だろうか。なんと言ったか聞き取れず、手についたぬめりを払いながら首をかしげたのだった。






