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紳士の嗜みと岩のプレート

 血で真っ赤に染まるワンピースと髪が乾いて気持ちが悪い。


「そろそろ洗ってこようかしら……流石にこのままだと気持ちが悪いわ」


 リモールのお陰で軽くなった身体を伸ばしワンピースに手をかける。袖を引っ張りなんとか脱ごうと頑張るが、張り付いて脱ぎ辛い。

 悪戦苦闘するも、擦りむいた腕にカピカピの布が擦れて痛いので、この際思い切ってそのまま川の中に浸かる事にした。


 冷んやりとした水が、擦りむいた肌を刺激しピリピリと痛む。眉間に皺を寄せしみるのを我慢して、ゆっくりと水の抵抗を受けながら進んだ。

 腕の中には抱きついて離れず、一緒に血塗れになってしまったペルーンを抱えて、汚れた毛並みに水を少しずつかけてやる。

 痣ができ熱を持つ身体に冷たい水が心地良い。ペルーンの顔に水がかからない様そっとしゃがむと、真っ赤に染まった髪を浸す。

 赤い血がゆっくりと水に溶け、いつもの見慣れた真っ白な髪が現れた。何度も手櫛でときながら、固まって絡まる部分を根気良く洗う。

 ペルーンを抱えながら洗うのは少し手間取るが、また解体をして汚れてしまうので、ワンピースは濯ぐ程度で川から上がった。


『良いか? 乾かすぞ』


「ええ、お願い」


 ペルーンを抱いてバルカンの前に立ち目を閉じると、温かな風に全身が包まれる。バルカンの吹く温風に、濡れた髪やワンピースがなびき一瞬にして乾いて行く。

 腕の中のペルーンは、ふた回り程モフリと毛が膨らみ、まん丸いフォルムに小さな脚と尻尾がぴょこりと飛び出している。


「ふふっ、いつ見てもこの時のペルーンは面白いわね。とっても可愛いわ」


「クナァン」


「ふふふっ、ペルーンくすぐったいわ」


 柔らかな毛並みを整える様に、膨らんだ毛を撫でると、ペルーンが甘えて首元に擦り寄ってくる。ふわふわの毛にくすぐられ、笑いながら首を引っ込めた。

 先程まで不安そうに私の顔を見上げていたその瞳も、少しずついつもの元気な姿に変わる。ペルーンに優しく微笑み撫で続ければ、喉をゴロゴロと鳴らして安心しきった顔で目を閉じた。

 暫くすると、ペルーンがぷぴぷぴといつもの可愛らしい寝息をたて始めたので、小さな額にキスをして、起こさない様そっと腕から下ろした。


 小声でバルカンと会話をしながら石釜の準備をする。何度も往復をするのが面倒だと、バルカンが大きな岩を転がし、いつもは柔らかな肉球に隠されている鋭い爪で、スパリと岩を真っ二つに割った。


「……す、すごい」


『ふん、我にかかればこんなもの造作も無い事だ』


「前に樹木で爪研ぎをしていたって言ってたけど、そんなに強い爪なら樹木なんて直ぐに倒れてしまいそうね」


『いや、実際に爪を研ぐのは頑丈な岩を選んで研いでいる。樹木は仕上げに磨くために使っているのだ』


「へぇ〜、爪研ぎをするのに使い分けているのね」


『ああ、気に入っていた樹木は、擦ると樹木の油で爪がピカピカになって良かったのだが……あやつに燃やされたからな。油分が多い樹木だったせいで燃えるのもあっという間だった……』


 バルカンが遠い目をして溜息をついた。


「他に同じ種類の樹木は生えていないの?」


『いや、あるにはあるが長年愛用した樹木と違って、爪に馴染みがなくて使い辛いのだ』


「そうなのね……それは残念だわ。でも、また使って行くうちに馴染んでいくのではないかしら? 」


 今度は伏せをして、もうひとつ深い溜息をつくバルカンに、なんと言って良いのか頭を悩ませ明るい声で話しかける。


「……やっぱり爪のお手入れに拘りがあるから、バルカンの爪って凄く綺麗よね!」


 視線は川岸の向こう側を見つめているが、私の声に反応して耳をピクリと動かした。


「流石だわ! 紳士の嗜みというやつね!」


 耳だけをこちらに向け、何気に話をしっかり聞いているバルカンの気分が更に浮上するまで、あともう一押しだと、にっこり笑って言葉を続けた。


『まぁな、 我は聖なる獣ぞ! 紳士の嗜みとやらは心得ておる! この磨き上げた爪で切り裂けんものなど何もないっ』


 伏せていた体をのそりと起こしたバルカンが、ペロリと鋭く光る爪を舐め自慢げに鼻を鳴らす。

 オイルを塗ってピカピカになるまで磨くのは紳士の嗜みと言うより、淑女の嗜みに近い気もするが、そこは黙っておいた。


「まぁ! 頼もしいわ! それならあの岩も薄く平らに切る事ができるかしら?」


『ふむ、薄くすれば良いのだな? まぁ、見ておれ』


 バルカンのその言葉に良い事を思いつき、少し離れた場所にある岩を指差してバルカンを見つめる。

 気を良くしたバルカンが、尻尾を振りながら優雅に歩くと、大きく前脚を振り上げ岩を切る様に割った。

 ズバンッズバンッと大きな音が鳴り小石が飛び散る。その音にペルーンが起きてしまうのではと視線を向けると、耳をピクリと動かし目をつむったまま頭を持ち上げた。


「なんでもないわ。まだ寝てて良いのよ」


 急いでペルーンの頭を撫で、寝かしつける様に声をかけると、持ち上げた頭を丸める様にそろりと下ろして欠伸をした。再び可愛らしい寝息が聞こえ、気持ち良さそうに眠る姿にホッと息を吐いていると、バルカンが切った岩を自慢げに咥えて持ってくる。


『どうだ、これで良いのか?』


「ええ! 凄く綺麗に切れてるわ。ありがとう! 」


 大きな岩が板の様に平らに切られ、切れ味の良い爪のお陰で岩の表面がつるりとしている。


『それにしても、岩を平たく切ってどうするんだ?』


「ふふ、鉄板のかわりに岩でお肉を焼くのよ! それを石釜の上に置いてくれる?」


 今回も丸焼きにしようと思ったが、バルカンが岩を切れることが判明した為、時間のかかる丸焼きは辞め、鉱石猪を解体して石焼きにする事にした。

 丁度、『上巻』に熱した石で湯を沸かす他に、肉を焼く方法が書いてあったのだ。石焼きにすると直火より柔らかく、焼きむらも防げるそうで、大きな鉱石猪を調理するにはもってこいだ。

 ついでに悲鳴根も岩のプレートで焼いてしまおう。


『こうか?』


「ええ、ありがとう。石釜にぴったりね! 石焼きにするとお肉が柔らかく焼けて美味しいのですって!」


『ほぉ! それでは早く鉱石猪を解体しよう! そろそろ血抜きも済んだ頃だろう』


 バルカンがウキウキと足取り軽く、血抜きをしている鉱石猪を川から引き上げに行くのを追いかける。

 引き上げられたメスの個体を近くで見て、想像以上の大きさにあんぐりと口を開けた。

 遠目で見た時はオスより三回りほど小さいと思っていたが、それでも近くで見るとやはり迫力がある。


 流石に大きな鉱石猪を、二匹とも解体するのは骨が折れるので、一匹は今日の食事用に捌いて、もう一匹は内臓を掻き出すにとどめ明日解体しようと、口元を引きつらせたのだった。

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