バルカンのお土産
活動報告でもご報告しておりますが、
前回投稿させていただきました第71話『菜園の宝探し』を加筆いたしました。
ジークがどのようにして倒れていたか掘り下げているので、よろしければご覧ください!
『おい、我に土を取りに行かせておいて、お前たちは何を休んでおるのだ』
閉じた瞼に影が差し、不機嫌な声が降ってきた。
そのよく知るふてくされた声に、ぱちりと目を開ける。すると、バルカンがじとりとした目をして、寝転ぶ私とペルーンを見下ろしていたのだ。
「あらバルカン! ふふふ、おかえりなさい。雑草を抜き終わったから、ちょっとだけ休憩をしていたの」
『まったく! せっかく良いものを持って帰ってやったと言うのに、我を差し置いて休んでおるとは……』
「良いもの? 何かしら!」
嬉しそうに起き上がる私とペルーンに、バルカンがむすりと口を曲げ、咥えていたバケツを地面に置いた。
その中を覗き込めば、ふかふかの腐葉土の上に拳二つ分程の大きな卵が五つごろりと入っていたのだ。
「わぁ! 大きな卵! ねぇ、もしかしてこれって……」
『双子鳥の卵だ。腐葉土を取りに行った近くに巣を見つけてな。昨日食べてみたいと言っていただろう?』
「やっぱり! これがあの双子鳥の卵なのね……採ってきてくれるなんて嬉しいわ! ありがとうバルカン」
『まぁ、我も久方ぶりに食したくなったからな』
ちょうど昨晩『下巻』で双子鳥のページを読んだばかりだ。
双子鳥は名前の通り二卵性で、必ず一つの卵から雄と雌の雛が産まれてくると書いてあった。
翼が片側だけしか生えておらず、左右互いの羽を補うように寄り添って行動しているそうだ。そのため、飛ぶことができず地面を歩いて移動するらしい。
攻撃力が低いかわりに身を守ることに長けている魔物で、外敵に襲われた際、翼が鋼のように硬くなる。そして、お互いの体を包み込むように一つになって丸くなるのだとか。
どんなに踏まれても切りつけられてもびくともしない。大きな魔物に丸呑みにされても頑丈な翼は溶けず、吐き出されるまでお互いを守り抜くそうだ。
生まれる前から強い絆で結ばれた双子鳥に魔物の奥深さを感じる。そして何より卵に興味をそそられた。
その卵の中にはもちろん黄身が二つ入っており、鮮やかで濃い色をした卵黄は、濃厚で鶏卵の何倍も美味しいのだとか。
卵を奪うのは罪悪感が湧きそうだが、ガジルが絶賛する魔物の卵はどれほど美味しいのだろうか。そう昨晩『下巻』を読みながら双子鳥の卵に思いを馳せたのだ……。
目の前のそれに目を輝かせ、卵料理のレシピを頭に浮かべる。
一番簡単なゆで卵や目玉焼きなら失敗はなさそうだが、今日収穫した野菜と塩漬けの鉱石猪を使ってオムレツなんてどうだろうか。バターの香りを纏ったふわふわのオムレツを想像しただけで頬が緩む。
それに、卵があればデザートだって作れるのだ。首長羊のミルクと蜜の木の粒を使ってプリンができるはず。甘くてぷるぷるのプリンはきっと聖獣たちに喜ばれるだろう。
しかし、もし有精卵がこの中に混ざっていたらと思うと複雑な気持ちになった。
以前読んだ本には、野鳥の場合だが有精卵と無精卵を見分ける時、卵に光を当てて確認をすると書いてあった。もし有精卵なら血管のような模様が透けて見えるそうだ。
けれど、それも何日か温めてからでないと模様が浮かび上がらないので、無精卵の場合腐ってしまう。
バルカン曰くこれは新鮮な卵らしいので、何も見えないと思うが、試しに一つ卵を持ち上げ陽の光にかざしてみる。
『何をしておるのだ?』
「有精卵か無精卵か見分けられないかしら……? やっぱり分からないわね……」
『これはすべて無精卵だぞ。双子鳥は無精卵を産んだら巣の端によけて見向きもしないから、それを採ってきた。あやつらは有精卵しか懐で温めないからな。ちなみに、今日見てきた巣はどこもまだ有精卵を産んでいないようだったぞ』
「まぁ! そうなのね。良かった~……『下巻』にはそこまで書いていなかったから、卵の味は気になるけど実はちょっぴり罪悪感を感じていたの。駄目ね私ったら。魔物の森ではそんな甘い考えは通用しないのに」
眉を下げ胸を撫で下ろす私にバルカンが不思議そうな顔をする。
『もし有精卵が混ざっていたらどうするつもりだったのだ?』
「そうね……一度手を離れた卵は育児を放棄される可能性があるから、孵化させて育ててみようかしら? 上手くいけば菜園の害虫も食べてもらえるかもしれないし、鳥小屋を作って卵を産んでもらえたら毎朝朝食に新鮮な卵が食べられるかも――」
『おぉ! それは良い考えだな!』
私の話に興奮したように食いつくバルカンに慌てて手を振る。
「けど、無理に有精卵を採ってこないでね! これはもしものお話だから」
『ふむ……。まぁ、メリッサがそう言うなら巣も見つけたことだし無精卵を採りに行くだけにしてやろう』
少しだけ残念そうだが、納得してくれたバルカンに安堵する。そんな私たちのやり取りに、ペルーンが不思議そうに首をかしげていた。
そしてバケツの中を覗き匂いを嗅いでは、そろりと前脚で触っている。どうやら、まだ双子鳥の卵を食べたことがないようだ。
「ふふっ、私も双子鳥の卵は食べたことがないけれど、ペルーンもきっと卵料理は気に入ると思うわ! 楽しみにしていてね」
「クナァ~ン!」
ペルーンが嬉しそうに尻尾を振ってバケツの周りをくるくると回る。
「ふふふ。よしっ、そうと決まれば土を耕して腐葉土を混ぜなくちゃ! 早く種まきを終わらせてお昼ご飯を作りましょう!」
座っていた雑草のクッションから勢いよく立ち上がる。そして、もうひと頑張りと気合を入れるように、尻についた土を払い落したのだった。






