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謎の青年

 昨日、鉱石猪に襲われ減ってしまったリモールを、更に聖獣達に食べ尽くされてしまった結果、沢山収穫したはずのリモールがなくなってしまった。


『まったく、昨日は風呂上がりのリモネードを楽しみにしておったのに! 誰だあんなにリモールを食べたやつは!』


「グナァゥン!」


 自分達が食べ過ぎたせいで無くなった事に気づいているのかいないのか、ぷりぷりと怒りながら聖獣達がリモールを収穫している。

 そんな彼らに苦笑いを浮かべ、木の上からペルーンが落とすリモールをワンピースを広げて受け止めた。


「今日は帰ったら早速作りましょうか」


『うむ、そう言えば岩塩もまた取りに行かなくてはいけないな。昨日採ってきたやつは全部使ったのだろう?』


「ええ、鉱石猪を塩漬けにするのに使い切ってしまったから帰りに取りに行きましょうか。あと、赤い果実も昨日で無くなったから取りに行きましょう」


 塩リモールを漬けるはずだった岩塩は、昨日の鉱石猪を塩漬けにする為に全て使い切ってしまった。それでもまだ漬けきれなかった肉は、今日の食事に回す予定だ。

 風呂上がりのリモネードが飲めないと知った時の、聖獣達の顔は今でも忘れられない。

 あの後、冷やしておいた赤い果実をやけ食いする聖獣達を止める事ができなかったほど可哀想な顔をしていた。



 お手製の大きな籠に、たんまりリモールと赤い果実を収穫し岩塩を採取した。歩きながら見つけた悲鳴根を取りながら家に帰る途中、バルカンが何かを思い出した様に脚を止める。


「バルカン、どうしたの?」


 バルカンが耳をピクピクと動かしながら風達の声に耳を傾け渋い顔をした。さわさわと風が吹き、茂みの奥に私を導く様に風が吹き抜け道を作る。

 急に背中を追い風に押され、数歩たたらを踏んでバルカンを振り返った。


「もしかして、あっちに何かあるの? ねぇ、バルカン。風達が向こうに行くように言ってるの?」


『ああ……やれやれ。お節介なやつらだ。まぁ、ついて来い』


 面倒臭そうに溜息をついて、バルカンが風達の作った道をのそりと歩き、ペルーンが後を追って駆け出した。

 その後ろを不思議に思いながらもついて行き、カザリと顔にかかる邪魔な葉を払う。すると、茂みの間から人間の横たわる足が見え、ぎくりと身体を強張らせた。


「っ!?」


 ゆっくりと視線を足から上へ辿って行けば、服が汚れ傷だらけの青年が、うつ伏せの状態で倒れていた。

 その近くには、頭部を石で叩き潰され息絶えた、巨大なサソリの様な魔物が、青い血を流して死んでいる。

 どうやらこの魔物と対峙した様で、青年はシャツとスラックスを履いているだけのかなり無防備な姿だ。

 魔物の森に入ってから初めて見る人間に戸惑い、追っ手が来たのかと頭を過ぎったが、こんな無防備な姿でこの森に入ってくるなど考えられなかった。

 ぐったりと横たわる青年は、ピクリとも動かず生きているのかさえ分からない。


「し、死んでいるの?」


「ゔっ……」


「生きているわ! 助けなきゃ!」


 小さな唸り声が聞こえ、慌てて籠を置くと青年の元へ駆け寄った。


『ほぅ、こやつ生きておったか』


「この人の事、知ってたの?」


『昨日、メリッサと離れたのは人間がこの森に侵入したと、風達から知らせが来たからだ。まぁ、今まですっかり忘れておったのだが……』


 前脚でいじいじと地面を引っ掻き、忘れていた事を気まずそうに話すバルカンに、昨日の事を思い出す。確かに、昨日は予想外な事が起きてしまい、バルカンを驚かせてしまった。


『良いのか? この森に入る奴は皆訳ありな人間ばかりだぞ?』


 抱き起こそうと手を伸ばす私に、バルカンが目を細めた。


「でもっ……見殺しになんて出来ないわ。私だって訳ありだもの。早く手当てしなくちゃ……バルカン、お家に連れて帰っては駄目かしら?」


『はぁ〜、そう言うと思ったわ。やれやれ、しょうがない。我の背中に乗せて運ぶか』


 溜息をついたバルカンが、乱雑に青年の襟首を咥えると、ひょいっと投げるように背中に乗せた。

 足早に進むバルカンを、走って追いかけ急いで家の扉を開く。

 使っていない寝室へ運ぶと、バルカンがベッドに青年を放り投げた。気を失っていて反応のない青年が、仰向けに落とされた瞬間、腹が真っ青に変色しているのがちらりと目に入る。

 まさかと、戸惑いもなく急いで青年のシャツをめくり上げた。


「まぁ! 大変っ!」


 脇腹からじわりと毛細血管が青く透け、胸の方まで広がる様に青い痣ができている。あの巨大なサソリの魔物に刺されたのか、その傷口は毒々しく青紫色に変色していた。


『毒が回っておるな。メリッサ、前に木角鹿の実をやっただろう? あれを煎じて飲ませてやれ』


 バルカンの言葉に、一目散に駆け出しキッチンに向かうと、瓶に保管していた木角鹿の実を取り出した。ケトルに泉の水を注ぐと、潰した実を入れ水が茶色くなるまで煮出す。

 煎じ薬ができるまで腹の傷口を泉の水で洗い、あの魔物の毒に効くか分からないが、毒消草と殺菌効果のある薬草を潰してスカーフで包むと傷口に貼り付けた。


「クナァ〜ン」


 ふんわりと湯気が上がり、独特な香りがキッチンに広がる。火の番をしてくれていたペルーンが鳴き声を上げ、煎じ薬の出来上がりを教えてくれた。

 木のカップに注ぎスプーンでかき混ぜ、冷ましながら足早に寝室にむかう。


 薄紫色の髪から覗く青年の端正な顔が青白い。今にも命の灯火が消えてしまいそうだ。

 形の良い眉を寄せ、苦しそうに薄い唇からひゅうひゅうと掠れた息が漏れている。


 ベッドに乗り上げ青年を抱えると、冷ました煎じ薬を薄く開かれた口の中に、そっと木のスプーンで少しずつ流し込む。


「さぁ、飲んで。お薬よ……少しでも良いの。お願い飲んでちょうだい」


 上手く飲み込めず、口の端から零しながらも小さく喉仏が上下する。青年を抱き抱え根気よく煎じ薬をカップの半分ほど飲ませると、少しずつだが引き攣る様な呼吸が穏やかになってきた。


『煎じ薬が効いてきた様だな』


「ええ、良かったわ……」

 

 苦しそうな眉間のしわが薄くなり、幾分顔色も良くなってきたようで、その穏やかな顔に安堵し、青年の濡れた口元を拭ったのだった。

誤字報告機能をつけました。

早速、誤字を教えて頂きありがとうございます!

一応読み返して投稿するのですが、何故か見落としてしまうので、宜しければ教えて頂けると嬉しいです。

ちなみに、ページの一番下に誤字報告ボタンがあります。


ご感想、評価、ブックマークをしていただきありがとうございます。

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