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霧散する魔力

 闇の中を抜けてからは、息をひそめ木の実を口にしては乾く喉と空腹を紛らわし、俺を陥れた者の事を考えた。

 あの囁き声を信じたわけではないが、ルトガーの後ろに誰かしら俺を排除したいと考える者がいる事は間違いない。

 いつものお茶会と違う違和感を探せば、行き着くのはやはり新顔の護衛だ。あれは誰かの回し者だろう。

 ルトガーに腕輪の注文先を尋ねたが、その答えを護衛に遮られたのだ。

 護衛も一日中同じ人間がついているわけではないので、その時もたまたま違う人物なのだと思っていたが、もっと怪しむべきだった。

 ただ、新顔の割に距離が近くルトガーの様子からして、もしかすると誰かの推薦で付けられた護衛なのかもしれない。


 俗物から離れた師匠の家とは違い、城では様々な思惑を持った者がいる事を理解し警戒していた。

 それなのに、こんな事になってしまうとは。

 自分では気づかない程、邪気のない血の繋がった弟に懐かれ浮かれていたのだ。


 襲われた当初は、同じ腕輪をしたルトガーが心配だった。だが、もし俺と同様ルトガーも処分するつもりなら、あの時一緒に襲われていた事だろう。

 そう考えると、目的はやはり俺だけの様だ。


 ルトガーの腕輪に付いていた石も純度の高いもので美しかったが、俺の腕輪に付いていたものより小さい。

 あの大きさで質の良い水晶なら、大きさの割に値は張るが貴族なら誰でも簡単に手に入る。

 それに、何度思い返しても、やはりルトガーの腕輪に付いていた石はただの水晶だ。

 だが俺の腕輪に付いていた石は……。あの力はいったい何だったのか。

 魔道具を発動させ、あれほど強い力を発揮するなど、魔石だとしか思えない。だが無色の魔石は聞いた事がないのだ。

 あれを誰から手に入れた物なのか、護衛に邪魔されて聞けずじまいだったが、ルトガーの様子からすると親しい相手の様だった。

 やはり、日頃からこちらを監視している兄上の仕業なのだろうか。

 それなら、ルトガーの新しい護衛を推薦する事も簡単だ。腕輪の手配だって兄上なら安心してルトガーも任せるだろう。

 あの人はルトガーをかなり溺愛している。可愛い末の弟に懐かれている俺が疎ましかったのか。

 それとも王位継承権があっても、今まで居ない者の様に扱われていた俺が、今更城に戻されたのが原因だろうか。

 別にルトガーをこちらに引き込もうなんて考えた事もなければ、王の座などこれっぽっちも興味がない。どちらにしても迷惑な話だ。


 今頃マシューは心配し気を揉んでいる事だろう。師匠に関しては確実に怒っているはずだ。

 俺が行方知れずになってから今日で何日目なのか。

 闇の中を彷徨い、魔物と闘って意識を失っていた事もあり、あの日からどのくらい時間が経過しているのか分からない。

 城では今、俺の扱いは一体どうなっているのか……。

 ルトガーは本当に大丈夫だろうか。


「呑気に赤くなっている場合ではないな。早く俺の無事を知らせてルトガーの身の安全も確認せねば……」


 腕輪が外れた今、マシューと師匠に伝達魔法を送ろうと掌に魔力を集中させる。

 だが、何度やっても魔力が乱れて鳥の形すら形成する事ができない。

 何故だかストッパーがかかった様に、後もう少しと言うところで掌に集めた魔力が霧散してしまうのだ。


「っ、何故だ……? 腕輪は外れているのに」


 バルカンの言う通り、まだ魔力が安定していないのだろうか。

 早く知らせをと焦る気持ちが更に魔力を乱れさせてしまう。


「魔法が使えない事がこんなにもどかしいとは……」


 役に立たない右手をベッドに放り投げ、幼い日の事を思い出す。

 師匠に初めて魔法を習った時、あの頃も今と同じように魔力が霧散して上手く魔法が使えなかった。

 あの時はどうやって克服したのか。

 どうもマシューと出会う前は、言われた事だけを淡々とこなしており何となくしか覚えていない。

 あの頃は、魔法が上手く使えなくても大した感情も湧かず、ただ与えられた特訓を無感情に繰り返していた。

 だが今の俺はこの状況がとても歯痒く感じるのだ。あの頃と比べると、かなり人間らしくなったのだろう。

 それにしても、あっけなく敵の襲撃に遭った自分の不甲斐なさにまた落ち込む。


「はぁ……これでは本当に師匠に叱られるな」


 魔法を使わずともそこそこ戦える自信はあったし、日頃から訓練していたにも関わらずこの体たらく。

 城での警戒もそうだが、自分の力を過信して油断していた。

 魔法が使えない今、いち早く知らせるには自力でこの森を抜け城に戻るしか方法がない。

 だが、まともな武器がなく傷を負ったこの身体では、あの闇に潜む得体の知れない何かと対峙しても勝てる気がしないのだ。

 むしろ、またあの闇に入って本当に抜け出せるのだろうか。魔物の森から生きて帰ってこれた者の話など聞いた事がない。

 そもそも光のないあの異様な空間は一体何なのか。

 どこか、闇に面していない抜け道があれば良いのだが、もしこの森全体を囲むようにして闇が広がっているなら抜け出すのは容易な事ではないだろう。


 眉間に皺をよせ天井を見つめていると、扉を控えめにノックする音が聞こえた。

 返事をすれば、ペルーンを肩にぶら下げたメリッサがそろりと顔を出す。


「お加減どうですか? よろしければ痛み止めの薬草を採ってきたので、傷口の様子を見たいのですが……」


「ありがとう。じゃあ、……」


 眉間の皺を解き、メリッサに微笑みながら口を開いた瞬間、腹から地響きに似た低い音が盛大に鳴り響いた。

 その激しい音に、思わず腹に手を当て唖然としてしまう。森に入ってまともな食事を摂っておらず、今になって腹の虫が暴れだしたのだ。


「……っ、ふふ。食欲がありそうで安心しました。まずは傷口の手当をしてから食事を持ってくるので、少し待っていてくださいね」


 一瞬目を丸くしたメリッサが、口に手を当て小さく笑い、扉の向こうに消えていく。

 恥ずかしさのあまり、先程とはまた違う意味で熱くなった顔を押さえ横向きに丸まった。


『お前、腹の中に地竜でも飼っているのか?』


 またしても、いつの間にか側にいたバルカンの呆れ声を聞きながら更に身を縮める。

 森に入ってからどんなに空腹でも今まで静かだったのに、彼女の前に限って鳴き出した腹の虫を恨んでいると背中に小さな衝撃が走った。

 驚き赤い顔のまま振り向けば、ペルーンが瞳を爛々と輝かせ俺の背中によじ登っていたのだ。

 その様子に戸惑い、丸めていた身体をそっと伸ばすとペルーンが俺の腹に回り込み、興味津々に丸く小さな耳をぴたりと押し当てたのだった。


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