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ジークの回想 深い闇の囁き

 次に目を覚ましたのは、不気味な鳴き声が響く真っ暗な闇の中だった。

 あまりの暗さに目隠しでもされているのかと疑うほど深い闇の中で戸惑う。

 頬にチクチク突き刺さる草と土の香りに外なのだと気付き、意識を失う前の男達の言葉を思い出して息をのんだ。


「まさか……魔物の森なのか?」


 咄嗟に出た自分の掠れた声は、どこからともなく聞こえてくる耳障りな鳴き声にかき消された。

 幸いな事に手足は縛られておらず、辺りを見渡しながらゆっくりと起き上がる。

 どこを見ても真っ暗な深い闇の中に、魔法で明かりをともそうとすればくらりと眩暈がした。


「そうだ……腕輪のせいで魔法が……っ」


 何も見えない中、丸腰で魔法が使えないこの状況に冷やりとする。

 自分がどれだけこの場で気を失っていたのか分からない。だが、陽がないと言う事はやはり夜なのだろうか。

 けれど、月も星達さえも覆いつくす程の深い闇に、いつまで待っても朝陽を拝める気がしない。

 どうするかと痛む頭に手を当てると、長かった髪が短くなっている。

 何のために切り取られたのか分からないが、久しぶりに軽くなった頭を恐怖を誤魔化す様にガシガシと掻きむしった。


 そんな時、ふと気配を感じ動きを止める。目には見えなくとも何かがこちらをじっと見つめているのを肌で感じるのだ。

 その気配と言うのも、人ならざる者のようなどこか底の知れない不気味さで背筋がぞくりとする。

 ゆっくり振り返ると、微かに聞こえる骨を砕くような音と血生臭い匂いが風に乗ってやってきた。


 自分の他に良い餌があったようで、こちらに視線を向けているにもかかわらず、襲ってくる気配はないようだ。

 もしあの食事が終わり、また腹がすいた時は、次こそ自分がこの得体の知れないものに食われるかもしれない。

 今のうちに動く気配のないそれから少しでも遠くに行こうと、あちこち痛む身体で少しずつ歩みを進める。

 後ろから感じる気配の恐怖と、次に踏み出す足元には地面がないかもしれない。這い上がれないほど深い谷底に落ちてしまうのではないか。

 そんな見えない恐怖と闘いながら、足の裏に感じる小石と草の感触を確かめ一歩一歩踏み出す。

 それでも頭を掠めるのは、すでに谷底に落ちていて、この暗闇は一生晴れる事のない闇の底なのではないかと絶望と不安の種が心に芽生える。

 だがそんな時は、あの男の望み通り易々と魔物の餌になってたまるかと竦む足に力を入れた。

 いつ襲われるか、いつ足を踏み間違えるか分からない、綱渡りをしているような緊張を全身に走らせながら懸命に歩みを進めたのだ。


 足裏に感じる土の感触が変わってきた頃、漸く血の匂いから遠ざかり、視線を感じなくなった。

 まだ油断は出来ないが、少なくとも気配を感じなくなるほどあの不気味なものから距離を取れたのだ。

 詰めていた息をゆっくりと静かに吐き出すと、今度は近くでカサリと葉の揺れる音がする。

 警戒し音の方に目を向ければ、無数の不気味な赤い目が現れた。

 ぞろぞろと不気味に近づく無数の赤い目を見えない拳で殴り威嚇すると、怯んだのか波の様にひいて行く。

 それでもなお、赤い目はこちらを少し離れた所から窺がっているのだ。

 ここで立ち止まれば最後、群がってくる魔物と自分自身の恐怖に負けて闇に飲み込まれそうで、止まりそうになる足を無理やり動かした。

 そんな時、深い闇の中から人の様で人ではない囁きがどこからともなく聞こえくる。


 お前の弟は本当に懐いていたのか?

 お前を殺すために近づいたんじゃないのか?

 その証拠がその腕輪だろう?

 お前の魔力を吸い取ってじわじわといたぶり殺すためさ。

 こんな所に捨てられたのがその証拠。

 城から追い出されていた癖に、今更のこのこ戻ってきたお前が疎ましいのさ。

 みんなお前が憎いのさ。

 何でマシューは呼びに来なかった?

 何で師匠はお前を城に戻した?

 お前が要らないからさ。


 お前は誰からも必要とされていないのさ。

 みんなお前に死んでほしいのさ。


「うるさいっ!」


 言い聞かせるように何度も繰り返し囁いてくる声に我慢ができず耳をふさぎ立ち止まる。

 方向感覚の分からない闇の中、ひたすら歩き続けていた足をついに止めてしまった。

 そのせいで、考えない様にしていた進むべき方向が今更ながら分からず、戸惑い次の一歩が踏み出せない。

 離れた所で手ぐすね引いて待っていた赤い目達が再びぞろぞろと近寄ってくる。

 焦る気持ちと闇に飲み込まれそうな恐怖。ねっとりと絡みつくような囁き。

 そして何より、こんなくだらない言葉に惑わされ、たった一歩が踏み出せなくなった自分に強い苛立ちを覚えた。


 無邪気に笑い純粋に俺を慕うルトガー。

 誰よりも俺を理解し親友の様で時に兄弟の様なマシュー。

 ちょっと横暴で厳しく、分かりにくいがちゃんと愛情をもって育ててくれた父の様な祖父の様な師匠。

 彼らと過ごした日々に偽りなど一つもなくて、どれも温かいものなのだ。

 それなのに、こんな囁きに耳を貸すなど馬鹿げている。


 冷えていた身体に怒りが沸々と湧き上がり熱を持つ。

 ぎりりと奥歯を嚙み締め、足元に絡みつき這い上がってこようとする赤い目達を勢いよく蹴り飛ばす。


「どけ、邪魔だっ!」


 頭の中にどくどくと脈打つ音が響き、しつこい囁きがかき消される。

 もう何も惑わされまいと、規則正しく聞こえてくる自分の鼓動に集中し目を閉じた。

 魔力を吸い取られ続け、徐々に身体は重たくなってきているが、先程よりも足に力が入る。

 強い追い風が吹き、ぐんと背中を押されている気がして大きな一歩をふみだした。


 その力強く心地良い風に身を任せ歩みを進めると、瞼の裏に待ち望んでいた光が差したのだ。


 一筋の眩しい光に薄目を開けると、久しぶりの明かりに瞬きを繰り返す。

 葉の隙間から差し込む光の道を駆け、長い闇からやっとの思いで抜け出せたのだった。

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