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ペルーンの葛藤

 裁縫道具の中から、青年のシャツの色に一番近い糸を選び、破れた箇所を縫っていく。

 刺繍以外の裁縫も嗜んでいて良かったと、仕上げの玉結びをして、糸切りバサミで余分な糸を切り落とした。

 元通りとまでは行かないが、思っていたより綺麗に縫えた事に満足して、シャツを広げにっこりと微笑んだ。


『あれから三日か』


「ええ、なかなか起きないわね。本当に大丈夫かしら?」


『まぁ、まだ魔力が安定していないのだろう』


 時折、魘される青年の手を握ると熱が掌から伝わる。初めて触れた時の様な荒々しさはないが、穏やかで温かな魔力だ。

 初めは薄紫だった髪の色も、徐々に濃くなっていき、今では夕闇に染まる紫の様な髪がベッドに広がっている。

 少しずつ変化していくその美しい髪を、優しく指ですくと、眉間に浮かぶ皺が緩むのだ。

 髪の色と同じ長い睫毛に隠された、まだ見ぬ青年の瞳の色は何色なのだろうか。



 シャツを畳んで枕元に置くと、丁度冷めた煎じ薬を青年に少しずつ飲ませた。魔力切れを起こした人間は、身体を回復させる事へ全てが注がれるため、排泄などはせずただひたすら眠り続けるのだ。

 回復魔法以前に魔力のない私は、こうして煎じ薬を飲ませるか、時折身体の向きを変え、さすって血の巡りを良くしてあげる事しかできないのが心苦しい。


 静かに眠る青年の枕元にペルーンが飛び乗る。


「あっ、ペルーン!」


「クナァ?」


 せっかく畳んだシャツを下敷きにして、ペルーンが青年の枕元に丸まった。


「ふふ、ペルーンが見ててくれるの?」


「クナァ〜ン」


「じゃあ、ここはお願いして私はお昼の準備をしようかしら」


『どうせチビの事だ。すぐに飽きて寝るか遊ぶか、それとも匂いに釣られて部屋から出てくるに違いないがな』


「グナゥン!」


 抗議する様にペルーンが唸るが、バルカンの言う通り、眠る姿や一人遊びを始める愛らしい姿がすぐ頭に浮かび、堪えきれずくすりと笑った。


「クナーッ」


 いつも庇う私が笑ってしまい、拗ねたようにペルーンがそっぽを向く。


「ふふふ、ごめんなさい。何かあったら呼んでね、ペルーン」


 タシタシと尻尾でベッドを叩くペルーンを撫でて、腕まくりをしながらバルカンの狩ってきた三つ眼鳥でスープを作るべくキッチンへ向かうのだった。






 ペルーンが静かに眠る青年の枕元で小さな欠伸を一つする。半分閉じかけの金色の瞳は、青年の横顔を見つめているが、こくりこっくりと小さな頭が舟を漕ぐ。

 いつも意地悪な事を言うバルカンが、『それ見た事か』と鼻で笑う姿が頭に浮かび、ベッドに沈みそうになる頭をぷるぷると振った。


 このままではバルカンの言う通り眠ってしまう。こんなに眠たくなるのは、ふかふかのベッドのせいだ。

 ボフボフと布団に八つ当たりをすると、ベッドから身軽に飛び降りて、ぐっと背をしならせ伸びをする。


 とっても退屈で仕方がない。窓の外からこちらを覗く小鳥達を見つけ窓枠によじ登って驚かせる。

 一斉に飛び立つ小鳥を眺めてぼんやりと空を見上げた。ぽかぽか陽気で窓から差し込む温かな光に瞼がとろんと閉じかけ、ピチピチと抗議する小鳥達の声にハッと目を覚ます。

 窓際は温かくて危険だ。すぐに眠たくなってしまう。

 今回ばかりは窓に近づくまいと、部屋中をぐるぐる散歩をする様に歩き回る。


 自分がいつでも出入り出来るように、メリッサが開けてくれているドアの隙間から、美味しそうなスープの良い匂いが漂ってきた。

 耳をすませば、ジュウジュウと何かが焼かれる音も聞こえてくる。これはきっと大好きなレバーのバターソテーだ。

 想像しただけで溢れ出る涎をじゅるりと啜った。

 小さな鼻をクンクンと鳴らし、扉の隙間から顔を出す。このままキッチンに立つメリッサの元へ駆け寄り、味見のおねだりをしようと脚を一歩、部屋の外へ出した。

 すると、またしてもバルカンが口角を上げて笑う姿が頭に浮かび、小さく唸って脚を引っ込めた。


 今日こそはバルカンを見返してやろうと、メリッサに甘えに行くのはぐっと堪え、青年の眠るベッドへ飛び乗る。けれどやっぱり退屈だ。


 ゴロゴロと青年のシャツを巻き込んで転がっていると、壊れた腕輪が目に入る。

 皺くちゃになったシャツはそのままに、小さな前脚でたしっと腕輪を小突いて遊ぶ事にした。

 あまり動きのない玩具だが、何もないよりマシだと遊んでいると、いつの間にかギシギシとベッドが揺れるほど腕輪をつつく事に白熱する。

 時折、青年の顔にぱふりと尻尾が当たっているが、ペルーン自身まったく気づいていない。時には青年の上に登って跳ねながら腕輪を弾く。

 眉間に皺を寄せ魘される青年に気づく事なく、ペルーンは壊れた腕輪に夢中になった。

 これで止めだとばかりに、タシッと強めに腕輪を叩けば、バランスを崩してシャツを巻き込みベッドから腕輪と仲良く床に落ちる。


 カシャン!


 部屋に大きく、腕輪が落ちた甲高い音が響く。

 もぞもぞと頭にかかるシャツから顔を出し、自分とした事が、ついつい夢中になってしまったと、そろりと扉に目を向けた。

 部屋の外ではバルカンとメリッサの話し声が聞こえ、こちらに気づく事なく食事の支度をしている。

 ホッと息をついていると、ベッドがギシリとしなる音が聞こえた。


 そっと前脚をベッドに乗せ興味津々に、ようやく目を覚まし天井をぼおっと眺める青年を、じぃーっと静かに見つめたのだった。

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