彩光ザリガニとお伽噺
「こんなに大きなザリガニがいるなんて初めて知ったわ。まるでロブスターね」
「いや、普通の彩光ザリガニはこれよりもっと小さいんだ。子どもの頃に捕まえたことがあるけど、こんなに大きなものは俺も初めて見たよ」
ハサミを縛ったものの、「これ、どうする?」なんてジークと活きの良い彩光ザリガニを眺めていると、背後から大きな影が差した。
『騒がしいと思ったら……これはまた立派なのを捕まえたな。美味そうだ!』
「わっ! びっくりした……なんだ、バルカンだったのね。それより、これ食べられるの?」
「観賞用の彩光ザリガニもここでは食用になるのか。確かに食べられる範囲は多そうだが、何というか……複雑だ」
ジークの言葉に深く頷く。彩光ザリガニが動くたび、光の加減で濃い緑から紫に変化する姿は、食欲が湧かずやはり戸惑ってしまう。ジークの場合、観賞用として飼ったことがあるならなおのこと、食用として見れないだろう。
魔物を散々食しておきながら、ザリガニくらいで戸惑うのも今更な気もするが、テカテカと光る様はあまりにも昆虫のそれに近いのだ。見た目はロブスターでも、何だか色がよろしくない。
火を通せば多少は見た目も変わるだろうか。彩光ザリガニの調理方法なんて『料理本』には載っていなかった。
『お前たち食べたことないのか!? ガジルは喜んで食べておったぞ。これの美味さを知らずに生きてきたとは、人生の半分を損しておるな!』
「泥臭そうだが美味いのか?」
『ふん、生きたまま妖精の泉に3日放しておけば泥も抜ける。それを、酒で酔わせて茹でるなり焼くなりすれば臭みも取れて絶品だぞ!』
「でもお酒なんてお家にはないわよ?」
『家にはなくても、森の中にはある。酒のなる木がな。そろそろ瓜酒が収穫できる頃だろう……まぁ、図々しい厄介な猿どもが酒盛りをする時期でもあるが』
瓜酒の木など聞いたことがない。猿が酒盛りとは一体どういう状況なのか。首を傾げる私たちに、バルカンがジークの腰に下げている飴色のひょうたんを顎で指す。
『ジークが水を入れているそれは、瓜酒の実の皮だぞ。実が完熟すると中の果肉が溶けて酒になるのだ』
「まぁ、そんな瓜があるなんて! てっきりガジルさんが作った水筒だと思っていたわ」
この実とそっくりな瓜科の植物を水差しに加工している工芸品を見たことがある。そのため、ガジルさんが水筒代わりに中身をくり抜いたものとばかり思っていた。まさか、これの中身がそのままお酒になるなんて。
水差しばかり作ってコレクションにでもしているのかと思ったが、通りで家の中に幾つもこれが転がっているはずだ。お酒好きのガジルさんが収穫して飲んでいたのだろう。
「酒好きには夢のような木だな……これも妖精の木なのか?」
「そう言えば、似たような果実が出てくるお伽噺を読んだことあるわ」
確か、森に迷い込んだ人間が満月の夜に妖精の宴に出くわす噺があった。
途方に暮れる男が見つけたのは、月の光に照らされた大樹とそれを囲む妖精たち。淡い光を放ちながら、妖精が陽気に歌い踊っている美しい光景に目を奪われ、男はそっと葉の隙間から覗き続けた。
そして、男が一番に興味を惹かれたのは妖精が口にしている不思議な果実。口に運ぶたび妖精たちが顔を赤らめ、それはもう美味しそうに喉を鳴らしているのだ。
大樹にぶら下る果実を自分もどうしても口にしたい。家路につくために森の中を彷徨っていたことなんてすっかり忘れて、男はじっと待ち続けた。
一匹、また一匹と寝息を立てはじめる妖精たち。漸く最後に眠りについた妖精を見届けて、男がゆっくりと大樹に近づき果実をもぎ取る。
奇妙な形をした果実。ヘタを切り落とせば、中から果汁が滴り落ちた。男が慌てて口に含む。すると、喉の奥がカッと熱を持ち、夜風に冷えた身体をポカポカと温めた。なんと極上なことか。ふわふわと心地良い熱に浮かされ男はそのまま眠りについてしまった。
眩しい光に瞼を刺激され、次に目を覚ました時には、辺りは森ではなく見知った道端。その後、男はどうしても果実の味が忘れられず何度も森に入った。しかし、いくら探せど、大樹を見つけることも妖精の宴に出くわすこともついぞ叶わなかった――。
きっと、男が魅入られた果実は瓜酒で間違いないだろう。ぼんやりとお伽噺を思い出していると、バルカンが池の周りを覗き込み、大きな鼻息を立てた。
『お前たち、我は彩光ザリガニ一匹ではたりん! もっと捕ってたらふく食うぞ! 三日は泥抜きに必要だから、その間に瓜酒は収穫しにいけば良いな……おいチビ、お前も手伝え! お前の尻尾を巣穴に入れれば一発だ』
「ナウッ!?」
「もう、バルカン無茶なこと言わないでよ。ペルーンはさっき痛い思いをしたばかりなのよ」
『なぁに、コツを掴めば少しばかりチクッとするだけだ!』
「グナウ~!」
バルカンの無茶苦茶な言い分に呆れながら、ペルーンを抱き上げ腕の中に隠したのだった。






