怒りん坊と泣き虫
意識が薄れゆく中、身体を覆う重たい巨体が跳ね飛ばされる。突然の光と酸素に大きく息を吸い込み激しく咳き込んだ。
『メリッサ! 大丈夫か!?』
「クナァー! クナァー!」
「ゔっ……バルカ、ペルー、ゴッホゴッホ……ッ」
身体を折り曲げ咳き込めば、ペルーンが縋り付くように鳴き声を上げた。眩しい光の中、私の血に濡れた頬を必死に舐めるペルーンと、バルカンの心配そうな顔が目に入る。
「っ、だいじょうぶ……」
「クナゥ……クナゥ〜……」
まん丸い金色の瞳から大粒の涙をぽろぽろ流し、不安そうに鳴き声をあげるペルーンを重たい腕で抱き寄せる。
この子があの口裂け兎の様にならなくて良かったと、震える息を吐きながら、温かく柔らかな毛並みに顔をうずめた。
「ペルーン、ぶじでよかった……なかないで。だいじょうぶよ……」
くらくらと眩暈がして再び瞼を閉じると、安堵からか限界を迎えた身体が再び意識を手放した。
さらさらと水の流れる音が聞こえ、優しい風が頬を撫でる。
そんな中、バルカンの怒る声と小さく弱々しいペルーンの鳴き声が聞こえて目が覚める。
『まったくお前と言う奴は! 何のためにお前を側につけたと思っているんだ! 今回はメリッサの機転で助かったが、もしかすると死んでいたかもしれないんだぞっ』
「クナァ〜ン……」
『人間は我らと違って脆いのだ!』
「クナァゥ……」
『蝶を追いかけて呑気に我の所まで来るとは、まったく……お前のせいで肝が冷えたぞっ』
「ナァウ〜……」
ギッと睨みつけ叱るバルカンの前に、小さくお座りをして、しょんぼりと項垂れるペルーンの背中が見えた。へたり込んだ耳と尻尾に、後ろから見てもかなり落ち込んでいるのが分かる。
「バルカン、あまりペルーンを怒らないであげて。私も籠作りに夢中になって目を離したのだから」
『そうだな。お前も集中すると周りが見えな……メリッサ? 目が覚めたか! 起き上がって大丈夫なのか!?』
「クナァ〜ンッ!」
まだ何か言い足りない様子のバルカンが口を開いた所で声をかけ、あちこち痛む身体をゆっくりと起こした。私の声に振り返ったペルーンが、すぐさま駆け寄り飛びついてくる。
『あっ、こらちび! メリッサは怪我をしているのだぞっ』
「ゔっ……ふふっ、大丈夫よ」
擦り傷や打撲で青くなった身体に、小さな衝撃が走り鈍い痛みを感じる。だが幸い、大きな怪我もなくペルーンを抱きとめる事ができた。
「クナゥ〜、クナゥ〜っ」
「心配かけてごめんなさいね。ここまで運んでくれたの?」
周りを見渡すと、先程から聞こえる水音は川のせせらぎだった様で、気がつけばバルカンと初めて会った川辺に運ばれていた。
側には岩塩とリモールの入ったバケツが置かれ、悲鳴根の入った籠の中には、傷のついたリモールが一緒に積まれている。その上にはリモールを包んでいたはずの、土で汚れたスカーフが掛けられていた。
『ああ、それにお前が仕留めた魔物は川の浅瀬に浸けて血抜きをしている』
バルカンの視線の先には、岩に紛れて私と対峙した大きな鉱石猪が横たわっている。あんなに大きな魔物と近くで戦ったのだと思うと、あの時の恐怖が蘇りペルーンを強く抱きしめた。
その大きな鉱石猪の隣には、二回りほど小さい個体が横たわっている。
「もしかして、あの鉱石猪の番?」
『ああ、あれのメスだろう。逸れたオスを追って近くを彷徨っていたのを仕留めた。後々面倒だからな』
「そう……」
一匹だけでも死にものぐるいだったのに、あの場に二匹揃っていたら、今頃こうして聖獣達と話す事さえ叶わなかっただろう。不幸中の幸いとは正にこの事だ。
『メリッサ、これを食べると良い。少しは身体も楽になるはずだ』
バルカンからリモールを受け取り、美しい皮の表面についた傷を撫でる。あの時、リモールのお陰で一瞬の隙をつく事ができた。
お伽話の内容とは少し違うが、自分もこの果実に助けられたのだと、感謝する様に両手でリモールを包み込む。
沢山収穫したリモールは半分ほど鉱石猪に踏み潰されてしまったが、バルカン達が比較的綺麗なものを拾い集めてくれたようだ。
減ってしまったリモールはまた採りに行けば良い。こうして生きているのだから。
「ありがとうバルカン」
ナイフで半分に切ると、フレッシュで優しく爽やかな香りが広がる。皮の上からぷつぷつとした果肉を絞るように押さえ、じわりと溢れ出る果汁を吸い取った。
「〜っ! 酸っぱい!」
口の中に頬を刺激するほど強い酸味が広がり、目をぎゅっと閉じて唇を窄める。レモンとはまた違う爽やかな味に、もう一口と酸っぱいリモールを口に含む。
果汁を啜るたび身体の怠さが嘘の様に消えていく。ヒリヒリと擦り傷は痛むが、疲労回復効果があるのか座るのもやっとだった重たい身体が軽くなる。
『どうだ? 少しは良くなったか?』
「ええ、何だか身体が軽くなったわ! ふふ、魔物の血抜きが終わる頃には、解体作業もできそうね」
『そうか。我も手伝うが、あまり無理はするなよ』
「ええ、ありがとう」
『鉱石猪の肉は脂がのって美味いからな。しっかり食べれば力もつくぞ』
「まぁ! 楽しみだわ。ねぇ、ペルーン?」
私の胸に縋り付いているペルーンが、耳を伏せおずおずと小さな顔を上げる。先程から胸元が冷たいと思っていたが、ペルーンの涙でびしょびしょに湿っていた。
「あらあら、泣き虫さん。そろそろ泣き止まないと、あなたの綺麗な瞳が溶けてしまうわよ?」
「クナァン〜」
「あらやだ、ふふっ鼻水も垂らしちゃって。ほら、こっちを向いて」
ハンカチを取り出しペルーンの涙で濡れた顔と、小さな鼻を拭ってやる。
人間の様に涙を流すペルーンに、聖獣は本当に表情が豊かだと、赤子をあやす様に優しく背中を叩いたのだった。
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