ジークの鈍痛と開き直り 二
ジーク視点になります。
ふっ、と口元を緩ませ、手が止まっていた籠作りを再開した。
半乾きのゴモの蔦は生のものと比べて、跳ね返るような硬さがある。折り曲げるように編まなくてはならず、意外と力がいるのだ。
一目一目気持ちを込めながら、隙間なくゴモの蔦を編み込んでゆく。出来上がったら、メリッサにプレゼントするのだ。彼女は喜んでくれるだろうか。
先日、練習として教わりながら作った小さな籠は、思いのほか好評だった。
昔から手先は器用なほうで、すぐに要領を掴んだ俺にメリッサがすごいと驚いていた。彼女があまりに感心するので、調子に乗って余った素材で持ち手をつけ加えてみたのだ。
素敵だと手放しで褒めるメリッサに、俺は締まりのない顔をしていたに違いない。バルカンの視線で、自分がどんな顔をしているかなんて鏡を見なくても分かった。
そんな俺の腕に、前脚を乗せ興味津々に籠を覗き込むペルーン。丁度、持ち手を付けたことで幼獣が咥えやすい形をしており、大きさ的にもピッタリだ。
完成したそれをペルーンにプレゼントすると、籠を咥え部屋中を駆け回るほど喜ばれた。
バルカンに籠を自慢するペルーンを見て、メリッサがふふふ、と朗らかに笑う。その慈愛に満ちた眼差しは、こちらまで穏やかな気持ちになるほど温かい。
彼女の側は居心地がよく、常に優しい時間が流れている。
すべてを優しく包み込むような、メリッサの笑顔を思い浮かべ、ふと以前から感じていた謎の既視感に手を止めた。
すっかり忘れていたが、幼い頃に師匠の本棚からこっそり拝借して読んだお伽噺。その登場人物にメリッサが似ているのだ。
噺の内容は覚えていないし、「どこが」とか「何が」と聞かれても答えられない。しかし、不思議とそんな気がするのだ。
堅苦しい魔法書や禁術書ばかりが並ぶ隠し本棚。そこに、あの本が保管されているのは、今でも不思議に思う。
ちなみに、師匠と若くして亡くなったその妻の間には子どもがおらず、養子をとることもしていない。
師匠は幼い俺に、分厚い魔術書を手渡すような人間だ。そのため、当時あの家で幼児向けの物を目にしたのは、あれが初めてだった。
禁術書目当てで隠し本棚を開いたはずが、つい物珍しさに手に取ってしまった。
幼児向けにしては分厚く、挿絵がたくさん載った本。確か紫色の背表紙に金色の文字が書いてあった。
あれはどんな噺だっただろうか。読書好きなマシューが、今まで読んだことのないお伽噺だとはしゃいでいた。
禁術書を探そうと隠し本棚を開ける俺に、涙目で止めようとしていた癖に。まったく、あの頃から現金な奴だ。
マシューと読んだ記憶はあるんだよな。ただ、どんな内容だったか……。
深く思い出そうとすると、霧がかかったように記憶が薄れる。そのかわり、一度浮かんだ従者の赤い鳥の巣頭しか浮かばない。
床にペタリと座り込み、幼い頃の彼が頬を紅潮させ本を覗き込んでいるのだ。
その隣で一緒に読んだのは覚えているのに……。
それよりも、先程思い出した従者に、伝達魔法を試してみようと魔力を手のひらに集中させる。しかし、ぼんやりと鳥の形が出来上がりそうな所で、ゆらりと魔力が霧散してしまった。
「やっぱり、まだ駄目か……もう少し様子を見るしかないな」
先日、防御魔法も使えなかったので、予想していた結果に頭をかいた。
「まぁ、城のほうは師匠たちが何とかしているだろうな……」
目を覚ましたばかりの時は、城のことが気になって仕方がなかった。
しかし、よく考えば、どこまでも抜け目のない師匠のことだ。騒ぎにならぬよう何とかしているに違いない。
もしくは、面白おかしくいろんなところを巻き込み引っ掻き回しては、逆に混沌を作り上げてそうだ。
とりあえず、俺がそう簡単に死ぬとは思っていないだろう。師匠のことだから、俺に内緒で何かしら生存確認ができる魔術でも勝手にかけてそうだ。
それに、俺が行方知らずになる前に、一緒にいたルトガーの身辺も洗いなおしているだろう。弟に危険が及ぶようなら、師匠が保護しているはず。
……もしくは、俺を襲わせた者を泳がせるために、保護せず様子を見ている可能性もある。
さすがに、師匠でも第三王子を危険に晒すことはしないだろう……いや、ないと思いたい。
幼い頃に体験した、師匠のスパルタ教育を思い出し口元を引き攣らせる。何だかマシューがあたふたとしながらフォローしているのが目に浮かぶ。
とにかく、悩んでも仕方がないので、彼らを信じることにした。今は無茶をせず、体力を戻して少しでも魔法を使えるようになることが俺の課題だ。
ルトガーたちのことで、あまり悲観的にならずに済んだのは、やはり彼女たちのお陰だろう。
ペルーンのはしゃぐ鳴き声と、メリッサの楽しそうな笑い声に誘われてベッドから降りた。
窓を開けると、柔らかな風に短くなった前髪をさらりと撫でられ目を瞑る。小鳥の鳴き声と木の葉が揺れる涼やかな音色が心地良い。その穏やかな時間を楽しむように、窓枠に頬杖をついた。
温かな日差しに日向ぼっこを好む聖獣たちの気持ちが良く分かる。確かにこれは気持ちが良い。
「ふふふっ、ジークさんも日向ぼっこですか?」
すぐ側でメリッサの声がして目を開ける。すると、彼女が窓の外からこちらを見上げており、手を伸ばせば触れられる距離に立っていた。
少し不格好な籠いっぱいに、土のついた野菜を入れて抱えている。彼女は華奢な割に意外と力持ちらしい。
メリッサは籠の中を覗く俺の視線に気がついたのか、目を輝かせ興奮気味に籠を揺らした。
「ねぇ、これ! すごいんですよ! 何も手を加えていない菜園で自然に育っていたの! それに、これは双子鳥の卵! バルカンが採ってきてくれたんです」
満面の笑みで無邪気にはしゃぐメリッサの頬に土がついている。
「それはすごいな。とても立派だ」
「ふふふっ、そうでしょ? お昼ごはんは、採れたてのお野菜と卵を使って――」
土など気にせず、にっこりと笑うメリッサが愛おしい。
腕を伸ばして彼女の頬に付いた汚れを優しく拭い微笑んだ。すると、柔らかなメリッサの頬がみるみるうちに薔薇色に染まる。
久しぶりに正面から見るその反応に、顔の筋肉が緩みそうだ。込み上げる愛おしさに、口を開こうとしたその時。
ひょっこりと窓枠に顔を覗かせたペルーンが、しなやかに俺の肩に飛び乗った。
「うわっ……ペルーンっ!」
「あっ、ダメよペルーンあなたまだ――」
慌てるメリッサなどお構いなしに、ペルーンがさわさわと尻尾を揺らし俺の首筋をくすぐった。
「ははっ、やめろくすぐったいっ」
「クナァ~ン」
抱き上げようとしたその拍子に、ペルーンの前脚が俺の頬にぺたんと触れる。
しっとりとした感触と土の匂い。頬に触れると指先に黒い汚れがついた。
「ジークさんごめんなさい。まだこの子、土を払っていないの」
「ははっ、大丈夫だ。お前も頑張ったんだなペルーン」
「クゥナッ」
ペルーンを抱き上げ目を合わせると、誇らしげな鳴き声で返事をした。
「ほらペルーン、一度お外で土を払いましょ……」
困ったように眉を下げるメリッサに、上機嫌なペルーンを手渡そうとしたその矢先――。
てんとう虫が目の前を通り部屋の中に入ってきた。
「クウナー!」
メリッサとお互い気を取られたその隙に、ペルーンがスルリと俺たちの手をすり抜ける。あろうことか、そのままてんとう虫を追いかけ部屋の中に入っていったのだ。
「あっ、ペルーン!」
「待て、まだ土がっ!」
焦る俺たちを横目に、土だらけのペルーンが小さな足跡をつけながら部屋の中を駆け回る。捕まえようと試みるが、すばしっこいペルーンに苦戦して、くらりと眩暈に頭を押さえた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ。大丈夫――」
あっという間に部屋の中を汚したペルーンが、一瞬目を離した隙にどこかへ消えてしまった。もしかして、と嫌な予感に扉を見る。
すると、リビングのほうから、バルカンの怒鳴り声が響いた。慌てて部屋から顔を覗かせれば、バルカンが尻尾で器用に、床を掃ているのが目に入る。
『まったく! お前は何で土を払わずに入ってくるんだ! 何度言ったら分かる!? 次やったら、ただじゃおかないぞっ』
どこかその姿は、師匠の屋敷から通う侍女のマーサにそっくりだ。彼女は屋敷から魔法陣を使い家に訪れては、俺たちの世話を焼いてくれた。
俺も小さな頃はマシューと共によく怒られたものだ。しかし、師匠はいまだに食事前に菓子を食べては怒られている。
師匠は彼女に叱られると、ぐうの音も出ないようで、実はマーサが誰よりも恐ろしいのではないかと俺は思っている。
「クナァ〜ン」
『むっ、おいチビ。お前それよりどこから入ってきたのだ?……まさか小僧の部屋からかっ!?』
ドスドスと足音を立て、こちらに向かってくるバルカン。すでに怒り心頭の彼が、この部屋を見ればどうなることか……。
『邪魔だ退け』
扉の前で口笛を吹き通せんぼを試みる。しかし、バルカンの大きな肉球に押しのけられ、よろりと簡単に扉の前を明け渡してしまった。
くっ、この弱った足腰が憎らしい!
部屋の惨状にバルカンのたてがみが、ゆらりと立ち上がる。これは不味いやつだ……。
青ざめながら、あの時の二の舞にならぬよう、慌てて耳を押さえた。
『こぉのっ――馬鹿者がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
悲鳴根の後遺症が治りきっていない頭には、手のひら越しに聞こえるバルカンの怒声は少々辛い。
俺が目を白黒している間に、バルカンがペルーンを追いかけ回す。慌てて逃げるペルーンが、家中に足跡をまき散らし、それを見たバルカンがさらに怒るの悪循環だ。
俺を軸にして、聖獣たちがぐるぐると走り回る。それを見ているだけで、眩暈がぶり返しそうだ。
勘弁してくれと頭を抱えたその時。
――カンカンッ!
金物が打ち付けられる甲高い音に、聖獣たちがピタリと止まる。
「そこまでっ! 追いかけっこはおしまいよっ!」
後光を背にして現れた救世主。その人物は、両手にフライパンと木杓子を持ち仁王立ちしていた。
手に持つ武器は可愛らしいが、なんと凛々しい姿だろうか。
メリッサの新たな一面に、俺はますます惚れ直したのだった。
いつもご感想ありがとうございます。
書籍化作業も終わり落ち着いてきたので、
新しくいただいたご感想からお返事できたらなと思います。
それ以前のご感想もとても嬉しく大切に拝読いたしました。
ありがとうございます。






