バルカン視点 柑橘風呂と疑り深い男
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火光虫が湯気を纏い、ほんわりと柔らかな明かりが広がる露天風呂。
リモールの浮かぶ柑橘風呂が爽やかな香りを放ち、心も体も癒してくれる。小僧、もといジークのシャンプーは、なかなかどうして気持ちの良いものだった。
メリッサの優しく丁寧な洗いかたも心地良くて好きだが、ジークは力強く指圧が何とも言えぬ絶妙な加減で、気を抜けば喉がゴロゴロと鳴りそうになった。しかし、素直に認めるのも癪に障るので『まぁまぁだな』なんて憎まれ口を叩いてはみたが、実際はすごく気持ちが良かったのだ。
風呂の縁を囲む岩に顎を乗せると、身を削ぐ勢いで己の体を擦り上げている男を眺めた。身体に溜まった垢という垢を全て落としてから入るらしい。
『あまりやり過ぎると、湯に浸かった時に滲みるのではないか?』
ふと、手を止めたジークが、きまり悪そうにこちらを向いた。
「まぁ、そうなんだが……清拭していたとはいえ、さすがに何日も風呂に入っていなかった俺の後に、メリッサが入浴すると思うと、いたたまれないんだ」
『ふん、そんなものか?』
「そんなものだ」
気のない返事をすれば、じとりとした目をするジーク。その視線に鼻で笑い、顎で桶を指してやれば、意を決したようになみなみと注いだ湯を頭からバサリとかぶった。
「っぅ~!」
やはり赤くなった肌に湯が滲みたのか、眉間に皺を寄せ小さく唸っている。
『やれやれ、一番風呂を勧めたのはメリッサだ。あやつはそんなことを気にはしないぞ』
「いや、俺が気にする。とくに、好きな人には不潔に思われたくない」
馬鹿な男だ。湯が汚れることよりも、傷を作るほうがメリッサは心配するというのに。まぁ、あのくらいのかすり傷なら、風呂から上がる頃には治っているだろう。
小さな悲鳴を上げながら泡を落としたジークが、いそいそと隣に腰を下ろし肩まで湯に浸かる。ほぉっと息を吐く声が聞こえ、ちらりと見れば、先ほどとは打って変わって緊張感のない顔をして目を瞑っていた。妖精の泉の治癒効果が漸く効いたらしい。
穏やかな表情でリモールを手に取り香りを楽しんでいたジークが、はっと何かを思い出したように、飛沫を上げてこちらを向いた。
「そうだ! まだ聞いてないぞ!?」
『騒がしいやつだな……何をだ?』
折角の柑橘風呂なのに、騒がしくするとは無粋なやつだ。泡風呂で散々遊び倒したことは棚に上げ、眉間に皺を作る。すると、ジークが声を潜めた。
「バルカンはメリッサのことをどう思っているんだ?」
『何が言いたい?』
「~っ、だから、恋愛感情とか……そういった類のものだ!」
何を馬鹿なことを……。胡乱な表情を浮かべながらジークを見れば、リモールを握りしめごくりと喉を鳴らしていた。
『はーっは、はははは! 先ほどメリッサと我が入浴するのを嫌がっておったが、まさか本当にそんなことを気にしておったのか! 可笑しな奴だ』
「ちょっ、バルカン! 声が大きいぞっ」
『しかし人間と言うのは、愛だの恋だのと忙しい生きものだな。我は人間に恋をしたことなど一度もない。確かに赤子を愛でるように慈しむことはできても、恋をすることはないだろう』
「本当に? 種族が違っても、意思の疎通ができれば恋をすることだってあるかもしれないだろ?」
やれやれと首を振り、先ほどのお返しとばかりに、疑り深い男めがけて、たてがみについた水気を飛ばす。想像以上の飛沫に湯が鼻の奥に入ったのか、涙目で鼻を押さえるジークを気にせず話を進めた。
『そもそも、我とお前を一緒にされては困る。妖精は個性として雄雌の形はあるものの、はっきりとした性別の概念を持たない……おい、聞いておるのか?』
鼻をかむジークを見やり、片眉を釣り上げる。すると、よほど鼻が痛いのか、声を出さずにコクコクと頷いた。
『ゴホンッ……そのため、妖精は人間や他の動物のように子孫を残そうとする本能がないのだ。この世界を創った父が母なる大地に魔力の種を撒き、我らが生まれてきたのだから、その必要がないのだろう。まぁ、とにかく気にするな』
そう伝えると、ジークが納得したような、してないような難しい顔をする。この誇り高き聖獣を前にして、一丁前に嫉妬をするなどこの男くらいだ。いや、この男だからこそ、嫉妬をするのだろう。
しっとりと濡れた珍しい紫の髪をかきあげるジークに、かつて一匹の妖精が人間の娘に恋をした話を思い出す。今もなお、濃くなっていく髪色は、人間にしては膨大な魔力を持っていることが窺い知れる。それに、あの透明な魔石。
自分の読みが正しければ、この男とその妖精は何らかの繫がりがあるのではないだろうか。そして、この男の荒ぶる魔力を、沈静化させることのできるメリッサも……。
ただ、その話を我に教えてくれた古い友人の石竜は、長い眠りについていて、次にいつ目を覚ますのか、かいもく見当もつかない。今では大きな体に植物が生え立派な山となっている。我の周りは寝汚い奴ばかりだ。
兎にも角にも確信が持てないことには、下手なことを言うべきではない。というのは建前で、話せば何だかんだとこの男がまた騒ぎだすのは目に見えているから面倒なのだ。
「そういうものか……?」
『そういうものだ』
漸く納得することにしたらしいジークの問いに頷き、爽やかな香りを楽しむように目を閉じる。すると、こつんと体に小さな衝撃が走った。
片目を開けると、どうやらリモールが当たったらしく、目の前をぷかぷかと泳いでいる。波に乗って移動するそれを目で追いながら、反射的に前脚でつついた。
たぽん、と水中に潜っては浮かび上がる金色を眺め、ここにチビがいたならば、さぞ騒がしいことになっていただろう。メリッサには悪いが、久しぶりにゆっくりと静かな入浴を堪能したのだった。
長らく更新が止まってしまい申し訳ありませんでした。
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