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浄化と腕輪

 青年の腹に広がる青い痣がじわじわと引いて行く。

 木角鹿の実の効果に、魔物の毒が浄化されていくのが明らかに見て取れた。


「あっ……よ、良かった……これで、煎じ方を間違えていたら大変な事になっていたわ」

 

 気が動転しており、潰した実をそのまま水と一緒に煮出したが、植物によってはこの方法で効力が消えてしまう物があるのを後になって思い出した。


 煎じ薬を作るのは初めての事で、『植物図鑑』の中でも薬草をメインにした図鑑に使用方法や煎じ方が書いてあった。

 とても興味深く、薬学の専門誌まで手を伸ばしたのだが、たまたま最初に手をつけた本が難しすぎて、すぐさま薬師の卵が読む『薬学のすすめ』と言う本を選び直した。

 優しく分かりやすいその内容には、薬草を煎じる時の方法は基本的に大体同じだが、まれに違う方法で煎じないといけない事や、植物の特性を理解し活かす方法が載っていたのだ。

 その注意すべき点をすっかり忘れており、一刻を争う状況の中、迷う事なく煎じ薬を作った事によって青年は救われたのだが、もし間違っていたらと思うと冷や汗が止まらない。

 ただ、『植物図鑑』や『薬学のすすめ』にも木角鹿の実の事は記載されていなかったので、思い出していたらきっと迷って中々作る事ができなかっただろう。

 そこまで考えて、何よりバルカンに煎じ方を聞けば良いのではと言う答えに行き着いた。


 それにしても、今まで読んできた『植物図鑑』の中に、木角鹿の実の事が書かれているのを一度も見た事がない。ある程度、悲鳴根の様に植物型の魔物はどういった特性を持っているかなど記載されているが、そもそも木角鹿自体載っていなかった。

 木角鹿は獣型の魔物で分類されているのだろうか。こんなに効果的な薬になるのに『植物図鑑』にも『薬学のすすめ』にも載ってないのはおかしい。

 もしかすると、世の中には木角鹿の実の効能を知られていないのかもしれない。


 そんな事をつらつらと考えていると、青年の脇腹に広がる毒々しい痣が跡形もなく綺麗に消え去った。


「すごい……こんなに早く効くなんて。でも何だか様子がおかしいわ……」


 幾分顔色も良くなったようだが、腹の痣が完全に消えたにもかかわらず、紙のように白い青年の顔に眉をひそめた。

 乱れた青年の癖のない髪を払い、頬に触れると冷んやりと冷たい。

 ひゅうひゅうと引き攣る呼吸は穏やかになったが、今度は上下する胸の動きがゆっくりと動く割に呼吸が浅いままだ。

 容姿が整っているぶん、白い顔をして静かに横たわる姿は、まるで作り物めいている。わずかに動く胸の振動さえなければ人形か、はたまた美術館で見た磨き抜かれた彫刻の様だ。

 そんな青年を前に、やはり煎じ方を間違えてしまったのだろうかと不安に思った。


『ふむ、こやつ妙だな……木角鹿の実が効いて毒も浄化されているのに、魔力が戻るどころか悪化しておる』


「魔力切れを起こしているの?」


『ああ、だが木角鹿の実が効いているなら魔力も体調に合わせて戻ってくるはずなのだが……それに我がこやつを初めて見た時、髪の色が……』


 バルカンの言葉を聞きながら、木角鹿の実の煎じ方は間違っていなかったのだと安堵した。だが、魔力切れを起こし冷たいままの青年を心配し見つめると、シャツの袖口に血が滲んでいる事に気づく。


「まぁっ!」


『どうした?』


「凄い引っ掻き傷だわ……自分でしたのかしら? このままだと化膿してしまうから早く手当てしないと!」


 捲り上げた袖の下には、黒に近い濃紫色の魔石がついた腕輪をはめており、その付近に無数の引っ掻き傷が出来ていた。

 深く抉るほどの引っ掻き傷のせいで、皮がめくれ血が滲んでいる。時には硬い何かでぶつけたのか、内出血を起こしかなり痛々しい。

 反対の手を確認すると、やはり自分で引っ掻いた様で、爪の間が血で赤黒く染まっていた。


「本当に酷い傷だわ……魔力切れも心配だけど原因がわからないし……先ずは傷口を洗わなくちゃ」


 腹の傷を洗った桶を持って立ち上がると、側で大人しく座っていたペルーンがついてくる。歩く度に足に纏わりつくペルーンにお使いを頼む事にした。


「ペルーン、さっき使った薬草を採ってきてほしいのだけど頼めるかしら?」


「クナァーン!」


 任せろと意気揚々と駆け出す小さな背中を見て、ペルーンも青年のために何かしてあげたかったのだと気づく。

 その無邪気で優しい聖獣の姿に、不安で固くなっていた頬が少しだけ緩んだ。


 桶を洗い新しい水を注いで、足早に寝室に向かうと、バルカンが難しい顔をしてぶつぶつと独り言を唱えながら考え事をしている。

 何か解決方法を探しているのか、バルカンの邪魔をしない様、そっと青年の側に桶を置いた。


 魔力のない自分には、魔力切れがどれほど辛いものか分からないが、酷い時には死んでしまう事もあるらしい。

 青年の体温が更に冷たくなった気がして、不安に苛まれる。だが、今は自分にできる事をしようと桶の中に浸したハンカチを絞った。

 少しずつ傷口を清める様に拭いていく。すると、どうしても腕輪が邪魔で、一番傷が深い場所に腕輪が当たっている。

傷口から感染症を引き起こすと大変なので、悩んだすえ手当てをするためにも一時的に外した方が良いと考えた。


 青年の腕に手を添えてそっと腕輪に手を伸ばす。

 考え事をしていたバルカンが顔を上げ、こちらを見て驚いた様に声を上げた。


『やはり原因は……いや、しかしあれは……うむ……っ!? 待て、それに触れるなっ』


「え?」


 バルカンの警戒した呼びかけに反応するも一足遅く、腕輪に触れた瞬間、魔石にピシリとひびが入る。

 驚き身を固まらせていると、カツンと高い音を立て砕けた魔石と共に、真っ二つに割れた腕輪が床に転がった。


 その瞬間、青年に触れている掌から自分の身体にぶわりと何かが押し寄せる。


「っ!」


 窓辺に止まっていた小鳥達が何かを察知し一斉に飛び立つ。ざわりと森がどこか騒がしくなったのを肌で感じ取った。


『メリッサ!』


 すぐ近くにいるはずのバルカンの焦った様な声が遠くに聞こえる。


「クナーン!」


 金色の毛並みを土で汚し、薬草を咥えたペルーンが驚いた様子でこちらに駆寄るのが目に入った。


 体感した事のない感覚に、何が起きているか分からず、戸惑いぎゅっと目を閉じたのだった。

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