はじめての卵料理
綺麗になった部屋の中。
聖獣たちが鼻高々に食卓に着く。テーブルに湯気の上がるスープを並べると、嬉しそうに大きく尻尾を揺らした。
まだかまだか、とメインディッシュのオムレツを待ちわびている。その様子に、キッチンに引っ込んだ私は頭を抱えた。
ちらりと作業台に並べた皿の上は、オムレツの原型をとどめていない。オムレツの成れの果て。良く言えば、スクランブルエッグが盛られている。
「ど、どうしよう……」
卵に首長羊のミルクと岩塩を混ぜたところまではよかった……。
熱々に熱したフライパンに、今朝作ったばかりのバターを落とし、一気に卵液を流し込む。
じゅわわ、と美味しそうな音とともに、バターの香りがより一層キッチンに広がった。黄色い気泡がブクブクと幾つも浮かび上がる。
『料理本』で読んだ内容を思い出し、慌てて木ベラでかき混ぜた。見慣れたオムレツの形に近づけようと手を動かすが、もたもたしているうちに卵に火が通ってしまったのだ。
どうにか立て直すことはできないかとフライパンの端に卵を寄せてみるも、自分が理想とする滑らかでふっくらとした形には程遠い。ぎりぎり半月型にはなったが、自分が口にしていたオムレツとは似ても似つかない歪な形に肩を落とした。
しかしこれ以上、無理に卵を固めようとすれば火が通り過ぎて、ぼそぼそになってしまう。それよりは歪なほうがまだましだ。せっかくバルカンが採ってきてくれた双子鳥の卵を少しでも美味しく食べたい。
落ち込んでいた気持ちを立て直し、歪なそれを皿に移そうとしたその時――。
ぐしゃり、と歪ながらもぎりぎり原型を留めていたオムレツが、皿の上で崩壊してしまったのだ。
愕然と無残な皿の上を見つめ動けないでいると、竃の薪がパチリと弾けた。その音に漸く我に返る。固まっている暇はない。
そろそろ、やる気を出したバルカンたちが、部屋の掃除を終わらせる頃じゃないだろうか。崩壊したオムレツにショックは大きいが、頬を叩き気合を入れなおす。
幸い、オムレツの中に包む予定だった具材は、入れる暇がなかったので、全く手をつけていない。
この際、ワンプレートランチのようにしてみるのはどうだろうか。学園の食堂に、忙しくゆっくり食事がとれない生徒のために、そういったメニューが作られていた。
良い案だと手を叩き、さっそく四枚分の平たい皿を並べる。オムレツの具材、改め新鮮野菜と鉱石猪の塩漬けのソテー。聖獣たちの好物、ふかし悲鳴根にバターとパセリを和えたもの。
そして、崩壊した歪なオムレツは、軽く解してスクランブルエッグに。卵料理によく合うハーブ、タラゴンを散らして、それらしくごまかしてみる。
緑を散らすだけで、なんとなく美味しそうに見えるのはちょっぴり不思議だ。学園のワンプレートとは比べ物にならないが、オムレツの成れの果てが先ほどよりも良い感じに見える。
しかし、問題はオムレツを楽しみにしている聖獣たちだ。がっかりさせてしまうだろうか……。
「メリッサ、運ぶのを手伝うよ。……どうした? 何かあったのか?」
頭を抱える私に、ジークが心配そうな顔で声をかける。落ち込む私と、皿の上を見て何かを悟ったのか、ポンッと軽く頭を撫でられた。
「本当はオムレツの予定だったのに、スクランブルエッグになってしまったの……」
どれどれ、とスクランブルエッグを指で摘み、ひょいっと口に入れたジークが優しく微笑む。
「んっ、美味いよ! こんなに美味いんだから、バルカンたちだって気にしないんじゃないか? スクランブルエッグも立派な料理だ。だから大丈夫。それに……」
溜息をつく私を覗き込み、ジークが明るく笑いかけてくる。
「また挑戦すればいいだろう?」
「えぇ……そうね。……うん。そうだわっ、私次はもっと上手く作れるように頑張る!」
「ああ、楽しみにしてる」
「ふふふっ、ありがとうジーク」
少し照れくさそうなジークと、ニコニコ笑い合っていると、リビングからバルカンの声が聞こえた。
『あ奴ら何をしておるのだ。お~い! まだか!? スープが冷めるぞっ』
「クナァ~ンッ!」
お腹を空かせた食いしん坊たちが、中々運ばれてこない料理にしびれを切らしたようだ。ジークとぷっ、と噴き出すように顔を見合わせ、皿を手に取る。
「ははっ! ほら、バルカンたちが待ちきれないようだぞ。早く持って行こう!」
「ええっ! ふふふっ、私もお腹ぺこぺこだわ!」
食卓に並んだワンプレートランチにペルーンは目を輝かせ涎を啜る。一方、バルカンは首を傾げ不思議そうな顔をした。
『我が記憶しているオムレツとずいぶん形が違うな。ガジルの作ったものは月が欠けたような形をしておったが……』
「失敗してしまったの。せっかく双子鳥の卵を採ってきてくれたのに、ごめんねバルカン」
眉を下げる私に、バルカンがスクランブルエッグを一口食べてベロリと口元を舐めた。
『まぁ、美味いから良しとしよう! 前の石ころソテーより断然うまいぞ!』
「石ころ?」と不思議そうな顔をしたジークに、慌てて手を叩き話を逸らす。
「そ、そうそう! これは、スクランブルエッグっていうのよ。朝食によく食べるの」
『ほぅ~、これにも名前があったのか。これはこれで、嫌いじゃないぞ』
「朝食と言えば、今度は目玉焼きにも挑戦してみたらいいんじゃないか? 俺は固焼きより半熟派かな」
『目玉焼きならガジルも良く食べていたな。我はしっかり黄身まで火が通ったほうが好きだ!』
ジークの提案に、確かに次は目玉焼きを作るのも良いかもしれないと顎に手を当てた。オムレツよりも簡単な調理法があるのを知っていたのに、新しい野菜を手に入れて浮かれていたのだ。
「そうね……まずは目玉焼きで卵料理に慣れてからオムレツに挑戦したほうが良いかも……ちなみに、私も半熟のほうが好きだわ」
なんのことか分からないペルーンが、皿から顔を上げ首を傾げる。
「ふふふっ、ペルーンはどっちが好きかしらね? 今度は目玉焼きを作るから楽しみにしていてね。目玉焼きなら工程も簡単だし、上手に焼ける自信があるわ!」
「クナァウ~」
「ふふふっ」
ペルーンが嬉しそうに鳴き声を上げ、再び皿に顔をうずめた。どうやら相当卵が気に入ったようだ。
最近は一口サイズに切った肉なら余裕で食べられるようになったが、柔らかい食べ物も相変わらず好きらしい。
少しずつ成長していくペルーンが愛おしい。いつかこの子に名前を呼んでもらえる日が来るのだろうか。
まだ見ぬいつかに思いを馳せて、胸がときめいた。今すぐ抱きしめて小さな体に頬ずりをしたい。しかし今は食事中だ。
美味しそうにスクランブルエッグを頬張るペルーンを見ながら、ようやく自分の皿に手をつける。初めてのオムレツは失敗したが、そのかわりできたスクランブルエッグは意外にも美味しかった。
たっぷり使ったバターの芳醇な香りに、時折タラゴンの爽やかな香りが鼻を抜ける。首長羊のミルクのおかげか、ふわふわの口当たりに思わず頬が緩む。
双子鳥の卵は鶏卵よりも濃厚で、ますますオムレツのリベンジに燃えた。まずは、背伸びせず美味しい目玉焼きを作るのが先だ。
『半熟では食べた気がしないではないか! お前もわからん奴だな……それにしても美味い』
「分かってないのはバルカンのほうだ! あのトロリとしたまろやかな味が良いんだろ? ……いくらでも食べられるな」
目の前のジークとバルカンは、半熟派か固焼き派かで熱く論争を繰り広げている。しかし、その合間もスクランブルエッグを頬張っては、吊り上げていた目尻をさげての繰り返し。なんとも忙しい人たちだ。
そんな彼らをしり目に、ペルーンがおかわりの一番乗りを果たしたのだった。
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