朝食とペルーンの学び
木の器に盛られた料理は、どれも簡単な物ばかりだが、彩り豊かで心が浮き立つ。
皆の口から漏れるシャキシャキと小気味良い音に誘われ、サラダに手を伸ばした。瑞々しい歯ざわりと、爽やかな水分。身体がこれを求めていたのだと、心の底から噛み締める。
久しぶりに食べるハーブや悲鳴根以外の野菜だ。岩塩とリモールを振りかけただけなのに、ボールいっぱい食べられそう。むしゃむしゃと無心でサラダを食べ続ける私に、ジークがくすりと笑った。
「そうしていると、本当に白兎みたいで可愛いな」
「もぅ、またそうやってすぐに揶揄うんだから!」
「揶揄ってないさ。俺はいつも本当のことしか言ってないぞ?」
頬を染め恥じらう乙女のようなジークはどこへ行ったのか。余裕のある笑みを浮かべ、パクリと小玉トマトを口にしている。そんな彼から、ぷぃっと顔を逸らす。くすくすと低く甘やかな笑い声が聞こえ、何だか胸の奥がくすぐったい。
『むっ、この赤いスープ……美味いではないかっ!』
「クゥナッ!」
三つ眼鳥と野菜の旨味がたっぷり詰まったミネストローネ。その器に聖獣たちが顔を埋め、唸り声を上げた。少し大きめの肉がほろりと解れ、柔らかく煮込まれた野菜に、しっかりと三つ眼鳥のエキスがしみている。トマトの酸味が三つ眼鳥のスープにまろやかに溶け込み、身体に栄養を運んでくれる優しい味だ。
「この茹で鳥も美味いな。刻み野菜のソースがピリッと辛くて食が進む」
「トウガラシが良い感じでしょう? お野菜をたっぷり食べられるソースにしてみたの!」
パサつきがちな三つ眼鳥の胸肉。それを低温でゆっくりと火を通した茹で鳥は、しっとりと柔らかい。上にかかるソースは、トマトの旨味とパプリカのフレッシュな甘み。玉ねぎの香味に、ピリリとスパイシーなトウガラシ。それらがリモール塩でまとまり食欲をそそる。
なめらかな胸肉の舌触りと、シャキリとしたソースが、咀嚼する度に口の中を楽しませた。
菜園の野菜はどれも味が濃く、旨味が強い。そのため、シンプルな味付けでも十分に美味しいのだ。
スープも茹で鳥のソースも、初めての食材を使ったけど、なかなか上手にできたんじゃないかしら?
目を瞑り心の中で自画自賛していると、突如、穏やかな食卓に不釣り合いな悲鳴が響いた。
びくりと肩を揺らし、声のしたほうに視線を走らせる。すると、ペルーンが小さな前脚で口を押さえ、床を転げ回っていたのだ。
「ペルーンどうしたの!?」
「クナァ~~~ッ!」
ころころと床を転げ悶えるペルーン。急いで駆け寄れば、金色の瞳にこれでもかと涙を溜めていた。何か悪いものでも食べたのだろうか。口の中の物を吐き出させようと手を伸ばしたその時。バルカンが笑いを堪え切れないと言うように、バフリと息を噴き出した。顔に勢いよくかかった風に驚いて、ペルーンを抱き起す手が止まる。
『ガーハハッ! バカが、引っ掛かりおったな! やはり犯人はお前か。我の皿から肉を横取りするからそんなことになるのだっ』
「まぁ! もしかして、トウガラシを食べてしまったの?」
「ほら、ペルーン水だぞっ!」
ジークの差し出した水に飛びつくように顔を寄せるペルーン。器に注がれた水をがぶがぶと飲み切り、小さなゲップをけぷりと吐き出す。そして、尻尾で床を叩きながら大笑いをしているバルカンを恨めし気に見やった。
「グナゥ……」
『ふん、自業自得だ。毎回こっそり我の皿から横取りしよって。気づいていないとでも思ったか! ハーハハハッ、良い気味だ!』
ペルーンがいまだ笑い続けるバルカンから目を逸らし、私の腕に甘えるように抱きついてきた。何かを訴えるように小さく鳴いて、うるうるとした瞳で見上げてくる。
『立場が悪くなるとすぐにメリッサに甘えよって!』
「もう、バルカン。意地悪はしないで…… まだペルーンは小さいのだから刺激が強すぎるわ。お腹を壊したらどうするの?」
小さな頭を慰めるように撫でていると、バルカンが面白くなさそうに口を曲げた。
『我ら聖獣をそこらの獣と一緒にするなといつも言っておるだろう。前にも言ったが、毒は自分で分かるし幼くとも害はない』
眉を下げ、困ったような視線を投げる私に、バルカンがむすりと大人げなく抗議する。
『そもそも、我は何もしておらんぞ。こやつが勝手に食べたのだ! そう考えると腹が立ってきたな……こらチビ、我の肉を返さぬか!』
「まぁ、まぁ、バルカン。肉は俺のをやるからさ。次からはちゃんと止めてやれよ?」
ジークがバルカンの器に茹で鳥と、たっぷりのソースを乗せながら宥める。ペルーンへの仕返しと、戻ってきた茹で鳥を見て溜飲が下がったのか、バルカンが大人しく席に着く。何だか、どっと疲れたが、騒がしい食卓に再び平和が訪れた。
「ペルーン、あなたもバルカンのお皿から横取りしてはダメよ。それに、こっちは辛いって言ったでしょう? ちゃんとあなたの分もあるのだから、おかわりは全部食べてから。分かった?」
「クゥナァ……」
しょんぼりと項垂れるペルーンの頬を、優しく揉んで上げさせる。すると、反省しているであろう瞳が、こちらを窺うように見つめてきた。
人のものを勝手に食べて痛い目にあったペルーンは、トウガラシの辛さも学んだようだ。もうひとつ賢くなった幼い聖獣に、ニコリと微笑む。
「それじゃあ、ご飯の続きをしましょうか。まだお口の中は痛い?」
「ナゥ~……」
「そう、それは辛いわね。これを食べればきっと良くなるわ」
まだヒリヒリと痛そうな口元に、フォークに刺したお口直しの目玉焼きを差し出した。きっと、まろやかな双子鳥の黄身が、口の中を緩和させてくれるだろう。
「どう? 痛いのは治った?」
「クナァ~ン」
ぺたりと伏せられていた耳がピンと立ち上がり、頬を緩めて目玉焼きを頬ばるペルーン。どうやら食欲も復活したようで、心配そうに見ていたジークと、その様子に笑い合う。漸く腰を落ち着けて朝食の続きを楽しんでいると、目玉焼きは半熟派のジークが、思わずといった感じに呟いた。
「あ、固焼きも美味いな……」
『そうであろう、そうであろう!』
すかさずバルカンが自慢げな顔をして頷けば、ペルーンが満足そうに口の周りをぺろりと舐めて、同調するように声を上げた。
『お前も気に入ったか! 仕方のないやつだ……少しだけだぞ』
「クナンッ!」
珍しいことに、バルカンが自分の器からひとかけら、ペルーンに目玉焼きを分けてあげている。それだけ固焼きの目玉焼きを褒められて嬉しいのか。それとも、先ほどは少しだけやり過ぎたと思ったのか。なんだかんだ、結局は仲の良い聖獣たちに笑みが零れた。
それにしても、食いしん坊のバルカンがペルーンにお裾分けをするなんて! 本当に珍しいわ……。
もしかして、今日は季節外れの雪が降るのではないかしら?
窓の外を見る私に、バルカンが怪訝そうな顔をした。
『どうした?』
「ふふっ。なんでもないわ! それより、スープのおかわりはいかが?」
『うむ、いただこう!』
「俺もおかわりしようかな」
「クナー!」
食欲旺盛な皆の器に、赤いスープを注ぎながら、賑やかな食卓に頬を緩ませたのだった。
こんばんは!
今回、作中に登場したスープの写真を小説更新のお知らせと共にTwitterに投稿してみました。
たまたまお昼に作ったので……(笑)
悲鳴根も三つ眼鳥も入っていませんが、もし興味のある方は、マイページのリンクか、
「#魔物の森ごはん」で検索していただければなと思います。






