菜園の作物
小さな森のような菜園の中、ひと際目を引く真っ赤なトマト。
立派に育った大玉の実が、枝をしならせ今にも地面についてしまいそうなほど垂れさがっている。
「わぁ、美味しそう! あっ、こっちには小さいトマトもあるわ!」
一種類のトマトだけだと思っていたが、大玉トマトの奥に、一つの房に鈴なりに実る小玉トマトがぶら下がっている。葉の隙間から、ちらちらと見える可愛らしいそれを一粒取ろうと手を伸ばした。
「んっ~、届かない~っ! ……あ、採れた!」
頬に当たる青臭いトマトの葉に邪魔されながら、指先で漸く取れたそれを、いそいそと服の袖で拭う。そして、ぴかりと光る真っ赤に熟れた実をポイっと口の中に放り込んだ。歯がぷつりと薄皮を破り、中から弾けるように果汁が飛び出す。
「っ!? あまぁ~い! すっごく美味しい!」
今まで食べてきたどのトマトよりも糖度が高く驚いた。それなのに、何故か塩味を感じるほど旨味があって、爽やかな酸味が絶妙に野菜として主張してくるのだ。
「きっとバルカンたちも大好きな味だわ! 支えがないのに倒れていなくて本当に良かった」
本来、成長過程でトマトの株が倒れないように、支柱をたてるのだが、突然成長してしまったため、その暇がなかった。しかし、幸いなことに、それぞれの株が隣同士で支え合っている。そのお陰で、茎が折れたり横倒しにならずに済んだのだ。感心するほど、うまい具合に枝が交差し体重をかけあっている。
収穫はしづらそうだが、折れて株が駄目になるよりよっぽどいい。それに、後で交差している枝を解きながら、支柱をたてれば問題なさそうだ。その時は、今後も元気に育ってもらえるように、脇芽も剪定したほうが良いかもしれない。
それにしても、先ほどからペルーンの姿が見当たらない。結構大きな声でトマトの美味しさに感動していたのに。「美味しい」と聞けば、いつもなら飛んでくるはずだ。どこに行ったのだろうか。きっと菜園の中にいるはずだが、なにせ見晴らしがよくない。
「もう少し奥のほうにいるのかしら? 他の野菜も確認しに行くし、きっと途中で会うわよね」
トマトの茂みを通り抜け、ニンジンを植え替えた場所へ向かう。すると、あれほどひょろひょろだったニンジンは、太い頭が土から飛び出し、涼し気な色の葉を大きく茂らしている。
そして私は大きな勘違いをしていた。昨日美味しくいただいたエシャロットは、なんと玉ねぎだったらしい。太く丸々と育った球根がそれを物語っているのだ。
「あら! 玉ねぎだったのね。発育が悪くてあんなに細かったのかもしれないわ。それより、収穫したら長く保存できるように、風通しのいい場所で干さなくちゃ! 軒下が良いかしら……」
収穫後の算段をつけながら、玉ねぎの畑を飛び越える。そして謎の若葉が生えている場所に目をやると、緑に混ざってカラフルなパプリカたちに出迎えられた。
「わぁ~赤に黄色にオレンジもあるわ! お野菜でもこんなに色が揃うと華やかね。ふふ、お料理するのが楽しみ。あれ何かしら? ずいぶん大きな植物だわ」
パプリカ畑の奥には地面に青々しい葉と蔓が蔓延っている。そして足の踏み場がないそのもっと先に、ジークよりも背の高い植物が、列をなすようにそびえ立っているのだ。近づいてみないと、いったい何が育っているのか見当もつかない。あんな植物、植物図鑑に載っていただろうか……。
「まずは地面に蔓延っている植物が何か調べなくちゃ……葉っぱの感じはキュウリのような気もするけど、あそこまで足元が見えないと何だか怖い。蛇でも出てきそうだわ……」
じっと注意深くパプリカ畑から覗き込む。すると、一か所不自然にガサガサと葉が揺れていることに気がついた。風でもなく、ただそこだけが揺れている。
蛇だったらどうしよう……。
早く立ち去って欲しいと願いながら様子を窺う。しかし、謎の生物は一向にそこから動こうとせず、ずっと葉を揺らしているのだ。意を決して、恐るおそる近寄ると、そっと葉を摘まんで引っ張った――。
「――っ! ペ、ペルーン脅かさないでよ~」
ガサガサと葉を揺らす謎の生物。その正体は、先ほどから姿を消していたペルーンだった。なにやら、パプリカを咥えたまま、脚に絡まった蔓を取ろうと必死に格闘している。
「あら、大変ちょっと待ってね。すぐに取ってあげる!」
「クゥーゥ」
あれほど葉を揺らしていた割に、蔓は思いのほか緩く、小さな脚から簡単に外れた。ゆっくり地面に降ろすと、ペルーンが伸びをするように背中を逸らす。その様子からして、かなりあの場で苦戦していたらしい。それでも口からパプリカを放して、脚に絡まる蔓を外そうとしないところに、ペルーンの食い意地を感じる。
しかし、怪我をしていなくて本当に良かった。ゆらゆらと尻尾を揺らし嬉しそうにパプリカを食べている姿に、ほっと息を吐いた。
「そういえば、びっくりして結局なんの蔓だったのかまだ見てないわ。……あっ、やっぱりキュウリ!」
ペルーンを救出してぽっかりと開いたその場を覗き込むと、地面にすらりと伸びたキュウリが横たわっていた。中には曲がった形のものもあって面白い。地面についたままでは傷んでしまうので、キュウリも支柱をたて、蔓上げをしたほうが良いだろう。
支柱になる丈夫な枝を、たくさん用意しなくちゃいけないわ。幾つ必要かしら……?
顎に手を当て考え込んでいると、玄関のほうから物音が聞こえる。その音にはっと顔を上げた。
いけないっ、まだ朝食の準備何もしてないのに帰ってきちゃた!
「あれ……こんなところに桶と柄杓が転がっている……バルカン、メリッサが家に居ない! まさか何かあったんじゃ!?」
『うるさいぞ。落ち着け』
どうやら、菜園の様子を見るのに時間をかけすぎたようだ。転がしたままの桶を見て、ジークが私を心配する声が聞こえる。
「おーい、ここよーっ! おかえりなさーい!」
「良かった。メリッサ、ただい…… うわっ、どうなってるんだこれ!?」
菜園の葉で完全に姿が隠れている私の声に、ジークが反応する。ただいまの顔は見れなかったけど、森のような菜園を見て驚く姿が目に浮かぶ。
『やれやれ。やはり、こうなったか』
「メリッサ、無事なのか!?」
「ええ、大丈夫! すぐにそっちに行くわ!」
菜園の葉に遮られた向こう側に声を張り上げる。そして、まだパプリカに夢中のペルーンを抱き上げて、来た道を引き返した。まずは、心配そうな彼を安心させよう。そして転がったままの桶いっぱいに、朝食の野菜を収穫するのだ。
ご感想、評価、ブックマークありがとうございます。
そして、誤字報告ありがとうございました。
更新頑張ります!






