菜園の宝探し
メリッサ……
誰かに呼ばれた気がして後ろを振り返る。
「……?」
視線の先には、風に揺れ涼やかな音を奏でる深い緑だけ……。
どうやら空耳のようだ。
バルカンは出かけているし、ジークに関しては安静にするようにとベッドに押し込んできた。
彼の腹の傷もだいぶ癒えたと思いきや、先日あることが原因で、ふたたび寝込むことになったのだ。
その原因というのは、とある朝のこと……。
ぐっすりと眠るジークとペルーンを家に残し、首長羊の乳を搾りにバルカンと外へ出かけた。
桶いっぱいのミルクを抱え家へ帰る道すがら、悲鳴根を見つけたのだ。病み上がりの彼に悲鳴根のポタージュなんて良いかもしれない。
ちょうど昨晩作った三つ眼鳥のブイヨンがある。それに、この搾りたてのミルクも。
それらで悲鳴根を煮て丁寧にこせばポタージュになるはず。
今まで作ってきたさらりとしたスープと違い、とろりとしたポタージュの口当たりに聖獣たちも驚くはずだ。
新たなレシピを頭に浮かべニコニコと微笑む私にバルカンが不思議そうな顔をする。
『なんだ? やけに楽しそうだな』
「ふふっ、お家に帰ってからのお楽しみよ! それより、バルカンも耳を塞いでいてね。さぁて、これは笑ってくれるかしら? 」
耳栓をしていつもの手順で悲鳴根を土から引き抜いたーー。
その時、視界の端に何かが動く姿をとらえた。
魔物かしら?
警戒しながら愉快に笑う悲鳴根の息の根を止めると、視界に映った正体を突き止めるべく振り返る。
すると、緑の生い茂る中、何かが地面に転がっているのがちらりと見えた。
何となく見覚えのある色に、じっと目を細める。
「何かしら? ……っ!?」
予想だにしなかった状況に目を見開き、慌てて駆け出す。
「ジーク!!」
草の間から見えていたそれは、最近ますます色素が濃くなってきたジークの深紫色の髪だった。
苦悶の表情を浮かべ、うつ伏せに倒れている彼に既視感を覚える。
ああ、なんてこと! どうしてこんな所にっ……。
ピクリとも動かないジークの口元に手を伸ばす。すると、手のひらに温かな風を感じた。
「よ、良かった。息があるわ……身体も新しい怪我はなさそうね。頭は打っていないかしら……」
繰り返される正常な呼吸に、詰めていた息を大きく吐いた。ジークの身体を心配する私の肩に、バルカンが呑気に顎を乗せる。
『やれやれ、またか。メリッサ大丈夫だ。よく見てみろ。草がちょうどクッションになっているから、これなら頭を打っても大した衝撃はないだろう』
バルカンが呆れたように前脚でジークの頭をコツンと小さくつつく。確かに彼の顔の下には、こんもりとしたふかふかの草が生い茂っている。
ゆっくりとジークの身体を仰向けにすると、たんこぶ一つできていなかった。
「本当だわ……頭は打ってなさそう。きっと、悲鳴根を地面から引き抜いた時に、運悪く居合わせてしまったのね……」
土から引き抜いた悲鳴根を丘海月で包み込む時、どうしても漏れてしまう悲鳴は耳栓越しでも強烈だ。
直接聞けばさぞ凄まじい威力だろう。
現にあの一瞬でジークは気を失っている。
その悲鳴も一瞬なら命に別状はない。しかし、気絶して数日耳鳴りや頭痛、吐き気に悩まされるそうなので、彼はまた当分ベッドから出られないだろう。
最近、やっと傷も癒え体力も前より回復してきたのに。彼には申し訳ないことをした。
次からは悲鳴根の収穫をする際、もっと周りに注意を払わなければ。誰かと別行動をしている時は、なおのこと気をつけなければならない。
もし丘海月に上手く包み込まれず失敗していたら、今頃どうなっていたことか……。
考えただけでも恐ろしい。
最近、手慣れた悲鳴根の収穫に気を抜きすぎていた。慣れた頃に失敗をするものだ。
ジークには悪いが、今回は不幸中の幸いかもしれない。
それにしても、二度も彼が倒れているのを目撃するのは肝が冷える。さすがに三度目はないと思いたい。
『しかし、とんでもなく間抜けな奴だな……面倒を増やしよって。ほら、メリッサ帰るぞ。桶を忘れるなよ』
「そうね。早くベッドに寝かせなくちゃ!」
バルカンが意識のないジークを背に乗せ家に連れ帰る。
慌ただしく寝室の扉を開く私に、ペルーンはそんなことなどつゆ知らず。大きな鼻ちょうちんを作ってぐっすりと眠っていたのだ。
その姿に、一瞬にして肩の力が抜けたのを今でも覚えている……。
「そう言えば、あの時の鼻ちょうちんは今までで一番大きかったわね。ふふっ」
「クナァ?」
突然、草をむしる手を止めた私に、ペルーンが不思議そうな顔をした。
「ふふふ、なんでもないわ。さぁ、続きをしなくちゃ!」
荒れ放題の菜園で土にまみれながら雑草を抜いてゆく。今までいろいろあり過ぎて放置していたのだが、やっと整えることにしたのだ。
「あら。また違う若葉! ここにもたくさん生えているわ。 ペルーン踏まないように気をつけてね」
「クナァーン」
ペルーンが器用に若葉の間を縫うように歩く。そして、ひときわ緑が密集する場をタンッと飛び越え、足元へ擦り寄ってきた。
「ふふっ、あなたって本当に器用ね」
得意げな顔で見上げてくるペルーンに微笑み、新しく見つけた若葉に視線を落とす。
これで雑草と様子の違う何か分からない植物を見つけるのは三度目だ。それらはまだ葉も小さくあまり特徴のある形状をしていない。
そのため『植物図鑑』を読み込んでいても、さすがに今の段階で何の植物か判別がつかないのだ。
菜園の区画ごとに種類の違うそれらが分かれて生えている。きっと、ガジルが植えた植物が毎年花を咲かせ、自然と地に落ちたこぼれ種から成長しているのだろう。
人の手が離れ野生化したそれらは、落ちた種そのままに芽を出している。そのため所狭しと窮屈そうに密集しているのだ。
大きな株だけ残しあとは間引いてしまおう。せっかく種から芽を出しているのに可哀そうだが、そうしないと養分がいきわたらず大きく成長しないのだ。
かわりに間引いた芽は、試しに別の場所に埋めてみる。もしうまく成長すれば、収穫できる作物が増えて食いしん坊たちも喜ぶはず。
ちなみに、何か分かる野菜も見つけた。それは土から球根部分が半分顔を出していたエシャロットだ。
密集して育ったせいで、時期的にそろそろ収穫期を迎えるのに球根部分が痩せている。
そのため、いくつか間引いて地上に顔を出している部分に土をかけることにした。
間引いた物は若葉同様、別の場所に植えてみる。それと幾つかは今晩の夕食に使うのだ。
あとは、この家に初めて来た時に見つけたトマト。まだ株は小さいが他の若葉に比べて葉が判別できるくらい成長しているので一目見て分かった。これも間引いた物は別の場所に植え替える。
トマトの株を観察してみると、ふわりと少し青臭い爽やかな香りがする。普段口にしていたトマトに青臭さを足したような濃い香りだ。まだ実もついていないのに、既に嗅ぎ慣れた香りがして驚いた。
「クナァン!」
「なぁに?」
にこにこしながらトマトの収穫を想像していると、土を前脚で掘りながらペルーンが私を呼んでいる。
そこには、これまた雑草とは違う、ふさりとした緑の葉が生えており、オレンジ色の根がちらりと顔を出していた。
「あら! これ、きっとニンジンだわ!」
密集する葉に手を伸ばし力を入れて引き抜く。すぽりと抜けたそれは、ひょろりと細く痩せていた。収穫するにはまだ早く、間引くのにちょうど良いタイミングだ。
勿論、間引いたものはエシャロット同様今晩さっそく使う。久しぶりのハーブや悲鳴根以外の野菜だ。
まさかずっと放置されていた菜園で、こんなに多くの野菜が見つかるなんて。
雑草を抜いていくと、隠れていたハーブや野菜が顔を出し、まるで宝探しのようだ。
汚れた手で汗を拭い、顔に土がついても気がつかないほど熱中した。
「よいっしょ! っん〜!」
腰の高さまである雑草を両手で引っ張る。けれど、地面に張った頑固な根のせいで中々抜けない。
ペルーンが葉の先を咥え一緒に引っ張ってくれるが、手強い雑草はそれでもビクともしなかった。
「はぁ、はぁ、なかなか手強いわね……」
「グナァ〜」
引っ張るのを諦めたペルーンが、今度は草の根本を掘りだした。その甲斐あって、引っ張りながら掘り起こされた雑草が、ぶちりと根の千切れる音を鳴らす。
最後に、ズボリと土を巻き込み立派な根っこが顔を出した。
「きゃあっ!」
身体が傾くほど体重をかけて引っ張っていたせいで、勢い余って後ろへ倒れこむ。
「クナゥ!?」
「ふふふ、大丈夫よ。雑草がクッションになってくれたわ! ほら、見てこんなにふかふか!」
抜いて積んでいた雑草が、ちょうどクッションになり尻を強打せずに済んだのだ。尻餅をついた私に慌てて駆け寄るペルーンを抱き上げ、自分が座っている雑草の山に降ろした。
「今ので草むしりは済んだし、ちょっとだけ休憩しましょうか」
「クナァン!」
この後は、バルカンが取りに行ってくれている腐葉土を撒くために、土を掘り起こさなければいけない。
しかし、休憩も必要だ。お使いを頼んだバルカンには悪いが少しだけ、と雑草のクッションに身体をあずけた。
「はぁ〜、気持ちがいい……」
寝転ぶように伸びをする。
目の前に広がる空は青々と晴れ渡り、翼があればどこまでも飛んでゆけそうだ。
あまりの清々しさに土で汚れた手を空へと伸ばす。
貴族の頃は爪の間に土が入り込むことなど絶対にあり得なかった。それに草の上に寝転ぶなんて眉を顰められてできなかっただろう。
大きく深呼吸をすると、土と植物の香りを間近に感じる。この香りも貴族のままならば、知ることができなかった。
ここには気分が悪くなるほどきつい香水の混ざった香りなんてしない。
安心する自然の香りに口元を緩めた。
しっとりと汗をかき、火照った頬を風が優しく撫でてゆく。その涼しい風が心地良く、ゆっくりと流れる白い雲を追っていた瞳を閉じる。
さわさわと葉の揺れる音に癒され、身体の力を抜いたのだった。
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