熱い頬と朝食づくり
水路で洗った新鮮な野菜たちが、桶の中で涼し気に水をはじいている。
さて、何を作ろうか。昨晩、朝食のために仕込んでおいた三つ眼鳥のスープと、その胸肉を使って低温調理した茹で鳥がある。
「せっかくだから、スープの中にお野菜を入れましょうか。トマトとニンジン、それに玉ねぎを入れてミネストローネなんてどうかしら?」
ついでに昨日収穫した悲鳴根も角切りにして入れてしまおう。竃に火をくべスープを温めている間に、野菜を刻む。ナイフを入れるたびに、シャキリとした瑞々しい音と感覚が手に伝わった。
「っ~! しみるぅ……」
玉ねぎが目に沁みて、悲しくもないのに涙がぽろぽろと零れる。痛みに悶え眉間に皺を寄せていると、食器を用意していたジークとペルーンが慌てて飛んできた。
「メリッサ! 指を切ったのか!?」
「クナッ!?」
涙を拭いながら首を振り、玉ねぎを指さす。そんな私に、ジークとペルーンが首を傾げた。その二人の間から、バルカンがのそりとまな板の上を覗き込む。
『あぁ、これか。ガジルもよく目に涙を溜めながら切っておったな』
バルカンが懐かしむように、クンッと玉ねぎを嗅いだ。それでも心配そうに、こちらを見つめるジークとペルーン。漸く目の刺激が治まって、二人にもう大丈夫と微笑んだ。
「そうだ! ねぇ、このトマトすごく美味しいのよ。味見する?」
『ほう、いただこうではないか!』
真っ赤に熟れたトマトを手に取ると、バルカンがいの一番に口を開けた。ギラリと牙が見える大きな口の中に、大玉のトマトを放り込む。すると、パッと尻尾を揺らして顔を綻ばせたバルカンが、こちらを向いた。その視線に共感して頷いていると、ワンピースの裾がクンッと引っ張られる。
「クゥーン」
「ふふ、あなたはこっちね」
「早くちょうだい」と言わんばかりに前脚をワンピースに引っ掛けるペルーン。私が小玉トマトを手に取ると、行儀よくお座りをして口を開けた。
「はい、あーん!」
ぱくりと嬉しそうに、小さな口でトマトを頬張るペルーンが可愛い。片側の頬がまん丸に膨らんでいるのだ。
「はい、ジークも!」
聖獣たちと同じように、ジークの口元に小玉トマトを差し出す。すると、彼が言葉にならない声をあげ、わたわたと落ち着きなく身体を揺らした。
「もしかして、トマト嫌い?」
一向に食べようとしないジークを見つめる。すると、ぶんぶんと音が鳴りそうなほど彼が首を横に振った。それから、困ったように眉を下げ、意を決したようにトマトに顔を寄せる。紫の伏せた長い睫毛を震わせながら、何故か恥じらうジーク。その姿に、乙女のようだと他人事のように眺めたその瞬間――。
指先に柔らかな唇が僅かに触れて、離れて行った。微かに感じたその温もりに、はたと気づく。
やだ、私ったら!
いつもの癖で、バルカンたちと同じように食べさせてたわ!
だからジーク、困っていたのね!?
気分を害してしまっただろうか。まさか、赤く震えていたのは、怒りでわなないていたのでは……。心配になりながら、そろりとジークを見上げる。
「お、おいしい……?」
恐るおそる尋ねれば、ジークが顔を真っ赤に染めて、コクコクと頷いた。どうやら、怒っているわけではないらしい。照れたように下を向くジークの様子に、指先の感触を思い出し頬が熱くなる。
『何やってるんだお前たち。鍋が噴きこぼれるぞ』
なんだかよく分からない、気恥ずかしい空気にお互いもじもじしてしまう。そんな中、バルカンの呆れた声で我に返った。慌てて竃の火を弱め、ちらりとジークに目を向ける。すると、何やらバルカンとこそこそ話をしている。その斜め後ろから覗く耳がまだ赤い。誰かに手ずから食べさせるなんて、親が子にするか、病人を介護する時くらいだ。たまに、人目もはばからず、カフェで恋人に食べさせている人たちもいるが……。こんなこと、婚約者だったディランにだってしたことがない。
とにかく、怒っていなくて良かった。ほっとしながら、熱い頬は竃の熱のせいにして、止まってた料理を再開する。
角切りにした野菜を油の代わりにバターで炒めて鍋に入れる。黄金色だった三つ眼鳥のスープに、トマトが煮崩れ赤く美味しそうな色に変わった。ふわりと上がる良い香りに、ペルーンがまだかまだかと足にすりよる。
「クナァーン」
「ふふ、もうちょっと待ってね」
キュウリにルッコラ、ラディッシュと小玉トマトを適当に切り、岩塩とリモールを絞りかける。新鮮な生野菜のサラダだ。
昨晩、熱い煮汁につけたまま低温で火を通した三つ眼鳥の胸肉。それを、薄くスライスして、お皿に盛り付ける。ソースは刻んだトマトと玉ねぎ、カラフルな三色パプリカを塩リモールで和えたものだ。このソースにはアクセントに、ほんの少しトウガラシを刻んで加えた。
ちなみに、ペルーンのソースにはトウガラシは入れず、別に分けて様子を見ることにする。いくら聖獣とはいえ、まだ幼獣だ。ペルーンは悲鳴根の葉のほろ苦い味も苦手なので、多分、辛味もあまり得意ではないような気がするのだ。
「あとは……目玉焼きにしようかしら?」
フライパンにバターを落とし、ジークたちが採ってきてくれた双子鳥の卵を割り入れる。ジュワッと卵の焼ける音にバルカンが反応した。
『目玉焼きを作るのか? それなら我とジークは固焼きにしてくれ』
「え? でもジークは半熟が好きなのでしょう?」
『ああ、だから次回は半熟を頼むぞ』
「すまない、まだメリッサに伝えていなかったな。焼き加減について、お互い歩み寄ることにしたんだ」
「まぁ! それはいいことね。分かったわ! 任せてちょうだいっ」
仲良くなった二人にニコリと微笑んだ。それに、初めて目玉焼きを焼くので、半熟よりも固焼きのほうがハードルが低くて助かる。次に目玉焼きを作る時、半熟に焼けるように、火の通りをじっくり観察しておこう。
「ナァーゥ、クナァ~」
「ま、待ってペルーン。これができたらご飯だから、いい子にしてて?」
味見をせがむペルーンが、足に縋り付いて離れない。どうやら、スープが気になって気になって仕方がないようだ。しかし、今は目を離す余裕がない。頭をこすりつけ、足に尻尾を巻きつけるペルーンをそのままに、徐々に色の変わる卵を見つめ続けたのだった。
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