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温かな寝床とリモールの樹木

 大判のスカーフを肩に結びバケツを持った所で、バルカンに槍の穂先をつけた串を渡される。

 やはり今日の朝食兼昼食は魔物の丸焼きになりそうだ。苦笑いを浮かべ、ゴモの蔦で串を縛り持ち手を作って背負うと水筒を首から下げた。

 腰に取り付けたナイフの他にも、鋭い持ち物が増えて少し緊張する。


「それじゃあ、行きましょうか」


 扉を開くと新鮮な空気と一緒に、差し込む朝日に目を細めた。朝霧に濡れた葉がキラキラと輝いて美しい。

 ペルーンが葉の先から零れ落ちる水滴を舐めとりながら歩く。

 小さなペルーンが雨宿りできそうな程の大きな葉から、ぷっくりと朝日を閉じ込めて輝く透明の粒がするりと流れ落ちる。口を開けて歩くペルーンがタイミングを逃し、ポチャンと鼻先に粒が弾けて驚き目を丸めた。

 ブルブルと水気を散らす可愛らしいその姿にくすりと笑う。


『昨日は折角布団を洗ったのに結局ベッドで寝なかったな』


「ええ、なんだか寝付けなくて……」


 昨晩はベッドにお日様の香りのする布団を敷いて一度は横になったのだ。だが身体は疲れているのに何故か寝付けず目が冴えて何度も寝返りを打った。

 終いには、枕元で眠っていたペルーンを抱えて、バルカンの眠るリビングに向かったのだ。

 横たわり眠るバルカンの腹に身体を傾け、もぞもぞと寝やすい体勢を作る。そんな私に、片目を開けたバルカンが呆れながらも身体を丸め、柔らかな毛並みで私を包み込んでくれた。

 とくとくと聞こえる鼓動と温かな体温に、ゆっくりと瞼が落ちて、いつのまにかぐっすりと夢の中へ旅立っていたのだ。


 昨晩のことを思い出し、寝室は使う事がなさそうだと考えながら、こちらを見てくるバルカンに笑ってごまかした。そんな私に、何かを悟ったバルカンがやれやれとため息をついて歩みを進めた。


『そろそろ着くぞ』


「ふふ、はーい」


「クナァーン」


 ペルーンが駆け出し先へ行く。その姿を目で追って歩いていると、木々の隙間からキラリと何か光るものが見えた。

 遠くからでは木々に隠れ見えにくかったが、近づくたびに光の数が増えて行く。目の前には、太陽の光を燦々と浴びて輝く、黄色に金の縞模様が入った美しい果実が、大きな樹木にいくつも実っている。

 風で枝が揺れその度にキラリキラリと陽の光を反射させるその果実は、お伽話に出てくるリモールそのものだ。


「クゥナー!」


 何度も想像した果実の何倍も美しいその姿に見惚れていると、ペルーンが樹木に登り一番低い枝の上から鳴き声を上げ呼びかけてくる。器用に枝の上を歩き、私の手の届く高さまで枝をしならせてくれた。


「ありがとう。でも落ちない様に気をつけてね」


「クナァ」


 目の前の輝く果実に手を伸ばした所で、あまりの神々しさに本当に採ってしまって良いのだろうかと手を止めた。


『どうした、採らないのか?』


「クナァン?」


 手を止め躊躇する私に聖獣達が不思議そうな顔をする。


「ちょっと待って」


 人間が何人も手を広げないと届かないほどの、太くて大きな樹木の幹にそっと手を当てる。


「リモールをいただきます」


 樹木を見上げ優しく撫でると、サワサワと葉が揺れ一番高い場所に実っていたリモールが一つ落ちてきた。


「え!? あ、わ、わっ! ……っ」


 両手を広げ慌ててその実を受け止める。寸前で目を瞑ってしまったが、パシリと手の中に衝撃が走りそっと目を開けた。


「まぁ! ふふ、ありがとう」


 そこには太陽の光を一身に浴びて、一等大きく成長した立派なリモールがあった。

 たまたまなのか、それとも目には見えず自然に溶け込んだ妖精が落としてくれたものなのか分からないが、手の中の美しいリモールを見つめて微笑んだ。

 鼻を近づけ果実の香りを大きく吸い込むと、レモンに似た爽やかな香りがする。だが、レモンにはないなんだか心が安らぐ様な落ち着く香りだ。


「とっても良い香りだわ……これが恐ろしい病を治したリモールなのね」


 目を瞑り爽やかな香りを堪能しながら感動していると、バサンバサンと大きく葉が揺れる音が聞こえて目を開く。なんとペルーンが、しなる枝が楽しいのか飛び跳ね遊んでいたのだ。


「あぁ! 危ない! それに、枝が折れたらいけないわっ! ペルーンそこで飛び跳ねてはダメよ」


「クナァ?」


 急いでペルーンが遊ぶ枝の下に行き呼びかける。するとペルーンが、再度飛ぼうと浮かせていた前脚をピタリと止めた。

 細い枝に二本の後脚だけで立ち上がったまま、小首を傾けてこちらを見下ろす小さな体が、今にも落ちそうでハラハラする。


「ゆっくり前脚を枝に下ろして……そう、ゆっくりよ。……はぁ〜っ、びっくりした」


 ペルーンが前脚を枝に下ろしたのを見届けて、詰めていた息を大きく吐いた。そんな私に気づかず、当の本人は枝の上で寛ぎ毛繕いをしている。

 その姿を見て、無駄にかいた冷や汗を拭い一つ溜息をつくと、目の前にゆらゆらと揺れるリモールに手を伸ばしたのだった。



 肩に結んでいた大判のスカーフに、沢山収穫したリモールを包んで背負う。半分はリモネード用に、もう半分は塩レモンならぬ塩リモールを作るのだ。

 料理本にレモンシロップの他にも、塩レモンの作り方が載っていた。漬けて熟成させる為すぐに使う事は出来ないが、その分美味しい調味料になるそうだ。

 リモールのお陰で味付けのレパートリーも増えるし、どんな味になるのか楽しみでワクワクする。

 バケツにも、すぐに使う用のリモールを数個入れると、樹木を見上げた。まだ沢山実っており、所々白い可憐な花が咲いている。

 バルカンが一年中リモールは実ると言っていたので、あの花がまた新たに実をつけるのだろう。


「分けてくれてありがとう。またくるわね」


 目に見えぬ妖精と樹木に感謝し、下ろしていた串を肩に掛け直すと、その足で塩の洞窟へ岩塩を採りに行ったのだった。

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