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お伽話と幸せの一杯

 疲労回復の薬草を浮かべた、白い湯気の上がる露天風呂に、肩までゆっくりとつかる。


 大きく息を吸い込むと、鼻にスッとした独特の香りが通り抜け、爽快感のある空気が肺いっぱいに満たされる。この薬草を使った朝風呂に入れば、一発で目が覚めそうだ。


 薄緑色のお湯を肩にかけながら、風呂の縁を飾る岩に背を傾けた。見上げた空には、無数の星が一斉に流れ落ちてきそうなほど燦々と光り輝いている。


 火光虫がふわふわと飛び回り、空に光る星達が意思を持ち地上に舞い降りてきたようだ。この美しく幻想的な景色を眺めながら入る露天風呂は、東の国でも滅多に味合う事が出来ないだろう。


『薬草を入れた風呂も爽快感があって良いものだな』


「そうね、気持ちがいいわ! こうして薬草を浮かべたお風呂の事を、薬湯風呂って言うのですって。東の国には色んなお風呂があるそうよ」


『ほぉ、他にもあるのか』


「ええ、温泉そのものに効能があるのは勿論だけど、牛乳を入れたミルク風呂とか、柑橘系の果物を浮かべた柑橘風呂とか……あとはなんだったかしら?」


『美味そうだ。風呂に浸かりながら飲めそうだな!』


「クナァ!」


 口の周りをペロリと舐めて想像する聖獣達を前に、風呂の湯を全て飲み尽くしてしまいそうな光景が脳裏に浮かんでくすりと笑う。


「ふふ、お風呂のお湯を飲んじゃダメよ。ミルク風呂ならすぐにできそうね」


『ああ、それにリモールなら一年中実っている。確かあれも柑橘と言う果実の種類ではないかとガジルが言っていたが、リモールで柑橘風呂はできるか?』


「この森にリモールがあるの!?」


「クナァ〜ン」


 お伽話で良く耳にする植物の名前を聞いて、バシャリと勢い良く音をたて立ち上がった。その波の振動で、ぷかぷかと丸い腹を出して浮かんでいたペルーンが、ゆるい鳴き声をあげながら押し流される。


『あ、ああ、あるぞ。酸っぱい実だろ? ガジルがリモールと呼んでいた』


「それって、黄色に金色の縞模様が入ってる……? ただの黄色いレモンじゃなくて?」


『縞模様ならちゃんと入っているぞ。そう言えば、ガジルが初めてリモールを見た時も、お前と同じように驚いていたな』


「だって、お伽話に出てくる恐ろしい病気を治した果実なのよ! まさかリモールまであるなんて……すごいわ!」


 両手を握りしめ鼻息荒くにじり寄る私に、バルカンが後退る。


『そ、そうか。明日採りに行くか?』


「ええ! 是非行きたいわ! あぁ、リモールをこの目で見る事ができるなんて!」


 ペルン同様、リモールもお伽話に登場する植物で、妖精から授かったその実のお陰で、恐ろしい病魔に人々が打ち勝ったとされている。

 人々が苦痛に晒された事の発端は、長期間の船旅にあった。船員や旅人達が次々と死に至る謎の病気にかかったのだ。

 どこにも逃げる事のできない海の上で、苦しみと恐怖に怯える人々の前に、一匹の妖精が色鮮やかに輝く美しい果実を運んできた。

 妖精に勧められたその果実は、口を窄めるほど酸っぱい。だが、皮をむくたび爽やかな香りが立ち込め、船の中のどんよりとした悪臭を消し去った。

 一口、また一口と酸っぱさに驚きながらも、旅人達が口にする度、身体の気怠さが取れていく。浅い呼吸を繰り返し、死の淵に立つ寝たきりの者に、果汁を搾って飲ませれば、余りの酸っぱさに目を見開き飛び起きた。

 すぐそばで鎌を振り上げていた死神は、その光景に肩を落として去って行ったのだ。

 そして、無事に愛しい人の元へ帰る事のできた船員や旅人達は、命を救ってくれた心優しい妖精に感謝した。


 現在はお伽話に出てくるリモールの代わりに、船旅に出る時は、レモンを魔除として積んで行くのが船員や旅人達の決まりのようだ。中には甘くて美味しいレモンカードや、レモンの蜂蜜漬けなどを食後のデザートとして持参する者も多いのだとか。


 きっとペルンの時と同じ様に、リモールの種を人々が植え、レモンが育って今に至るのだろう。


 ペルンとはまた別の、妖精が人々を救った植物を見る事ができると思うと気分が高揚した。植物に興味が湧いてからは、幼い頃に読んだお伽話の植物は、どれほど美しいのだろうかと何度も想像していたのだ。


「楽しみだわ!」


『リモールは酸っぱすぎて、我はあまり好きではない』


「グナァ……」


 リモールの味を思い出したのか、バルカンとペルーンが顔に皺を寄せ酸っぱそうな、なんとも言えない表情をする。


「あら、そうなの? もし味や香りがレモンに似ているなら、お料理に使ったりレモネードにすると、バルカン達も気にいると思うのだけど……」


『レモネードとはなんだ?』


「レモンをお砂糖や蜂蜜を漬けて作ったシロップに、お水やお湯で割って飲む物よ。甘酸っぱくてとっても美味しいの!」


『ほぅ! それは美味そうだ! 酸っぱいだけは好きではないが甘いなら話は別だ』


「クナァンッ!」


「ふふ、それじゃあリモールを収穫したら、樹液の粒を使ってレモネードならぬ、リモネードを作ってみましょうか!」


『うむ、それじゃあ明日はリモールを採って沢山リモネードとやらを作ってもらおう!』


「クゥナァ!」


 ザバンと音をたて立ち上がったバルカンが、ぶるぶると体を振って水気を飛ばす。


「わっぷっ、ちょっとすごい散るわ! バルカン! 」


「クナァー!」


 シャワーのように降り注ぐお湯に、ペルーンが喜び真似をして岩の上で体を振った。


「もうっ! 二人ともやめてちょうだい! ちょっ、わっぷ……やったわね〜! それっ!」


 顔にかかったお湯を拭いながら、注意しても止めない聖獣達に、お湯を両手ですくってやり返す。


『むっ、やったなっ! ふんっ!』


「クナゥッ!」


「あはははっ、ぶふっ……もぉ〜! えぃ!」


 バシャバシャとお湯を掛け合う水音と、笑い声が静かな森に響き渡る。楽しそうな笑い声につられ、火光虫が活発に飛び回り、もくもくと上がる湯気と飛沫を照らしてキラキラと光った。


 余りのはしゃぎように、いつもは白い頬が湯にのぼせ真っ赤に染まる。盛大に水しぶきをあげる聖獣達に降参をして早々に引き上げた。




 ほかほかと湯気の上がる身体に、冷えた木苺ミルクをごくごくと喉を鳴らして流し込む。ごろりと入った果肉を噛むたびに、プチプチと弾ける種の食感が小気味良い。


「っはぁ〜、 美味しい!」


 まろやかで甘酸っぱい風呂あがりの一杯に、幸せを噛み締めた。


『美味いっ! おかわり!』


「クナァン!」


 あれだけはしゃぎ回ったのに、まだまだ元気な聖獣達は木苺ミルクを気に入ったようで、しっぽをブンブンと風が吹くほど振っている。もう少しゆっくりしたくて、そっと聖獣達の後ろへ回り込み尻尾から流れてくる風で涼む。


「はぁ〜、涼しいわ……」


『む、なんだ?』


「クナァ?」


 パタリと尻尾を止めて、不思議そうに振り返った聖獣達の口の周りに、木苺ミルク色をした髭ができている。


「ふふ、口の周りにピンクのお髭が出来ているわよ」


 きょとんとした聖獣達がお互いの顔を見合わせると、ペロリと口の周りを舐めとった。


『メリッサ、おかわり』


「クナァ〜」


「あら、可愛かったのに〜。はいはい、どうぞ」


 急かすように皿を鼻で押す聖獣達に、とぽとぽと木苺ミルクを注いでやると、尻尾を勢い良く振り始める。

 自分のカップにもおかわりを注いで、涼しい風の吹く尻尾の側で、火照った体を休めたのだった。

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