収穫ハプニング
額に浮かぶ汗を拭い、凝り固まった腰を叩く。
「ふぅ~……今日のところは、このくらいで良いかしら」
太陽の光を浴びて艶やかに光る野菜が、籠から零れ落ちそうなほど山積みだ。あとは次に熟れる実のためにも、重たそうに首をもたげる株に支柱を立てなくては。ジークもキュウリの収獲は終わっただろうか。足の踏み場もないほど蔦が蔓延るキュウリ畑は、ジークが収獲をかって出てくれた。
「クナァ~ン」
「あら、ペルーンもたくさん収穫できたのね。うふふ、えらいえらい!」
小さな籠いっぱいに小玉トマトを収穫したペルーンが嬉しそうに見せてくる。頬についた土を払ってあげると、口元が果汁で濡れていることに気がついた。
「あら、小さな食いしん坊さん。朝ご飯をあれだけ食べたのに、また摘まみ食いしながら収穫していたの?」
満足そうにぺろりと口元を舐めるペルーン。この様子では、きっともう一匹の大きな食いしん坊も、お使いから帰ってきたら摘まみ食いをしそうだ。しかし今回ばかりは、摘み食いをされてもまったくもって痛くない。
ふふんと籠に積まれた大量の野菜を眺めていると、菜園の奥からジークの私を呼ぶ声が聞こえてきた。何だか弾むようなその声に、ペルーンと顔を見合わせる。奥に足を運ぶと、既に収穫は終わっていたようで、籠に積まれた大量のパプリカとキュウリ。あれだけ足の踏み場がなかったキュウリ畑には、支柱が立てられていた。何とも仕事が早い。籠作りしかり、意外と要領がいいジークに感心していると、奥のほうからひょっこりと声の主が顔を覗かせる。
「メリッサ、こっちだ。謎の作物の正体が分かったぞ!」
「え? なになに、なんだったの?」
嬉々と手招きをするジークに釣られ、足取り軽く支柱に巻き付けられたキュウリ畑をすり抜ける。いったい何が育っているのか。はやる気持ちが抑えきれず、足早に進む私にジークが慌てて声をかけた。
「メリッサ、足元に気をつけろ! そこは――」
「――あっ!?」
前ばかり見ていたせいで、ジークの制止を聞く前にコツンと何かに躓いた。こけてしまうと目を瞑ったその時。ぽすりと温かい腕に抱き止められた。
「メリッサ、大丈夫か?」
上から降るジークの声に、ホッと力を抜いて目を開けると、彼の白いシャツと素肌が見えた。そこからほのかに、リモールの爽やかな香りがする。昨晩の柑橘風呂の残り香だろうか。
すごい、微かにだけど一晩経ってもまだ香るのね。天然のパフュームみたいでとってもいい香り。私もリモールの香りがするのかしら? 自分じゃあ、ちっとも分からないわ。
「すまない、もっと早く言えばよかっ……!」
目の前のシャツにしがみついたまま、呑気に考え事をしていると、私を支える腕がびくりと揺れた。不自然に途切れた声に、ジークを見上げる。すると、赤い顔をした彼と目が合った。
「ジーク?」
何も言わないジークを怪訝に思っていると、ちょうど彼の胸に置いていた手に、大きく脈打つ鼓動が伝わってきた。心なしか、先ほどよりも自分を支えるジークの腕が熱い。目の前の白い首筋には汗が流れており、漸くある事に思い至る。
「……ジーク」
「メリッサ……」
目の前の赤い頬に手を伸ばすと、私の手にジークの熱い手が重なった。
「――大変! やっぱり、あなた熱中症になっているわ!」
「えっ?」
「早く日陰に! 待っていてね。すぐにお水を持ってくるわ!」
「いや、ちがっ……」
菜園のすぐ側に生えている大きな木の陰にジークを座らせ、慌てて水を汲みに行く。熱中症なら疲労回復効果のあるリモールを浮かべた、リモール水のほうが良いかもしれない。ジークは違うと言っているが、自分では気づきにくいものだ。それに、私が野菜の収穫を終えた頃には、既にジークは支柱まで立て終えていたのだ。疲れていないはずがない。濡らしたハンカチとリモール水を持って急いでジークのもとに向かうと、困ったように眉を下げて座っていた。
「はい、これを飲んで」
「いや、本当に大丈夫なんだメリッサ」
「いいえ、大丈夫じゃないわ。だって顔が真っ赤じゃない」
それは、とか、そうじゃなくて、だとか。ごにょごにょと口ごもるジーク。リモール水を飲み終わるのを確認して、彼の隣に腰を下ろすと自分の膝をポンポンと二回叩いた。
「はい。少し横になったほうが良いわ」
「えっ!?」
「ほら、早く。横になって」
「い、いや。だ、だだ大丈夫。その辺の岩を枕にするからっ!」
熱の引かない顔で手を振るジークの腕を引っ張って、有無を言わさず濡れたハンカチを額に乗せた。そして、膝の上でカチンコチンに固まるジークを覗き込む。
「岩なんて硬くて休めやしないでしょう?」
「で、でででもっ……そうだ、メリッサの足が痺れるだろう!?」
「大丈夫、ほら。少しの間、目を瞑って……」
優しくジークの瞼に手を当てる。最初は落ち着きなさそうにしていたジークだが、次第に彼の体から力が抜けた。風が木の葉を揺らし、鳥のさえずりが時折聞こえる涼しい木陰。その心地良さに、ジークから小さな寝息が聞こえてきた。彼は早朝から出かけていたのだ。病み上がりの上、相当疲れていたのだろう。
「クナァ?」
「しっー、もう少し寝かせてあげましょう」
ジークを覗き込むペルーンに、口元に人差し指を当て小さく囁く。そして、以前よりも輝きを増した紫の髪を優しくすいて、彼の穏やかな寝顔を眺めたのだった。
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