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感謝の言葉

 屋敷に戻ると侍女達がバタバタと慌ただしく走り回っている。

 いつもは出迎えるはずの執事でさえ顔を出さない。



 まだ、異臭騒ぎが続いているのかしら?



 怪訝に思いながら、御者を見ると彼も分からない様で、不思議そうに首を傾ける。

 出迎えがない方が、好都合なのでそのまま気にせず買った荷物を抱えて、部屋に行こうとすると、廊下からパタパタと焦った様子の執事がやってきた。

 異臭騒ぎでも動じなかった、冷静な彼の慌てている様子を見て、ただ事ではないと緊張した。


「お帰りなさいませお嬢様。出迎えが遅れ申し訳ありません」


「良いのよ。それより、みんなどうしたの?」


「はい……それが、ロズワーナ伯爵からお嬢様のお輿入れを、急遽3日後にしたいと伝達魔法が届きまして」


「っ」


 執事の言葉に息を飲む。浮き足立っていた心が急激に冷え、不安に服の上からネックレスを握った。


「3日後……そんな」


「準備が整ったので、一刻も早くお嬢様を屋敷へ迎えたいとの事です。それと、馬車の手配はしておいたと、丈夫な早馬の馬車が明日迎えに来るそうです」


 王都から、ロズワーナ伯爵の領地まで、もし今から出たとしても、到底3日でつける距離とは思えない。

 いくら軍用にも使われる、大きく丈夫な早馬を使った馬車だからと言って、そんなに早く着くのだろうか……。



 もしかして途中、宿屋で泊まる事なくずっと馬車を走らせるつもりかしら?



「恐らく、宿屋には泊まらず馬を変えながらの旅になるかと」


 私の疑問が顔に出ていたのか、執事がカチャリと眼鏡を押し上げ、いつの間に落ち着いたのか、いつもの冷静な顔でそう言った。


 ずっと馬車に揺られるのは、座っているだけだとしても体力を使うものだ。全く此方の事を考えていないロズワーナ伯爵にうんざりする。


 まだ少しは猶予があると思っていたので、結局どう逃げるかプランが全く練れていない。先程までの楽しい時間から、いきなり梯子を外された気分だ。


 忙しそうな執事と別れた後、足早に自室に戻った。ドアノブを回そうと手をかけて直ぐに、中から複数の人の気配がする。

 慌てて扉を開くと、侍女達が私の部屋のクローゼットから洋服を取り出し、伯爵家へ持って行く物を選別している様だ。

 クローゼットの奥深くに隠したトランクケースはまだ見つかっておらず、どくどくと煩い心臓を抑えた。


「貴女達、少し席を外してもらえるかしら。いきなりの事で、私も心の準備をしたいの」


 侍女の手が、トランクケースを隠している手前のドレスに手をかけられたのを見て、背中に汗が流れた。

 顔色の悪い私を見て、流石に好色オヤジの元へ明日いきなり嫁ぐ事に哀れに思ったのか、侍女が静かに礼をして部屋から出て行った。


 すかさずクローゼットから、トランクケースを引っ張り出す。急いで今日買ってきた物を紙袋ごとそのままトランクケースに押し込み、大事な『下巻』とお金を詰め込む。

 他にも、念のためトランクケースを開けてすぐ中身が見えない様に、大判のストールを掛ける。その上にカモフラージュ用の手芸用品と適当な本を入れてベッドの下へ、そっと隠した。


 ふぅ、と額の汗を拭った所で、扉をノックする音が聞こえた。慌ててへたり込んでいた身体を起こし、椅子へ腰掛けると、声を落ち着かせて返事をした。


 中へ入ってきた侍女が、心を落ち着かせるハーブティーを持ってきた。珍しく気の利く侍女の行動に少し驚いたが、有り難く受け取る。


 侍女が申し訳なさそうに、準備を再開したいと言うので、頷いてお茶を飲む事にした。

 口元にカップを寄せると、ふわりとラベンダーの優しい香りがする。ゆっくり口に含み飲み込むと、不安で冷えていた胃が、じんわりと温まりホッと息をついた。


 いそいそと準備をする侍女達を見ていると、彼女達とも明日でお別れなのだと、ぼんやりと今まであった事を思い出す。

 陰口を叩かれ、他の令嬢なら怒る様な態度もされたが、魔法の使えない私の身の回りの世話を、いつもしてくれたのは彼女達だった。

 いくら仕事とは言え、魔法が使えない主人のせいで、他の人間よりも手がかかり大変だっただろう。


 きっとこの先、一人で生きて行くにあたって、彼女達の有り難みをひしひしと感じるのだろうなと、薄く染まるカップの中に目を落とした。


 初めて嗤われていた事を知った時は、悲しかったし、裏切られた気分だったが、その前にもっと労りの言葉をかければ良かった。

 心の中で思っていても、言葉にしなければ伝わらないのだ。私はいつも言葉が足りなかった。

 ディラン様の時だって、きっとそうなのだ。相手が察してくれると甘えていたのかも知れない。


 一通り準備が終わった侍女達が、頭を下げて出て行こうとするのを引き止めた。


「今まで、本当にありがとう。貴女達にはいつも世話をかけてばかりだったのに、伝えた気になって、私はちゃんと感謝の気持ちを言葉にできていなかったわ」


 驚いて顔を上げる侍女達を見渡し微笑んだ。


「貴女達のお陰で、私は魔法が使えなくても何不自由なく快適に過ごせていたわ。感謝しています」


「い、いえ……そんな」


「勿体無いお言葉です」


「お嬢様……」


 驚く者、気まずげに俯く者、涙ぐむ者、それぞれ違った反応を見せる彼女達に、距離を置かずもっと早く向き合えば、良い関係が築けたのかも知れないと思った。


「あ、それとお茶のお陰で大分落ち着けたわ。ありがとう。さぁ、まだやる事があるのでしょう? 引き止めて悪かったわね」


 なんとも言えない表情をした彼女達と、しんみりした空気に、晴れやかに笑って持ち場に戻る様、手を叩いて促した。

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