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青年の名前

 バルカンの鬣がぶわりと立ち上がる。

 まずいと思った時にはすでに遅く、青年には申し訳ないが条件反射で動いた手が自分の耳を塞いでいた。


 掌越しに聞こえてくるバルカンの地響きの様な怒号と、怒りのあまり巻き起こった熱風で、白い髪がバサリと後ろへ流される。


 青年のシャツが舞い上がって、まるで意思を持ったように部屋中を飛び回る中、流石に耐えられず目を閉じた。


 轟々と吹き荒れ鳴り響く熱風と咆吼に、ついさっき開いてしまった腹の傷に触るのではないかと青年を心配する。

 そんな中、この状況に既視感を覚えた。そう言えば、自分がバルカンと対面した時もこんな事があったなと思い出す。

 今の青年のように、バルカンを怒らせ腹の底からドシンとくる叫びを一身に浴びたのだ。

 あの時はここまで強い熱風は吹き荒れなかったし、外での事だった。

 今回は室内のせいで反響する爆音と逃げ場がなくグルグルと駆け巡る熱風を、病み上がりで浴びる青年は辛いだろう。

 何とかバルカンを止める方法はないかと考えていると、次第に吹き荒れる熱風が落ちついてきた。そろそろバルカンの咆吼が終わる様だ。


 部屋の中が静けさを取り戻し、そっと目を開け様子を伺いながら耳から手を離す。

 空中散歩をしていた白いシャツが、横たわる青年の顔にバサリと落ちるのが丁度目に入った。

 畳んでいたはずのシャツが、いくら熱風で舞い上がったとしても、あそこまで皺くちゃになるだろうか。

 ちらりと足元に伏せるペルーンを見ると、心当たりがあるのか、耳を押さえていた前脚で慌てて目を隠した。

 どうやらバルカンが言っていた通り、シャツが皺くちゃになるほど一人遊びに夢中になっていたようだ。

 そんなペルーンを見て、呆れながらも可愛らしい行動に肩の力が抜ける。

 結局は許してしまうので、いつもバルカンには甘いと怒られてしまうのだが、どうしても叱れないのだ。


 そんな厳しいバルカンは、顔にシャツを被った青年を睨みつけ、今はそれどころではない様子だ。


「だ、大丈夫ですか?」


「あ、ああ……それより、聖獣……?」


 シャツから顔を出した青年が、乾いた目を瞬かせてバルカンを見上げた。

 困惑する青年に、バルカンから教わった魔力を持たない人間の話から、お伽話の妖精が実在した事。妖精が死に絶え自然に還った後、人間が魔力を持って産まれ今に至る事。

 そして、自然に還った妖精が新たな姿となって誕生したのが、バルカンやペルーンの様な聖獣なのだと説明する。

 話の途中でバルカンが何度も自分の武勇伝を語りだし話が脱線して行く中、長い話に飽きたペルーンが床に転がる壊れた腕輪で遊び出す。

 最初は驚き口を開けて聞いていた青年が、今では起き上がり顎に手を当て興味深そうに聞いている。


「道理で神々しい訳だ。魔物と間違えて申し訳なかった」


『ふんっ、やっと我の凄さを理解したか』


 素直に謝る青年に鼻を鳴らし、まだ話し足りないような、けれど漸く話し終わったバルカンが、何か質問はあるかと青年に問うた。

 すると、青年がバルカンの隣に立つ私に、真剣な表情をして見上げてきた。そんな彼に、何故ここで生活しているのか聞かれるのかもしれないと身体が強張る。


 やはり、元は貴族の人間で、逃げて魔物の森で生活している事を話すのは気が引ける。

 それに、風達を信じてこの家に運んできたが、私の姿を見ても微妙な顔をしない青年に、本当はやはり追っ手で初めから私の事を知っていたのではと、心の隅に警戒という名の感情が湧き上がった。

 じっと見つめてくる青年に、何を言われるのかと緊張する。


「君は……」


 青年の口がゆっくり開く。どんな言葉が出てくるのか、固く手を握りながらごくりと唾を飲み込んだ。


「……なんの妖精だったんだ? 」


「え?」


 想像していた斜め上の問いにポカンと口が開く。


『メリッサはお前と同じ人間だぞ』


 呆れながら答えたバルカンに、青年が不思議そうな顔をして私の髪を見る。

 もしかすると、彼は私の噂話が届かない程遠い領地の人間か、もしくは他国の人間なのかもしれない。

 そんな彼に、魔力を保持しておらず無色だと言う事を伝えると驚いた様に目を丸めた。


「だから白いのか……」


 青年の瞳に、他の人達の様な嘲りの色が滲むのではないかと、徐々に私の視線がさがって行ったその時、青年が今まで出会った人達とは違う反応を見せた。


「美しい髪だな」


 青年が発したその言葉が信じられず目を見張り顔を上げた。


「まるで真珠のようだ」


 優しく微笑む青年に、頬がぶわりと熱くなる。生まれて初めて無色の髪を褒められたのだ。

 お世辞でもこんな事を言ってくる人は今まで一人もおらず、何て返して良いか分からない。戸惑い握っていた手をもじもじと落ち着きなく動かした。

 そんな私を見て、青年は榛色の優しい瞳を細め、くすりと笑う。


「くくっ……赤くなるとまるで雪兎のようで愛らしいな」


「か、からかわないでくださいっ!」


 更に真っ赤になった顔を隠すように、足元で遊ぶペルーンを抱き上げふかふかの毛に顔をうずめる。


「クナァ?」


 突然抱きしめられたペルーンは、不思議そうな顔をして肉球で私の頬をムニムニと押し返す。


「くくくっ……っ、いててっ」


「大丈夫ですかっ?」


「ああ、……ははっ」


 ペルーンで顔を隠す私に青年が笑い、傷口に響いたのか、痛そうに腹を押さえる。慌ててペルーンから顔を離し青年を覗き込めば、目の合った青年が嬉しそうに微笑んだ。


『おい。そんな事よりお前、名は何と言う?』


 バルカンが砂を吐きそうな顔をして面倒くさそうに青年の名前を聞いた。


「そう言えば、まだ俺の名を告げていなかったな……俺の事はジークと呼んでくれ」


「はい、ジークさん。改めまして、私はメリッサと申します。そして、この子がペルーン」


「よろしくな。ペルーン」


「クナァウ……」


 ジークに話しかけられたペルーンが恥ずかしそうに私の胸に顔を押し付ける。


「あら、どうしたの? さっきまで看病するって張り切ってたじゃない。恥ずかしくなっちゃったの?」


「そうなのか? ペルーン、ありがとな。お陰でこの通り元気になった」


「クゥナァ〜」


 耳をピクピクと揺らし、ちらりと顔を上げたペルーンが、嬉しそうに鳴き声をあげる。そんな微笑ましい姿にくすりと笑うとジークと目が合った。


「はははっ」


「ふふふっ」


 ペルーンを挟んで笑い合っている中、バルカンが鼻をクンクンとヒクつかせる。


『……メリッサ、スープの火は消したか?』


「あっ、そうだわ! いけないっ!」


 バルカンの言葉にハッとしたその直後、鍋からスープが噴きこぼれる音が聞こえ、慌ててキッチンへ向かったのだった。

明けましておめでとう御座います。

今年もどうぞよろしくお願い致します。


お陰様で第2回アイリスNEOファンタジー大賞の銀賞を頂きました。

ありがとうございます。

これからも、更新頑張ります!

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