無意識と羞恥心
部屋の外から水分が蒸発する音が聞こえメリッサが慌てて部屋から出てゆく。
その後ろ姿を見送った後、身体が沸騰した様に突然ぐわりと熱くなった。鏡を見なくても耳まで真っ赤に染まっているのが自分でも分かるほど顔が熱い。
俺は先程、彼女に向って何と言ったのか。
”まるで真珠のようだ”
”雪兎のようで愛らしい”
自分の口からついて出た歯の浮くような甘い言葉の数々に、思い出しただけで眩暈がしそうだ。自分で自分の吐いた台詞に胸焼けがしそうで、あまりの羞恥心に両手で顔を覆った。
あんな言葉が出てしまうなんて信じられない。まるで頭と口が直結した様に、思った事がぽろりと零れ出てしまった。
これでは日頃から人目を気にせず、甘い言葉を妻や婚約者に囁いている父上と兄上のようだ。
運悪く仕事以外で顔を合わせてしまうと、あの姿を嫌でも目撃してしまうほど自分の愛する者に何かと甘い雰囲気を垂れ流す。
あまり仲良くない身内が恥ずかしげもなく愛を囁く姿に、毎回頬が引きつりそうになる。
よく考えてみれば、他国に嫁いだ姉上もアプローチの仕方は違えど似たようなものだった気がする。
まさか、これは血筋なのか……?
どちらかと言うと気の利いた事の言えない自分が、まさかあの人達と同じ様な事を恥ずかしげもなく言ってのけるなんてと、驚愕し天を仰いだ。
言った直後は恥ずかしい気持ちなど露ほども湧かず、寧ろ照れる彼女を愛でたいなどと思う余裕さえある。
彼女の頬が赤く染まり、その初々しい反応に微笑んでいる自分が、まさか数分後には顔から火が噴き出しそうになるなんて微塵も思っていない。
その癖、彼女がそばから離れた途端、後から怒涛のように羞恥の波が押し寄せてきたのだ。
「〜っ!」
穴があったら入りたいとは正にこの事だ。恥ずかしすぎて座っていた身体をベッドに沈め頭を抱えてジタバタと悶える。
どう発散すればよいのか、持て余した羞恥心に耐えられず、激しく寝返りを打った瞬間ズキリと腹に突き刺す様な傷みが走った。
「ゔっ!?」
開いたばかりの傷口を無駄に刺激してしまい、あまりの痛さにザッと血の気が引いて、腹を押さえ悶絶した。
『何をしているのだ。赤くなったり、青くなったり、忙しいやつだな』
突然聞こえてきたその声に、目を見開き青白い顔を勢い良く上げると、そこにはバルカンが呆れた顔をしてこちらを見下ろしていた。バルカンの巨体さえ目に入らなくなるほど恥ずかしさのあまり余裕がなくなっていたようだ。
「い、いたのか……」
『ふん、それ以上腹の傷が悪化しても知らんぞ。恥ずかしいなら初めから言わなければ良いものを。さてはお前……アホだな?』
やれやれと、バルカンが呆れながらも哀れむ様な視線を残し、優雅に部屋から出て行く。日頃の自分では考えられない言葉を吐いた上に、誰もいないと思い込んで一人せわしなく悶える間抜けな姿まで晒してしまったのだ。
あまりの恥ずかしさに、ボフリと枕に顔を押し付け、声にならない叫びを上げた。
ジクジク痛む腹の傷もお構いなしに、再び赤くなった頬を枕に押し当て続けていると、開いたままの扉の外からバルカンとメリッサの話し声が小さく聞こえる。
『メリッサ、スープは大丈夫だったか?』
「ええ、ちょっと鍋からふきこぼれただけみたい。それより、ジークさんはスープだけでも飲めそうかしら? 傷口も手当てしなおさなくちゃいけないから様子を見てくるわ」
その会話と共に近づいてくる足音に、顔を枕に押し付けたままギクリと固まった。
『ああ、待て。今はそっとしておいてやれ』
「え?……そうね、起きたばかりだし混乱しているかもしれないものね」
『まぁ、そうだな。そう言うことにしておこうか』
「……? だけど傷口が開いて痛そうにしていたし、先に鎮痛効果のある薬草を傷口に塗ったほうが良いと思うのだけど」
『それも大丈夫だ。さほど痛そうにしていなかったし、我が部屋から出る時には既に眠っていた。まだ魔力が不安定だがら眠たいんだろう。あれは当分起きないだろうな』
「そうなの……?」
『ああ、それより料理が冷めないうちに早く食べよう。チビも鍋の前で涎を垂らして待っておるぞ』
「クナァ~ン」
「あら、本当だわ。ふふっ、じゃあ先にご飯にしましょうか!」
まだ引かぬ顔の熱をどうしようかと焦っていると、バルカンの言葉にメリッサの歩みが止まる。
耳を澄ませば、遠ざかる声と足音にホッと胸を撫で下ろし、バルカンの雑なフォローに感謝した。
この整理のつかない気持ちのままメリッサを前にすれば、またこの口がぺらぺらと要らないことを言ってしまいそうだ。そんな事になったら今度こそ恥ずかしさのあまり自分で穴を掘って埋まりに行く自信がある。
大きなため息を吐いて仰向けになると、いまだ熱の引かない熱い頬をそのままに目を瞑った。
自分の奇行に引きつつも、なにより初めて会った彼女達に、ここまで警戒せず会話ができている自分に驚く。出会い方が出会い方だっただけに、彼女自身の邪気のなさも含め肩の力が抜けるのだろうか。
部屋の外から聞こえる彼女の柔らかい笑い声と、優しい会話に自然と笑みがこぼれる。
勝手に緩む頬を隠すように口に手を当てると、ピリッと引きつる痛みが手首に走った。その痛みに、日頃自分の取り巻く環境と今回の事の発端を思い出す。
途端に複雑な思いがこみ上げて、頬の熱が引いて行くのだった。






