ジークの回想 拒否反応
俺が城に呼び戻される事になった時、マシューを連れて行くか、かなり悩んだ。
マシューの事を考えると、このまま師匠のもとか、親元に返したほうが良いのではと考えた。
だが当の本人は、当たり前のように自分の荷物をまとめ城に行く準備をしていたのだ。
「本当にお前もついてくる気か?」
「まさか、僕にだけ爺さん達の世話を押し付ける気じゃないでしょうね?」
平民のマシューにとって、城での生活は辛い環境になってしまうのではと危惧していた。
だが、当の本人からはじっとりとした目で見返され、あらぬ疑いをかけられる始末だ。
微妙な気持ちになりながら勝手にしろと言うと、城での生活が楽しみだと呑気に笑う。そんなマシューに気が抜け悩むのも馬鹿らしくなる。
今思えば、俺に気を使わせないようにそんな事を言ったのかもしれない。
やはり、いくら師匠の親戚でも、他国のしかも平民を第二皇子の従者につける事に、最初は周りから難色があった。
だが、幼い頃から一緒にいる事や皇帝からの了承と、師匠の有無を言わせぬ態度に皆沈黙したのだ。
それでもマシューを連れて城へ呼び戻されてからの数か月は、平民のマシューに風当たりが強かった。
俺の知らない所で何かしら嫌がらせや嫌味を言われていたらしい。
ただ、そんな事があっても気にしたそぶりを見せず、むしろ少し楽しげなマシューを取り敢えず見守る事にした。
そうすると、次第にマシューの人柄と扱い辛い師匠の要望を難なくこなしてゆく姿に一目置かれる様になり、今では俺よりも城に馴染んでいるのだ。
あの時の心配は杞憂だったと、厨房に顔を出す度にお裾分けを貰ってくる、ホクホクとしたマシューの顔を思いだす。
師匠やマシュー達のお陰で、賑やかな幼少期を過ごせた。
そのお陰もあってか、事故で亡くなったらしい側室だった母上の顔を覚えておらず、絵姿の一枚でさえ見た事がなくても、寂しいと感じた事は一度もなかった。
母上の事になると決まって皆、口を閉ざすので今でも自分の母親の事を詳しく知らない。
唯一知っているのは、母上は元々他国の人間らしく、帝国のとある貴族の養女として迎えられ側室に上がった事くらいだ。
皇后を母に持つ腹違いの兄上と姉上とは幼少期から故意に離され、父である皇帝と初めて顔を合わせたのも覚えている限りだいぶ成長してからだった。
その事などを踏まえると、母上との間に何か確執の様なものがあったのかもしれない。
ただ、そんな事は今も昔もどうでもよくて、近くにいない家族や自分の境遇についてはあまり関心がなかった。
側室だった母上の絵姿が一枚もない事や、健康なのに病弱扱いをされて師匠のもとに預けられるなど、普通なら気になって仕方がないような気がする。
だが、そのことに関して調べようと言う気が全く起きず、家族の事になると途端に関心が薄れるのだ。
あまりにも極端な自分に、何か人として欠落しているのではないかと疑う時さえある。
そのせいもあってか、成人の儀を迎え今更何故か城に呼び戻された今でも、必要以上に父上達に関わろうという気がない。
むしろ、できるだけ一緒に居たくないと思ってしまう。
もしかすると、無意識のうちに幼少期に放って置かれた事を恨む気持ちが何処かにあるのだろうか。
それで、彼らを避けているのだろうかと考えてみたが、どうもそれはしっくりこなかった。
けれど、言葉では言い表せられない、彼らに対して拒否反応に近い何かがある事は間違いない。
何故なら、目が合えば何とも言えない不快感が込み上げてくる。姉上に対してもそんな感情が湧き出ていたので、血の繋がりに原因があるのだろうか。
皇后や兄上の婚約者のようなクッション材が不在の時は、彼らの関心が真っすぐこちらに向かってくる。
そう言った時は、決まってぎくしゃくとした空気が流れるのだ。
その為いつも、じっとこちらを見つめる兄上の視線や、何かもの言いたげな空気を醸し出す父上から目をそらす。
そして、本題が終われば早々に自分の執務室へ篭る毎日だ。
ただ唯一、不思議な事に拒否反応が出ない血の繋がったものが一人いる。それは、腹違いの側室から産まれた年の離れた幼い弟だ。
彼は、城で常に不愛想な俺を怖がっているのか、顔を合わせるといつもびくびくと怯え護衛の後ろに隠れてしまう。
けれど、怯えている割に護衛のスラックスを握りしめ足の隙間からじっとこちらをよく見ている。
視線を感じてそちらを見れば、目が合うたびに隠れると言う繰り返しだ。
その為、あの時までは会話らしい会話をしたことがなかった。
城に呼び戻されてからは、色々な思惑を抱いて近寄ってくるものも多い。そんな輩をあしらうのもいい加減疲れてきた。
継承権など全くと言って良いほど興味がない。
要らぬ摩擦が生まれる前に早く放棄して師匠の下でこき使われた方が何倍もましだと思っていた矢先に今回の事だ。
ちなみに、マシューやその家族は貴族になるなどまっぴらごめんだと、跡継ぎがいない師匠の家を継ぐ気はないらしい。
幸い自分には未だ婚約者がおらず、師匠の家へ養子にどうにかして入らせてもらいたいと考えていた。
なのに、まさかこんな事になるなんて……。
護衛のスラックスを皺くちゃにして、くりくりとした大きな瞳でこちらを見上げてくる弟を思い出す。
大きな瞳に涙が浮かぶのを想像して、短くなってしまった自分の髪をぐしゃりと掴んだのだった。






