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悲鳴と哄笑の魔物

 重たいバケツを地面に下ろし、丘海月の前に立つと、そわそわと手を閉じては開いたり落ち着きなく深呼吸を繰り返す。


 ゴモの蔦で作った耳栓をすると、風に揺れる木々のざわめきが遮断され、急に不安になって辺りを見渡した。視界にはサワサワと揺れる木々の隙間から溢れ日が差し、聖獣達を美しく照らしているのが目に入る。

 不安そうな顔をする私に、ペルーンが丘海月を叩く手を止め足に擦り寄ってきた。陽の光で更に煌めく金色の瞳で私を見上げ、鳴き声を上げている。

 残念ながらその可愛い鳴き声は聞こえないが、安心させようとしてくれているのが伝わり、きつく結んだ唇が緩む。


 ペルーンをひと撫ですると、木の枝ではなく自分の指で、ほんの一瞬だけ丘海月に触れてみる。すぐに引っ込めた指先に、直接触れて異常がないかまじまじと観察し、何事も無かった事に安堵した。

 丘海月は此方を攻撃する事なく、ただぷるんっと揺れて沈黙を守っている。この魔物が集合体になると恐ろしい事を忘れてしまいそうなほど静かだ。

 今度は両手でそっと触れると、たぷんたぷんの冷んやりとした手触りが、意外と心地良くそのままむにりと掴んで持ち上げた。


 聖獣達が見守る中、深妙な顔つきで悲鳴根の上に丘海月を置いて押さえつける。透明な丘海月の中に悲鳴根の葉が飲み込まれるのを見て、一つ息を吐くと丘海月の中に力強く手を差し込んだ。

 ぐにょりと冷たい丘海月に手が包み込まれ、指先に悲鳴根の葉が当たる。粟立つ背中をそのままに、手を深くまで差し込み、その葉を手繰り寄せながら掴んだ。

 失敗したらと恐ろしく緊張して身体に余計な力が入る。ごくりと唾を飲み込む音が、より一層大きく頭の中に響いた。


「抜くわ。耳を塞いでいてね」


 耳栓をして聞こえないが、頷いた聖獣達が地面に伏せて前脚で両耳を塞ぐ。その可愛らしい姿に、強張っていた身体から力が抜け、少しだけ余裕が生まれる。

 もう一度、悲鳴根の葉を掴み直すと力一杯引き上げた。



 ずぼっ!

 

 ギャ、ぬぷんっ(ァァァァ、ギャァァァァ、ギャァァァァ!)


 悲鳴根を土から引き上げた瞬間、耳栓越しに一瞬だけ聞こえた、つんざく様な高い悲鳴に顔をしかめ、丘海月の中で足掻く悲鳴根を見た。

 透明な膜の中で、根っこの手足をジタバタと振って丘海月から逃れようともがいている。ぽっかりと開いた口と目からは、真っ暗な闇が覗いており、形を変えて悲鳴を上げ続けるその禍々しい姿に視線を逸らし耳栓を外した。

 丘海月に包まれ小さくなった悲鳴根の叫び声に耳を澄ませると、悲痛な悲鳴を繰り返すだけでくすりともしない。どうやらこの個体は毒有りのようだ。


『ハズレのようだな』


「ええ、笑っていないわ」


「クナァン!」


 毒有りの悲鳴根を丘海月ごと埋めていると、ペルーンが新しい悲鳴根を見つけ呼びかけてくる。その際、パシパシと悲鳴根の葉を叩き土を散らすので、誤って悲鳴根が顔を出すのではないかと冷りとした。

 慌てて近くにいた丘海月を鷲掴み、悲鳴根目掛けて投げつける。突然降ってきた丘海月に驚きながら、不思議そうに空を見上げるペルーンに、ハッとし怪我がないか駆け寄った。


「ああ、やだ私ったら……当たらなかった? ごめんなさいね。私が丘海月を投げたの。悲鳴根は危ないからあまり触ってはダメよ?」


「クナァ〜ン」


 私の手に擦り寄り気持ち良さそうに目を瞑るペルーンの顎下を撫でながら、自分の額に浮かんだ冷や汗を拭った。一通りペルーンを撫でてバクバクと煩い心臓が落ち着いた頃、耳栓をしっかりとはめて丘海月の中に手を一思いにグッとめり込ませる。

 先ほどよりもしっかりと悲鳴根の葉を掴むと、聖獣達に目をむけた。私が何も言わなくても、スッと耳を塞ぐ聖獣達を確認して勢い良く悲鳴根を引き抜く。


 ギャ、ぬぷんっ(ァァァハハハ、ギャァァァハハハ)


「笑ってる!」


 真っ暗な目と口の穴は変わらないが、心なしか丘海月の中でもがく悲鳴根が、先ほどとは違い笑い悶える様にもぞもぞと動いている。


(ギャァァァハハハ、ギャァァァハハハ、ギャァァァハハハ)


「本に書いてあった通りだわ。それにしても凄い大笑いね……」


(ギャァァァハハハ、ギャァァァハハハ、ヒィ〜ッ)


「……ねぇ、今引き笑いしなかった?」


『したな』


「クナァ」


(ヒィ〜ッ!)


 静かな森に小さく悲鳴根の笑い声が響く。そのなんともシュールな光景に目が離せずじっと見つめていると、笑いすぎたのか悲鳴根が引き笑いを始めた。

 ここまで大笑いをするものを今まで見たことがない。夜会で見かけた体格の良い元軍人の老紳士は割と大胆に笑っていたが、引き笑いをするほど大笑いはしていなかった。

 禍々しいのは変わりないが、こんなに薄気味悪く陽気な魔物の息の根を止めるのかと思うと気がひける。だが、早くしないと丘海月が弱り水になってしまうかもしれない。


『どうした。早く息の根を止めろ』


(ヒィ〜、ヒィ〜、ギャァァァァハハハ、ヒィ〜!)


『まぁ、こやつの場合そのまま放置していても笑い死にそうだがな』


 ジタバタと丘海月の中で笑い転げる悲鳴根に、ナイフを突き立てる決心が中々つかず、早くしなければと焦る気持ちばかりが募って行く。


(ギャァァァハハハ、ギャァァァハハハ、ヒィッ……)


「え、死んだの?」


『死んだな』


「クナァ」


 丘海月の中で悲鳴根の活発に動き回っていた手足がだらりと下がり笑い声が突然止んだ。ぽっかりと開いていた口と目が閉じられ、こうして見ると若干の怪しさはあるものの普通の植物に見える。

 ホッと息を吐いて地面に悲鳴根を置いた瞬間、閉じられていた真っ暗な目と口がパカリと開き、大きな笑い声を上げた。


(ギャァァァァハッ)


「ひぃ!」


 ザクッ!


 突然の事に驚いて、握っていたナイフでザックリと悲鳴根の眉間にナイフを突き立てた。


『なんだ生きていたのか』


「……ええ、そうみたい」


『これで本当に死んだな』


 今度こそ本当に声が聞こえなくなった悲鳴根を見て、微妙な気持ちになりながらナイフを引き抜いた。一緒に刺された丘海月が、じわりと水に変わって、ナイフの切れ込みが入った悲鳴根を残し、地面に染み込んで行った。



 何度か悲鳴根を地面から引き抜き当たり外れはあったものの、毒なしの悲鳴根をナイフで躊躇なく刺す事ができる様になった頃、バルカンがぴくりと耳を揺らし空を見上げた。


「どうしたの?」


『いや、なんでもない。それより我は丸焼きにする魔物を狩ってくる。おい、ちび! メリッサの側を離れるなよ』


「クナァン!」


「いってらっしゃい」


『ああ』


 バルカンがのそりと茂みの奥へ去って行くのを見送ると、新しい丘海月を拾いあげた。


「それじゃあ、私達は悲鳴根を収穫するのを続けましょうか!」


「クナァ!」


 慣れた手つきで新たな悲鳴根を地面から引き抜き、息の根を止める。宝箱の様なバケツの側には、新たな悲鳴根が積まれていくのだった。

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