大きな勘違いと燃える使命
菜園で間引いた野菜を刻む。
シャクシャクと瑞々しい音がキッチンに響き、爽やかな香りが広がった。間引いたばかりの小さなニンジンは葉も柔らかい。
そのため、余すことなく葉から根の先まですべて使い尽くす。エシャロットも同様だ。
刻んた野菜の半分は三つ目鳥のスープに。そして、もう半分はオムレツの具に取っておく。
コトコトと奏でる鍋の中に、刻んだ野菜を入れる。岩塩を削りひと煮立ちすればスープの完成だ。
「ここにブラックペッパーがあれば良いのだけど……」
ハーブは豊富に手に入るのだが、スパイシーな香辛料は今日植えたトウガラシしかない。そのトウガラシも収穫できるまでに時間がかかるし、何よりブラックペッパーのように味の締まる香辛料が欲しいのだ。
どの料理にもだいたい使われており、肉を焼く時にひと振りするだけで、だいぶ味に締まりが出るはず。そう考えると、ニンニクも欲しい。
そういえば、泥濘の森の名残が残っている沼地に、ガーリンは生えていないだろうか。泥の中で育つガーリンは、薄紅色の花をつける水生植物だ。
別名、水生ニンニクとも呼ばれており、球根がニンニクのような香りがする。
ガーリンは食べられる植物なのだが、丁度同じ時期に似た花を咲かせる毒性のある植物も開花するので、収穫する時は注意が必要だ。
毎年誤って毒性のある植物を口にしてしまい、食中毒を起こす者が少なくないらしい。
確か、そろそろガーリンが開花を迎える時期だ。以前、大ナメクジを捕獲しに行った時は、それらしい植物を見かけなかったが、今いけば咲いているかもしれない。
それか、あの沼地のもっと先に行けばガーリン畑になっている可能性もありえる。
「あとでバルカンに、沼地で薄紅色の花が咲く場所はないか聞いてみなくちゃ!」
ガーリンが手に入れば、もっと味の変化をつけることができるはず。魔物の血抜きに失敗して、獣臭くなってしまった魔物の肉でも、ガーリンがあれば美味しく食べられるだろう。
手に入るとは限らないが、良いことを思い出したと鼻歌交じりに鍋をかき混ぜた。そんな時、リビングのほうからバルカンの怒鳴り声が聞こえてきた。
『こらチビ! お前こそこそと、どこへ行くつもりだ!』
「ナァ?」
『とぼけるでない! さては、メリッサに味見をせがみに行くつもりだったな!? 誰のせいでこうなったと思っておるっ!』
「グゥナァ!」
どうやら、ペルーンが私のいるキッチンに来ようとしていたらしい。彼らは今、先ほど繰り広げた部屋の中の惨状を片付けている最中だ。
家の中をひっくり返すほど激しい追いかけっこをした聖獣たちに、昼食が出来上がるまでに掃除を終わらせるよう言い含めた。しかし、この様子では掃除は捗っていないようだ。
聖獣たちの言い合いを止めに入ったほうが良いだろうか。
「待て待てっ、喧嘩はやめろ! ペルーン、掃除が終わるまでメリッサにキッチンの出入りは禁止されだだろう?」
「クナゥ~……」
リビングに向かおうと鍋の火を弱めていると、喧嘩を止めるジークの声が聞こえてきた。聖獣たちに巻き込まれ、彼も掃除を手伝っているのだ。
優しく言い含めるジークの声に、先ほどとは違いペルーンのしおらしい鳴き声が聞こえる。きっと、耳を伏せ反省をしているに違いない。
『ふんっ! 元はと言えば、こやつが悪いのになぜ我もキッチンから締め出されなければならんのだ!』
「まぁ、そう怒らないでくれよバルカン。早く手分けして片付けないと昼食が出来上がってしまうぞ。良いのか? せっかくの卵料理がお預けになるぞ」
『むっ、それはいかん! おいチビ、我は床を掃くからお前は転がった物を元の場所に戻すのだ!』
「クナッ!」
ジークの一言で、途端に言い合いが収まった。どうやら真面目に掃除を再開したらしい。
今まで聖獣たちの言い合いを止めるのは自分だけだったので、それを担ってくれる人が増えて大助かりだ。
こっそりキッチンからリビングを覗けば、黙々と掃除をしている聖獣たちの姿が見えた。
「ふふふっ、真面目にお掃除してる」
くすりと笑みを漏らしていると、ホッと溜息をついているジークと目が合った。「やれやれ」と首を振り苦笑いを浮かべる彼に、小さく拳を上げて「頑張れ」とエールを送る。
そんな私に、ジークが目を細めた。その優しい微笑みに、先ほど窓辺で頬に触れられたことを思い出す。
彼の長い指に、頬を撫でるように土を拭われた感触が蘇る。途端に恥ずかしくなって、リビングを覗いていた顔を引っ込めた。
熱を持つ頬に手を当て、ギュッと目を閉じる。瞼の裏に、先ほどの騒動で忘れていた窓辺で会話をしたジークの姿が浮かび上がった。
窓枠に肘をつき、こちらを見下ろす彼の美しい紫色の髪がなびいている。聖獣たちと似た金色が散らばる不思議な榛色の瞳が、穏やかに細められ、まるで愛しいものでも見るように優しく微笑むのだ。
彼が眠っていた時から端正な顔立ちだとは思っていたが、まさかここまでとは予想だにしなかった。
そして何より、彼の口から発せられる言葉がどれを取っても甘く、言われ慣れていないので戸惑ってしまう。あれだけの美青年で、口を開けば口説くような言葉の数々。
そんな人間を夜会で見かけたことがある。端正な顔立ちで女性の扱いに長けている、所謂プレイボーイ。彼はそれに当てはまるのではないだろうか。
最近では、あの腕輪は痴情のもつれで科されたものなのでは……。などと、以前巷で流行った小説の、ドロドロとした愛憎劇のようなものが現実で起こったのではないかと疑っている。
しかし、ジークの人となりを見ていると、不誠実な人間だとは思えない。きっと、彼自身その気があって言っているわけではない、あの甘い言葉の数々が、女性を勘違いさせてしまったのではないだろうか。それならとてもしっくりくる。
ディランのことがあったので、恋愛なんてこりごりだと思っている私でも、顔を真っ赤にさせられるのだ。今では身が持たないので聞き流すように努めているが、彼の天然人たらしには困ったものだ。
なぜだかジークは初めから心の距離が近い。彼の中に無色という偏見がないせいだろうか。しかし、彼が眠っていた時から、なんだかよく分からないが身近に感じていたのだ。
彼の髪や瞳の濃さからして相当魔力が強い。もしかすると、やんごとなき血筋の方かも知れないのに。初めて会話をした時から彼はずっとあの調子なのだ。
畏まる私に、彼が寂しそうな顔をするので、今はバルカンたちと同じように気安く接するようにしている。そうすると、彼がとても嬉しそうに顔をほころばせるのだ。
その時ばかりは、私より幾つか年上のジークが何だか可愛く見える。
彼が何者なのか、それは気にしないことにした。きっと、それを知る日は彼がこの森を去る日だろう。
その時がきたら、あまり女性を勘違いさせるようなことは言わないように言い含めなくては。
よし、と熱の引いた頬を叩き、自分自身に課した使命に燃えながら料理を再開したのだった。
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この度『無色の令嬢、魔物の森で肉を焼く。』の書籍版が2019年12月3日に発売されます。
アニメイトさんや応援店舗さんでご購入いただきますと、特典ショートストーリーが付属されます。
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