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ジークの回想 封じの腕輪

 その日、ルトガーは部屋へ入った時からずっと、そわそわと落ち着きがなかった。


 そんな、気もそぞろな幼い弟を不思議に思っていると、鳥がコツコツ窓を叩く。いつもの急な師匠の呼び出しだ。


「僕が先に師匠のお話を伺っておきますから、ジーク様はもう暫くお茶会をお楽しみください。ルトガー様、ごゆっくりどうぞ」


「ああ、わかった。師匠には後で行くと伝えてくれ」


 マシューが早く来いと窓を叩き催促をする伝達魔法の鳥を捕まえて、魔法陣のある部屋に消えて行く。


「ルトガー悪いな。今日はゆっくり時間を取ってやれそうにない」


「はい……おしごとですものね。しかたありません」


 少しだけしょんぼりとしたルトガーの頭をさらりと撫でる。小さく形の良い頭に、癖のない子供特有の柔らかな髪の手触りが心地よい。

 そのまま撫で続けていると、くすぐったそうにルトガーが首を縮めてくふふと笑う。

 最後に乱れた髪を手櫛で整え名残惜しくも手を離した。


「じつはジークあにうえに、わたしたいものがあるのです」


 後ろに控えたいつもと違う護衛から、何かを受け取ったルトガーが、もじもじと恥ずかしそうにこちらを振り返った。

 くりくりとした大きな瞳で、こちらを伺いつつ差し出されたルトガーの小さな両手の中には、綺麗に包装された小箱が握られている。

 突然のプレゼントに驚きながらも、腕を高く伸ばした一生懸命な弟の様子にそっと小箱を大切に受け取った。


 早く開けてと顔に書いてあるルトガーにくすりと笑い、お礼を言いながら菫色のリボンに手をかける。

 ビロードのクッションが敷き詰められた箱の中には、立派な水晶のついた銀細工の腕輪が入っていた。

 魔石ではないが、今まで見た事のないくらい透き通った、純度の高いそれを窓から差し込む陽にかざす。

 まるで水の様に零れ落ちてきそうなほど美しい。これに魔力を込めれば、質の良い人工魔石が作れるだろう。

 水晶に魔力を込めるには時間も労力も必要だ。ましてやこれ程大きな水晶ならば、かなりの時間をかけて作らなければならない。

 自分の魔力を込めた魔石をプレゼントする事は良くあるらしいが、無色の水晶を装飾品にして送るのはあまり聞いた事がなかった。

 その為、自分で魔力を込めて使う何かの魔道具だろうかと腕輪の内側を覗く。

 けれど、何処にも呪文は彫られておらず、どうやら本当にただの腕輪の様だ。

 無色でも、どの宝石よりも引けを取らない美しさがあり、装飾品に興味のない俺でも惹かれてしまう。


「立派な腕輪だな。これを俺に?」


「はい、ぼくもジークあにうえとおそろいのものがほしくて……」


 ルトガーが控えめに袖をまくり細い腕に小さな水晶のついた同じデザインの腕輪を見せてくる。

 誰かと揃いの物を持った記憶なんて俺にはないが、もしかするとルトガーが参考にしている仲良しとはその様な定義があるのかもしれない。

 不安そうな、けれど何処か期待を滲ませた顔でルトガーが俺を見上げてくる。


「そうか、ありがとう。早速つけてみよう!」


 その一言で、ぱっと顔を明るくさせた可愛い弟は、この腕輪を渡すために今日一日ずっとそわそわしていたらしい。

 そんなルトガーの期待に添うべく、初めて兄弟からプレゼントされた腕輪を慎重な手付きで身に着ける。


「どうだ、似合うか?」


「はいっ、とっても!」


「お前も似合っているぞ」


 ルトガーがまろい頬を上気させ、それぞれが身に着けた大小の腕輪を見比べると、嬉しさを嚙み締める様に笑った。


「それにしても、この水晶は立派だな。俺も修業の一環で人工魔石を作る事はあったが、ここまで純度の高い物は初めて見た。この腕輪は何処で注文したんだ?」


「それは、」


「お話し中、申し訳ありません。ルトガー様、そろそろ退席せねばクランジーク様のお仕事の邪魔になってしまいます」


 控えていた護衛が、ルトガーの言葉を遮り声をかけてくる。

 護衛の言葉に時計を見ると、思っていたよりも時間が進んでいた事に気がついた。

 声をかけるタイミングの悪い護衛だが、再び話に花を咲かせる俺達に、師匠をあまり長く待たせるのは良くないと判断したのかもしれない。

 確かにそろそろ師匠から文句が飛んできてもおかしく無い頃なのだ。


「あっ、そうでした。ごめんなさいジークあにうえ……」


「いや、俺もつい楽しくて時間を忘れていた。この話はまた今度にしよう」


「はいっ! ジークあにうえ、おしごとがんばってください!」



 ルトガーを見送り一人きりになった途端、くらりと眩暈がして机に手をつく。

 その手首に違和感を覚え触れてみると、何故だか腕輪が熱を持っていた。


「っ!? まさかこれは……!」


 透明だった筈の水晶が、じわりじわりと紫色に色づき始めている。色が濃くなるにつれ魔力を放出した時の様な疲労感が身体を襲う。

 腕輪を外そうと手をかけるが、何故か外れずびくともしない。指を手首と腕輪の隙間に入れて内側をなぞってみると、指の先に何かざらりとした感触が伝わった。

 先程見た時には、彫刻一つ無かったはずだが、指先に伝わる線をなぞると呪文らしきものが浮かび上がっているのが分かる。


「魔法具か……っ、ルトガーは無事なのか!?」


 様々な疑惑が頭をよぎる。それでも、同じ腕輪を嬉しそうに着け、いつもと違う護衛を従えていた弟が心配で扉に手をかけた。

 廊下に出ようとしたその時、背後に不穏な気配を感じ振り返る。すると、黒尽くめの顔を隠した男が三人立っていた。

 自分の部屋には何重もの結界を張っている為、こちらが招いていない人間がそう簡単に侵入できない様になっている。それなのに、音もなくこちらが気づかぬうちに後ろに立たれていたのだ。


「何者だ!?」


 相手からの攻撃の前に魔法を発動させようとするが、ここで初めて全く魔法が使えない事に気が付いた。

 道理で結界が破られたわけだ。そんな事を頭の隅で冷静に分析しながらも背中に汗が伝う。

 相手も馬鹿では無い様で、一人が防音と部屋の外に出られないよう空間魔法を部屋中に張り巡らせている。これでは、攻撃された時に部屋の中の音が漏れる事はないし外へ出る事も出来ない。

 護衛が駆けつける事もなければ、下手をしたらほぼ仕事で引き籠るせいで何も不審に思われず、マシューが帰ってくるまで誰にも気づかれない恐れがある。

 だが、そろそろ師匠も痺れを切らしている頃だと思うので、マシューか顔を見せるか師匠の伝達魔法が飛んでくるはずだ。

 けれど、気を利かせた優秀な従者が師匠を何だかんだと言いくるめ、甘い茶菓子を用意してお茶を振舞っている可能性もあるのだ。そうなると中々帰ってこない。

 まさか、マシューの気の利いた行動が余計な事になり、師匠の短気がここまで恋しくなる日がこようとは夢にも思わなかった。


 そんな事を考えながら、いつも愛用している剣をちらりと横目で確認する。

 扉の前から少し離れた場所に置いてあり、何とかしてそれを手にしようと相手を探るが、黒尽くめの一人が目ざとく剣の存在に気がついた。

 目の前の一人が、手をかざし氷の刃を飛ばしてくる。それを合図に、誰も動かず緊迫した空気が弾かれみな一斉に動き出す。

 避ける俺を追いながら氷柱が音を立て壁に突き刺さる。お目当ての武器を掴んで転がると、そのまま剣を抜き別の方から飛んできた炎を薙ぎ払う。

 いつもより重く感じる剣を振るい攻撃を躱していると、黒尽くめの男達から焦りと苛立ちが見えてきた。

 日頃、師匠が不意打ちの様に何かを仕掛けてくるお陰で、鍛えられた反射神経を生かし四方から飛んでくる炎と氷を避けては払いを繰り返す。

 振り払った炎の火の粉が、俺の長い髪を数本ジリリと焼き、焦げた臭いが鼻につく。そんな中、初めて相手の声が聞こえた。


「おい、あまり炎を使うな!」


 炎を乱射する一人の男に、仲間が怒鳴り声をあげる。


「そうだ、勝手はするな計画通りにしろ。態々ここで俺達が殺す必要はない。言われただろう? こいつを殺すのは何があるか分からないからあの森に捨てて来いと」


「チッ! ちょこまかと! まぁ、そうだったな。仕方ねぇ、そろそろアレを使うか」


 炎を扱う男が魔道具らしき物を懐から取り出しこちらへ放つ。太い蛇の様に稲妻がうねりを上げて床を張ってくる姿に剣を構えた。

 すると目の前の男はニヤリと笑い、熱風を吹かせて足元に散らばっていた氷を溶かし辺り一面を水浸しにしたのだ。

 相手の目的に気が付き、防御魔法が使えない今の自分に逃げ場がないと目を見開いた。

 その瞬間、蛇のような稲妻が水に触れ、一瞬にして俺の身体にバチバチと強い衝撃を与えたのだ。

 見えない稲妻が足の先から頭の先まで駆け巡り、脳をグラグラと揺さぶる。その衝撃に軽い痙攣を起こしてその場に倒れ込む。


「はっ! ざまぁねぇな! 手間取らせやがって!」


「おい、俺はここまで威力のある物だと聞いてないぞ!」


「心配するな。奴隷で何度か試して気絶するくらいの威力に調節してあるらしい。これなら当分動けないそうだ」


「奴隷だと?……そんなもの今は廃止されているはず!……なんて野蛮なっ」


「オイオイ! お前、あんな腕輪作っておいて何グダグダ言ってんだ? お前も俺らとやってる事、変わんねぇだろ」


 耳が遠くなり薄っすらとそんな声が聞こえた。歪む視界の先に黒い靴が近づき、水を散らして顔の前で止まる。

 その人物は俺の髪を掴み上げ、刃物で一つに結んだ長い髪を切り落とす。その拍子に濡れた床へ、ベシャリと頭を落とされた。

 頬に伝わる濡れた床の感触を最後に、城での意識はそこで途絶えたのだった。

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