謎の作物の正体
『なんとまぁ、鼻の下を伸ばして眠っておったなジークよ』
「う、うるさいなっ! もうその話はいいだろう!?」
『ほれ、早く塩を振らんか』
「くっ! 無駄にグルメなのが腹立たしいな……」
お使いから帰ってきたバルカンが、ぱりぽりとキュウリを咀嚼しながらジークを揶揄う。『もぎたてのキュウリは塩に限る』と豪語するグルメな聖獣に、ジークは塩振り係にされているのだ。ブツブツと悔し気に岩塩を削るジークの顔は、先ほどと比べて赤味も引いて、随分と元気そうだ。
相変わらず仲のいい二人はさておき、先ほど躓いた場所を探す。大きな石のような物に躓いた気がしたが、あれは一体何だったのか。キュウリ畑は綺麗に支柱が立てられて土も見えるが、私が躓いた辺りには蔦がまだ地面に這っていた。キュウリよりも蔦が太く、葉っぱも似ているようで少し違う。なにより、大きな黄色い花がちらほらと咲いている。
「あら、よく見ればここだけキュウリじゃないのね。これはなんだったかしら? ……えーっと」
見覚えのある花と葉に、散々読み込んだ植物図鑑を思い浮かべた。頭の中で挿絵と目の前のそれを照らし合わせながら、茂る葉をかき分ける。すると、どっしりと重厚感のある実が葉の下から顔を出した。
「まぁ! かぼちゃだわ!」
地面に鎮座する姿はまるで、でっぷり太った口裂け兎のようだ。見ればゴロゴロとそこかしこに転がっているではないか。支柱の立ったキュウリ畑で見晴らしが悪くなっていたからといって、これを見過ごし転びそうになるとは。自分のそそっかしさに呆れていると、ペルーンがかぼちゃに前脚をかけ、不思議そうに匂いを嗅いだ。
「あっ! ペルーン、それ生だと硬いから今は食べちゃダメよ」
どうやら食べられるものと判断したのか、大口を開けて今にもかぶりつこうと小さな牙を見せるペルーンを慌てて止める。いくら聖獣の鋭い牙でも、最近漸く硬い肉を咀嚼できるようになってきたばかりの幼獣では、硬く大きなかぼちゃは噛み砕くことは難しいだろう。
「ナゥ?」
「ふふ、これは火を通すと柔らかくなるの。甘くて美味しいのよ。きっとあなたも大好きな味だわ」
『ほぅ、今年も立派に育ったな……これはガジルが旅の非常食に持ち歩いていた種を植えたものだ。あれもそうだぞ』
バルカンが顎で指す場所には、今朝からずっと気になっていた謎の作物。かぼちゃの種は栄養価も高くかさ張らないので、冒険者の非常食でも重宝されているらしい。確かに、イチゴジャムを購入したお店にもローストされたものと、ただ乾燥しただけのかぼちゃの種が売られていた。謎の作物もかぼちゃの種と同様、非常食に持ち歩けるものらしい。
「メリッサ、手を。今度は足を引っかけないようにな」
「えぇ、ありがとう」
そそっかしい私の手をジークが取り、謎の作物の側まで連れて行ってくれる。彼の指の長い白い手は、一見しなやかで美しい。しかし、意外にも剣だこがあり硬かった。ジークは日頃、剣を振るような生活を送っていたのだろうか。
「ほら、これを見せたかったんだ」
ジークの手に気を取られていた私に、立ち止まった彼が促すように声をかけた。その少し嬉しそうな声に顔を上げると、目の前にすらりと背の高い植物が幾つも列をなし、ゆらりゆらりと揺れていた。目の上に手を翳し、陽の光に反射する眩しいそれを観察する。
「これって、ミーティアコーンかしら?」
「ああ、やっぱりそうか! 主食になりそうなものが手に入ったな!」
ふさふさと淡い黄色の髭が風に靡く姿が、まるで流れ星の様だと名づけられたミーティアコーン。通常のコーンよりも髭が長く、馬の尻尾に似ている事から、別名ホーステールコーンとも呼ばれているらしい。手をかけなくても簡単に育つそれは、昔から平民の間で安く手に入る穀物の一つとして愛されている。
そういえば、ミーティアコーンは甘味種ではなく爆裂種なので乾燥させて炒れば花菓子ができるはず。食べたことはないが、平民の間でポピュラーなお菓子で、乾燥させた実に熱を加えると弾けて白い花のような形になることから花菓子と呼ばれているそうだ。
植物図鑑を見るまでは、コーンならなんでも花菓子になると思っていた。しかし、食卓に上る見慣れた黄色い粒たちは甘味種というもので、あれを乾燥させて炒っても花菓子にはならない。爆裂種しか、白い花は咲かないのだ。
まさか魔物の森で花菓子が食べられるかもしれないなんて、誰が想像できただろうか。以前、王都で開催された馬上槍試合に連れられた時。平民席で花菓子を売っている屋台を見かけた。貴族席とは離れていたが、微かに風に乗って美味しそうなバターとキャラメルの甘い香りが時おり香ってきたのを覚えている。貴族専用に用意されたスナックセットに上品に盛られた紅茶とケーキより、手を汚しながらも美味しそうに頬張る花菓子が羨ましくて、オペラグラスで試合を見るふりをしながら、こっそり平民席を覗いていたのが懐かしい。あの日からずっと、一度でいいから食べてみたいと思っていたのだ。
それに、いい加減主食になるものが食べたかったので、ここにきて穀物が手に入ったのは嬉しい。上手く粉にできたなら、パンのようなものが作れる。ペルンの収穫までまだ少し時間が要りそうなので本当に助かった。ジークの嬉しそうな様子からして、口にはださないが彼もきっと穀物が恋しくなっていたのだろう。
「ミーティアコーンも収穫したら軒下に干しましょう」
背伸びしながらパキリとミーティアコーンを手折る。実を包み込むように守る薄緑色の葉を毟り取ると、中から淡い黄色が顔を出す。ポコポコと可愛らしく並ぶそれは瑞々しく、しっとりと吸いつくような手触りだ。
「ふふ、干す場所が足りるといいのだけれど……」
嬉しい悩みに笑みを漏らし、また一つミーティアコーンに手を伸ばしたのだった。
※スナックセットとは、カップ&ソーサーのソーサーと軽食を乗せるサイドプレートがワンプレート状になったティーセットのことです。






