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街の活気と買物

 制服を脱ぎ捨て、鞄の中に詰め込んでいた、私が持っている中で一番シンプルなワンピースを、馬車の中で着替える。

 白い髪では目立ってしまうので、髪はまとめてスカーフで隠した。

 仕立ては良いがシンプルなワンピースと、スカーフ以外飾りっ気のない姿は、町娘とまでは行かないが、どこかの商家のお嬢さんの様だ。


 手鏡で後れ毛をきっちりスカーフの中に詰め込むと、御者台をノックした。


「もう、良いわよ。出してちょうだい」


「は、はい……あの、お嬢様。本当に行かれるのですか?」


「ええ、ずっと一度はお忍びで王都の平民の暮らしを見てみたかったの。ロズワーナ伯爵と結婚して遠くの領地へ行く前に、一度くらい良いでしょう?」


 本当は、貴族が買い物をする商業地区では、すぐ身元がバレる上に、欲しい物が手に入らないからだ。

 だけど、いくら御者を脅して口止めしていても、用心に越したことはない。本当の事など悟られてはならないのだ。


 好色オヤジのロズワーナ伯爵へ嫁ぐ話を出されると、哀れなお嬢様の小さな我儘に、何も言えなくなった御者は、黙って馬車を走らせた。


 瑞々しい野菜や鮮魚がならび、ガヤガヤと活気のある街並みに目を奪われる。

 威勢よくお客を呼び込む肉屋の亭主や、甘い匂いをさせた屋台では、揚げたパンに砂糖をまぶした物が売られている。

 母親に手を引かれ、口の周りに砂糖をつけながら嬉しそうにパンを頬張る子供の姿が、なんとも微笑ましい。


 甘い香りに私も引き寄せられそうになったが、あまり悠長にもしていられないので、後ろ髪を引かれる思いで先に進んだ。

 今日のお目当ては、今着ているようなワンピースではなく町娘が着るような、もっと簡素な服だ。

 若い娘が嬉しそうに紙袋を下げて出てきた店を覗くと、店内にはいろんな服や手芸品まで取り揃えていた。

 その中でも一番シンプルで丈夫そうなワンピースを2着選び、ソワソワとしながら支払いをする。

  にこやかに笑う店員から紙袋を受け取り、店を出ると、案外すんなり目当ての物が買えた事にホッとした。

 思ったよりも時間に余裕ができたので、他の店も見て回ろうと歩き出す。

 色鮮やかな花が目に留まり、花屋の前に立ち止まると、花ではない緑色の植物が目に入った。何かと思って近寄れば、どうやら野菜の苗のようだ。

 図鑑では野菜の苗を見た事があったが、実際に目にするのは初めてで、しゃがみ込んでじっくり眺める。

 そんな私に、ふふふと笑う声が聞こえた。声の聞こえる方へ顔を向けると、カウンターに頬杖をついて笑う若い女性がこちらを見ていた。


「いらっしゃい! 花より野菜に興味があるの?」


「あ、……はい……」


 食い意地が張ってそうに見えたかしら。


 頬を赤くしモジモジと答える私に、彼女がカウンターから身を乗り出して目を輝かせる。


「自分で育てた野菜は格別よ! どう? 買っていかない?」


 彼女の言葉に、次に住む所で育てるのも良いかもしれないとワクワクした。


「はい! でも、引っ越すので直ぐには育てられなくて……苗じゃなくて、種はありませんか?」


「ええ、あるわ! ちょっと待ってて」


 高い位置で結んだ茶色の髪を弾ませながら、彼女が奥に消えたかと思えば、息を弾ませて直ぐに戻ってきた。


「どの野菜にする? 植える時期にもよるけど、初めて育てるならこれなんてどうかしら?」


 嬉しそうにあれもこれもと彼女が種を私の手に乗せてくる。パラパラと落ちた種を慌てて拾い、どれにするか決めかねた。

 結局、種なら嵩張らず値段も安いので、お勧めされたものは全て買う事にする。


「沢山買ってくれたから、これはおまけ! なんの種かは植えてからのお楽しみよ! 植える時期は今から数ヶ月先まで大丈夫だから」


「いいんですか?」


「ええ! 私、野菜を育てるのが好きなんだけど、私達くらいの世代の子って皆んな花にしか興味がないんだもの。だから凄く嬉しくて!」


「ふふ、確かにそうかもしれませんね」


「でしょ!? 」


 ここまでフランクに、同世代の女性と話した事がなくて、八重歯を見せて無邪気に笑う彼女の笑顔が眩しく感じた。


「それじゃあ、お言葉に甘えて。何ができるか楽しみに植えます。ありがとうございました!」


「いいえ〜! また王都にくる事があったら、是非うちに寄ってね!」


 大きく手を振って見送る彼女に、照れながら笑って手を振り返した。



 私にお友達がいたらこんな感じなのかしら。



 心がむず痒く、けれどぽかぽかする胸に手を当て、カサリと音を立てる袋に、ふふふと笑った。


 馬車に戻る途中、瓶詰めにされた赤いキャンディーが目に止まる。骨董店の亭主の瞳にそっくりなその色に、御守りのお礼にこれはどうだろうかと考えた。

 何か贈りたいと思ってはいたが、あの世代の人が喜ぶ物が分からなかったので、ずっと悩んでいたのだ。

 店内には飴だけでなく、ズラリと瓶詰めにされたピクルスや保存に効く食べ物が並んでいる。

 目当ての飴は、フルーツの味だと思っていたが、ラベルに滋養強壮の効果のある薬草の名前が書いてあった。

 普通の飴よりは、良いかもしれないと納得し、カウンターに持って行くと、旅のお供に最適と書かれた日持ちするクラッカーと瓶詰めのパテやジャムが置いてあった。



 逃げる途中、確かに何か食べる物があった方が良いわね。

 これも買っておこうかしら。



 どのパテとジャムにするか迷って、鳥レバーのパテとイチゴのジャムにした。

 思っていたより安くて良い物が買えたと、ホクホクしながら馬車に戻ると、今日はピシリと背筋を伸ばし待っていた御者が、馬車の扉を開く。

 本屋に寄るように伝えて、馬車の中で制服に着替えた。鞄に忍ばせていた本屋の大きな紙袋を開き、今日買ってきたものを詰める。


 御者にはいつもの所で待ってもらい、骨董店に行ったのだが、昨日あった看板が出ていない。

 扉のガラスに顔を近づけ目を凝らすが、中は真っ暗だった。どうやら定休日のようだ。

 流石に連日の様に、本屋に行くと怪しまれるので、飴も日持ちする物だし、違う日にまた訪ねる事にした。

 来た道を引き返そうと何歩か歩いて、何となく気掛かりで振り返り、扉を見つめた。



 やっぱり、次にいつ来られるか分からないし、手紙を添えて飴は置いて行こうかしら。



 本当はちゃんとした便箋に書きたかったが、ノートを破り御守りのお礼と、また来る事を紙に書いた。

 そのメモの様な手紙と飴を入れた袋をドアノブに下げ御者の待つ馬車に戻ったのだった。

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