見知らぬ天井
カシャン!
何かが落ちる甲高い音にハッと目が覚める。
目の前には、見た事のない天井が広がっていた。
「ここは……生きていたのか……?」
ぽつりと呟いた声が思いのほか掠れており、喉を触ろうと腕を上げた時、目の端に映る手首に今回の元凶が見当たらず驚いた。
あれほど外そうと、もがき苦しみ時には岩に叩きつけたにも関わらず、びくともしなかったあの忌々しい腕輪が何処にもない。
その代わりに、傷だらけだった腕が手当てされ、可愛らしいフリルの包帯が腕に巻かれていたのだ。
その斬新な手当てを、ぼんやりと見ていると視線を感じて横を向く。
すると、思いの外すぐ側に、金色の美しい幼獣が耳とまん丸の瞳だけをぴょこりと出して、こちらをじっと見つめていた。
その姿に、驚き身じろぎをすれば腹が引き攣れ眉間に皺を寄せる。
「ゔっ」
傷口が痛み漏れ出た低い唸り声に、幼獣が驚き小さく飛び跳ね駆け出す様に部屋から出て行った。
「な、なんだ。あの幼獣……」
ズキズキと痛む腹に、湿ったスカーフが貼られている。そのスカーフからは薬草の独特な香りがしており、すり潰された薬草が包まれている様だ。
そっと摘んでそれを剥がせば、毒が回って変色していた腹の傷が、毒などなかったかの様に、皮一枚ほど薄く塞がりかけている。
あれほど強烈な毒を受け、ここまで綺麗に治りかけている事に驚きながらも、スカーフを貼り直していると、幼獣が去っていった方から話し声が聞こえ動きを止めた。
耳を澄ませば、鈴の音の様な軽やかな笑い声が聞こえる。
「あら、ペルーンふふふっ。お腹空いたの?」
『やっぱり匂いにつられて出てきたな! まぁ、お前にしては粘ったほうか。だが残念だったな、味見は我がしたからお前はしなくて良いぞ』
「グナァ〜ッ! クゥナーン!」
『ふん……お? なんだ起きたのか』
「え? もしかして、目を覚ましたの?」
「クゥナァ!」
賑やかな話し声がどんどん近づいてくる。ドアの向こう側に視線をむけると、意識を失う寸前に見た真っ白い少女が幼獣を抱いて顔を出し、その後ろからは大きな神々しい獣がのそりと現れた。
少女は驚いた様に一瞬目を丸めたが、嬉しそうに微笑んだ。その美しさにぼおっと見惚れてしまう。
「良かった……目が覚めたのね。お加減はどうですか?」
声まで可憐とは、やはりここは天界か。
「……」
『おい、聞いているのか? 何だこやつ喋れないのか?』
ずいっと神々しい獣が顔を寄せ、じとりとこちらを見てきた。
「おわっ!?……っ、いってぇっ!」
突然、喋り出した獣に驚き飛び起きる。その瞬間、ピリッと塞がりかけた腹の薄い皮膚が裂け悶絶した。
「〜っ!」
「まぁ! 大丈夫ですか!? もう、バルカン! 彼は病み上がりなのだから驚かせてはダメよ」
『なんだ、我が悪いのか? こやつが勝手に驚いただけではないか』
「もう、そんなこと言って! あぁ、せっかく塞がりかけてた傷口が……さぁ、ゆっくり横になってください」
痛みに腹を押さえていると、優しく背中に手を添えられる。涙目になりながらゆっくり身体を倒すと、小さく息を吐いた。
「だ、大丈夫、大丈夫。君が手当てしてくれたのか?」
「ええ、ここまで運んでくれたのはバルカンですけど」
「そうなのか……あのままでは危うく死ぬ所だった。本当に助かったよ。ありがとう」
心配そうにこちらを見つめる少女に笑って、バルカンと呼ばれる獣に目を向ける。
「それより魔物なのか? 喋る獣は初めて見たな」
その言葉を聞いた少女の焦った顔と、神々しい獣が鬣を逆立てる様子に、何か不味いことを言ってしまった事だけは理解した。
「バ、バルカン、落ち着いて……」
小さな幼獣は耳を押さえる様に伏せをする。それに続く様に、少女が申し訳なさそうな顔をしながらも、さっと自分の耳に手を当てた。
訳が分からず、俺も耳を塞いだ方が良いのかとゴクリと唾を飲み込んだその瞬間……。
『小僧! 我をそこらの魔物と一緒にするでないっ! 我は誇り高き聖獣ぞ!』
ぶわりと熱風を吹き荒らし、まるで地響きの様な獣の咆吼に鼓膜をビリビリと揺さぶられたのだった。
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