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ジークの回想 弟のルトガー

 あの日、いつも人の顔を見ては誰かの後ろへ隠れる弟が、初めて俺の部屋を訪ねてきた。


 珍しい客人に書類から顔を上げると、扉の前に立つマシューの背中越しに、今年5歳になったばかりの弟が、護衛の後ろへ隠れ、もじもじとしているのが目に入った。


「クランジークあにうえと、おはなしがしたいのです」

 

 まだ少し舌足らずな高い声で、一生懸命に話すその姿に目を丸めた。そんな俺に、マシューが伺う様にこちらを振り返る。

 戸惑いながらもマシューに頷けば、心得たとばかりに弟を部屋へ招き入れ、いそいそと客席にお茶の準備を始めた。


 俺が目の前のソファーに腰掛けると、緊張しているのか背筋をピンと伸ばしひざ小僧の上に置かれた小さな手をきゅっと握り込むのが目に入る。

 足を組んで紅茶を一口飲みながら、その様子を眺めていると、マシューが咳払いをした。

 態とらしいそれに目を向ければ、何か話しかけろと目で訴えてくる。渋々ソーサーの上にカップを置いて弟に向き合った。


「お前がここにくるのは初めてだな。話とは何だ?」


「っ! はい、あの……あの、ぼくっ……」


 びくりと肩を上げ、ちらりとこちらを見上げてくる弟に、黙って話を促すが中々次の言葉が出てこない。

 結局、唇を噛みしめ長い睫毛を伏せて沈黙した弟は、心なしかしゅんと肩を落としている様だ。


「んんっ、ごほん!」


 その様子を眺め再び紅茶に手を伸ばそうとすれば、マシューがまたもや咳払いをする。

 先ほどと同じ様に何か話せと目で訴え項垂れる弟に視線を向ける。

 俺だって話の続きがあるのだと黙って聞いていたのに、急に落ち込まれて困惑しているのだ。

 今まで関わる事のなかった弟と何を話せと言うのか。

 マシューを見返して目で会話をしていると、下を向いていた弟が意を決した様に勢いよく顔を上げた。


「あにうえっ!」


「な、なんだ?」


 今にも立ち上がりそうなほど前のめりになった弟に、居心地悪く少しだけソファーから身体を浮かせる。


「ぼく、クランジークあにうえと仲良しになりたいのです!」


 何を言い出すかと思えば、あれだけ怯えていた弟が自分に歩み寄って来た事に少なからず驚いた。

 ゆっくりと瞬きをする反応の薄い俺を見て、目の前の大きな瞳にゆらゆらと涙が浮かびだす。


「だめですか?」


「い、いや……」


「やっぱり、クランジークあにうえはぼくの事がきらいなんだ……」


 幼い子供と接する事など今までに一度も経験した事がない。

 その為、どう接すれば良いのか分からず考えあぐねていると、目の前の弟は一人で悪い方向へ解釈しどんどん落ち込んでゆく。

 先程の勢いは何処へやら、小さな身体を更に縮めて大きな瞳に溢れんばかりの涙を溜めている。

 こちらの話を聞かず、下を向いてグズグズと鼻を鳴らし始めた弟に困り、助けを求めるようにマシューを見た。

 茶菓子を用意しながら何をやっているんだと呆れた視線を向けてくるマシューの手から、やけくそにマカロンを奪い取る。


「ルトガー、こっちを向け」


「はい……ふがっ!」


 顔を上げたルトガーの小さな口に、レモンカードの挟まった黄色いマカロンを押し込んだ。驚いた彼が瞬きを繰り返す度に、母親譲りの新緑の瞳から溜まっていた涙が散る。

 泣き止ませる為に取り敢えず菓子を与えたのだが、思ったよりも効果てきめんの様だ。

 透明な涙を纏った長い睫毛が、きらきらと窓から差し込む陽の光を反射して、きょとりとした愛らしい姿にちょっとした悪戯心が浮かぶ。


「うまいか?」


「ふぁ、ふぁい」


 ルトガーが条件反射にこくこくと首を動かす。コクンと細い喉が上下したのを確認してニヤリと不敵に笑いかけた。


「それは師匠の菓子箱からくすねたマカロンだ。お前も共犯だな。ばれたら大岩で追い掛け回されるぞ」


「っ!?」


 俺の言葉を聞いてルトガーと、後ろに控えるいつもスラックスを皺くちゃにされている護衛が顔面蒼白になった。

 少し脅かしすぎたかと、くすりと笑いルトガーの涙に濡れた目元を優しく親指で拭ってやる。


「だが、その時は仲良しになった証に俺がお前を抱えて逃げてやろう」


「はいっ!」


 言われた事の意味が分かったのか、まろい頬を嬉しそうに赤く染め元気よく返事をした。

 そんな俺達を見て、マシューはにこにこと笑いながら小皿にマカロンを分け護衛にも進めている。


「どうぞ、共犯のお裾分けです」


「い、いえ! 自分は職務中の身ですから!」


「そんな、遠慮なさらず~。さぁ、どうぞ」


 全力で首を振って拒否をする護衛に、さぁさぁと朗らかな笑みを見せマカロンを進めるマシューにルトガーと目を合わせて笑いあった。

 それからと言うもの、度々ルトガーが俺の所へ遊びに来るようになり、執務室で小さなお茶会が開かれている。


 一度、廊下でルトガーに次のお茶会の催促をされていた時、ぞわりと背中に気配を感じた事があった。

 振り返れば、廊下の端から兄上がじっとりとした目でこちらを見ていたのだ。不思議そうなルトガーを促し、あの時は早々にその場から立ち去った。


 それから数か月後、ルトガーがある物を俺の所へ持ってきたのだ。

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