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宝石箱と靴底の魔物

 塩の洞窟で岩塩を採取し、先程まで軽かったバケツが今ではずっしりと重たい。


 痛くなる手を持ち替えバケツの中に視線を落とす。水晶の様な美しい岩塩と金色に輝くリモールが入っているだけで、古びたバケツが宝箱に様変わりした。

 屋敷へ宝石を売りに来ていた、ごますりが上手な宝石商が見せるトランクケースの中よりも遥かに美しい。


『今日の風呂上がりはリモネードで決まりだな!』


「クナァン!」


 美しい宝箱に目を奪われていると、バルカンの嬉しそうな声にペルーンが飛び跳ねる。

 彼らの期待のこもった眼差しをうけ、リモネードはすぐに飲むことができないと伝え忘れていた事を思い出す。


 レモンシロップのレシピには、砂糖が溶け果汁が浮かぶまで数日漬け込むと書いてあった。その為レシピ通りにリモールと樹液の粒を漬け込むと数日かかるはずなので、リモネードは今日中に飲めないのだ。


「あの……ごめんなさい。伝え忘れていたわ。リモネードのシロップができるまで数日はかかると思うの」


『なんだと! すぐに飲めないのか!?』


「クナ!?」

 

「え、えぇ……」


 信じられないと目を見開く聖獣達に、気まずげに頷いた。そんな私を見て、心なしか聖獣達の歩みが遅くなる。

 ピンと立っていた耳は伏せられ、音が鳴りそうなほど振っていた尻尾はよろりと萎れた。聖獣達のあまりの落胆ぶりに、最初に言っておくのだったと後悔し眉を下げる。

 もっと簡易的に飲める方法はないのかとバケツの中を覗き込み考えた所で、そもそも果汁を絞って甘味を加えれば似た様な物になるのではないかと思いつく。


「リモールを漬け込まなくても、果汁を絞って砕いた樹液の粒を溶かせば、それらしい物ができるのではないかしら?」


『本当か!?』


「た、多分……私も作ったことがないから分からないけど……」


『酸っぱいのは嫌だぞ!』


「クナァ!」


「ええ、そうね。それじゃあ、樹液の粒を多めに使ってみましょうか」


 木苺ミルクの時とは違って、樹液の粒を使う量が多くなるので、砕いただけでは上手く混ざらないかもしれない。まずは一度、水と樹液の粒を煮詰めて溶かした物を、果汁と混ぜた方が良さそうだ。


 私の提案に、聖獣達のへたりと萎びた耳と尻尾がピンと元気を取り戻す。先程まで重かった足取りが軽くなり、尻尾をブンブンと振って弾む様に歩く彼らに、私も楽しくなってくる。


「ふふふっ、美味しくできたら良いわね!」


「クナァン!」


 上機嫌な聖獣達と一緒に、笑いながら同じように弾みをつけて歩く。カシャンとバケツを揺らし軽くステップを踏んで、片足を大きく振り下ろしたその瞬間。



 べちゃりっ!



「っ!?」


 泥とは違うぶよぶよとした弾力のある柔らかい何かを踏みつけてしまった。ぞわぞわと何とも不快な感触が足裏を襲い全身に鳥肌が立つ。

 固まる笑顔をそのままに、恐る恐る視線を下に向ける。すると、透明なぶるぶると震える何かを、自分の足がしっかりと踏みつけているのが目に入った。


「やだっ! なにこれ!? 」


 バッと足を上げると、ねっちょりと透明な粘液が伸びて靴底についてくる。張り付いた気味の悪いそれを、地面になすりつける様に何度も擦りつけた。

 先程までぶるぶると震えていた粘度のある何かが徐々に溶けて行き、小さな魔石の粒を残して水の様に地面に染み込み消えていった。


「魔石だわ。……もしかして、さっきのぶよぶよした物は丘海月かしら?」


『ああ、そうだ。丁度昨日メリッサが読んでいた本に載っていたな。ほら、あそこにもいるぞ』

 

 バルカンの見つめる先に、両手ですくえる程の大きさをした、透明な固まりが地面に張り付きぷるぷると小さく揺れている。

 不思議な魔物を、しゃがみこんで観察し木の枝でつついてみると、ぷるんと大きく揺れた。先程は私が踏みつけてしまったせいで、弱って粘液の様に伸びたようだ。

 ぷるんぷるんと反発するそれに、ペルーンが丘海月を前脚でぺしっと叩く。透明なそれの跳ね返る弾力が気に入ったのか、小さな前脚で何度もぺちんぺちんと叩いて遊ぶ。

 ペルーンにされるがままの丘海月を見つめながら、昨夜見た『下巻』の丘海月のページを思い出す。


 小さいと何の害もないが、大きな集合体になると人間を窒息させるほどの威力があるらしい。それともう一つ、なんと悲鳴根の収穫にも役に立つのだとか。


 悲鳴根は植物型の魔物で、誤って地面から引き抜いてしまうと根っこの手足をばたつかせ、目と口の様にぽっかりと空いた黒い穴から悲鳴を上げるのだ。

 その絶叫たるや凄まじく、近くで聞いたものを死に至らしめるほど強烈な叫びなのだとか。しかも、その根には猛毒があり、少量でも口にすればコロリと永遠の眠りにつくのだ。

 けれど、そんな恐ろしい魔物だが、悲鳴根は薬に使われたりと何かと需要がある。


 一応、植物図鑑にも記載されており、その収穫方法は地面から引き抜かず、まずは土の上から根に向かってスコップやナイフを突き刺し殺してから掘り起こすそうだ。

 ただ、悲鳴根は猛毒がある物とそうでない物があり、目視だけではその見分けがつかない。その為、収穫して薬を作る段階で、特殊な方法を用いて初めて毒の有無が分かるのだとか。

 そして、毒無しの悲鳴根は需要がない為、すぐに廃棄されるそうだ。


 ちなみに、これは夜会で小耳に挟んだ話だが、どこかの国では大罪を犯した者を裁く時、その罪人に自ら収穫させた悲鳴根を食べさせる処刑法があるそうだ。

 もし、毒のない悲鳴根を食べた者は処刑を免れ、一生を独房の中で過ごし、その国が信仰する神に祈りを捧げ続けるのだとか。


 昨夜読んだ『下巻』の悲鳴根のページには、驚くべき事に生きたまま収穫し毒のない悲鳴根の見分け方から、それをなんと食す方法まで書かれていた。


 その収穫方法は、先ほど踏みつけた丘海月を悲鳴根に被せて、包み込む様に地面から引き抜くのだとか。

丘海月に包まれると悲鳴根の声が小さくなるので、耳栓を外して悲鳴の泣き終わりを聞くのだ。毒有りは、そのまま繰り返し悲鳴を上げ続けるが、毒無しの場合は最後に笑い声を上げるらしい。

 その笑い声が何とも可笑しく不気味なのだが、誘い笑いの様な悲鳴に、収穫しながらつい一緒に笑ってしまうと書いてあった。

 ちなみに、使わない悲鳴根は丘海月ごと土にそのまま埋めても良いし、収穫するなら丘海月の上からナイフを刺して息の根を止めれば良いそうだ。


 ただ、悲鳴根を土から引き抜き丘海月の中に包み込む瞬間、どうしても一瞬だけ悲鳴が聞こえてしまうらしい。それも耳栓をしていれば一瞬だけ悲鳴を聞いても死にはしないそうだ。

 だが、耳栓をせずにその一瞬を聞いてしまうと、気絶して数日耳鳴りや頭痛、吐き気に悩まされるので要注意と書かれていた。


 流石に猛毒で有名な悲鳴根をいくら毒無しでも口にするのは抵抗があるし、引き抜く時に失敗したらと考えると恐ろしい。

 けれど、この森に入って肉の匂い消しに使ったハーブ以外の野菜をまともに口にしておらず、そろそろ野菜をしっかり食べたい。悲鳴根はいろんな料理にも使えて、根野菜の様で中々美味しいそうだ。

 それに、どんな笑い声なのか怖いもの見たさと言うのもあり、キョロキョロと悲鳴根らしき植物がないか辺りを探す。


『なんだ。もしかしてあの煩い根っこを探しているのか?』


「ええ、そう簡単に生えていないかしら?」


『いや、丘海月がいるなら近くに生えている事が多いぞ』


「あら、それなら丁度良いわね! 何処にいるのかしら……あ、ねぇバルカンもしかしてこれじゃないかしら?」


 周りの草とは様子が違う、青々とした葉がふさりと地面に生えている。植物図鑑に載っていた絵に、葉の形がそっくりだ。


『ああ、それだ。ちゃんと耳栓をするんだぞ。それに抜く時は一声かけろ。我らが聞いても死にはしないが、あの甲高い声は耳障りで仕方がない』


「分かったわ。でもまずはあの丘海月を触らなくては駄目なのよね」


 渋い顔をして耳を擦るバルカンに相槌をうちながら、ペルーンが遊ぶ丘海月をちらりと見て、いまだ鳥肌が消えない腕を擦り合わせたのだった。

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