表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/114

下巻と道具

「珍しく可愛らしいお客さんがこられたの。ほっほっほっ!」


「こ、こんにちは」


「ほっほっほっ! そんなに怯えんでも、とって食ったりはせんよ」


 白い髭をゆっくりと撫でながら笑う亭主らしき老人に、おずおずと挨拶をすると、おや? と垂れ下がった細い目を、片方だけ開き赤い瞳をのぞかせた。


「こりゃ、また珍しい。その本が気になるのかの?」


「あ、これ……はいっ! 上巻は読んだことがあるのですが、下巻が見つからなくて」


「ほぉ! 上巻を読んだ事があるのかね。それはそれは……可愛い白兎さん。あんた見た所、魔力の色がないようじゃが、もしかして無色のご令嬢とやらかの?」


「……は、はい」


 亭主の口から、無色のご令嬢という名が出てきて、下巻を見つけて浮き立つ気持ちが、しゅるしゅると萎んでいく。


「ほっ!ほっ! いやいや、すまんの。悪い様に取らんでくれ。それなら、この本との巡り合わせも偶然ではないと思っての」


「……?」


「この本があんたを、呼んだのかもしれんと思ったんじゃが……今日は本を探しにきたんかの?」


「あっ! えっと、その……買い取って欲しい物がありまして」


 鞄の中のドレスや宝石を、カウンターの上に並べて行く。


「ほお、こりゃまたうちで買い取るより、通りにある質屋に持って行った方が金になると思うがの」


「ええ、まぁ……ですが、ここで買い取っては頂けませんか?」


「ふむ、そうじゃの。ちょっと、待っとれ」


 何かを考える素振りを見せた亭主が、奥の部屋に消えた。


「どこにやったかの〜。ここじゃないの……おぉ!あったわい!これじゃこれ」


 亭主の独り言と、ガサゴソと何かを探す音が、奥の部屋から聞こえてくる。ゴホゴホと咳をしながら、埃のかぶった箱を持って、亭主が戻ってきた。


「うちの店じゃ、宝石は質屋と変わらんが、ドレスは高く買い取れんからの。その代わり、その本とこの道具をおまけしてやろう」


 亭主が箱の埃を雑に払い、蓋を開けると、中には握り拳くらいの石と、同じサイズの木片に金具がはめ込まれた物や、何かの革を鞣した大きなシートに、革製の水筒、そして茶色く薄汚れた布の中には、ナイフの他に様々な、何に使うのか分からない刃物が包まれていた。


 石と金具のついた木片を手に取り眺めると、学園の図書館にあった上巻に、挿絵とともに紹介されていた、火打ち石にそっくりだった。


「あの、これもしかして……火打ち石ですか?」

 

「ほっほっ! 上巻をよく読んどる様じゃな。そう、これが火打ち石。これは、この本の冒険者が実際に使いよったもんでの。この本と縁があるなら、これも使う時がくるかもしれんからの」


「っ!? こんな貴重な物、本当によろしいんですか?」


「ほっほっ! 可愛らしいお客さんには特別じゃわぃ!」


「でも、それではご亭主が損をされませんか?」


「なに、この本も道具も、日頃から魔法を使う者にとっては、見向きもされん様なもんじゃからの。ここにあっても、ただのガラクタじゃわい。必要とする者に使ってもらう方が、道具も本も嬉しかろうよ」


「そんなっ、ガラクタだなんて! すごく嬉しい……ありがとうございます。大切にします!」


 嬉しそうに本を抱きしめ、頬を紅潮させながら、道具を一つずつ確認していく私に、亭主は優しい微笑みを向けた。


 空になった通学鞄に全て入るか心配だったが、道具を箱から取り出し、ドレスと同じ様に、革のシートを小さくたたんで、亭主に手伝ってもらいながら何とか全てを詰め込む事が出来た。


「それでは、失礼します。本当にありがとうございました!」


「ほっほっほっ! 気をつけての」



 行きより帰りの方が、ズシリと重くなったパンパンの鞄に、御者に何か言われたらと心配した。だが暇そうに煙をくゆらせていた御者が、私を見て慌てて火を消し愛想笑いをしながら、私を馬車へエスコートすると御者台に乗り込み馬に鞭を打つ。

 慌てて鞄どころではなさそうだったので、怪訝に思われなくてホッとした。彼は今、馬車を御しながら、先程の怠慢を父に報告されないか心配している事だろう。

 時間をつぶす様にとは言ったが、伯爵家の使用人たるもの、あの様な態度で主人を待つのは流石にいただけないのは、本人も分かっているから慌てていたのだ。



 必要な物を買い揃えるのに、これは良いチャンスだわ。



 コンコンッ


「ちょっと良いかしら?」


 屋敷に着く前に、御者台をノックして馬車を停車させる。


「は、はいっ! 如何致しましたか? お嬢様」


「先程の事は誰にも言いませんから、明日学校の帰りに連れて行ってもらいたい所があるのだけれど、あなたも内緒にしてくれるかしら?」


 先程のことを注意されるのではと、冷や汗をかく御者に、ニコリと笑って提案をする。


「ど、どこにお連れすればよろしいのですか?」


「それは明日伝えるわ。どうします?行かないなら残念ですが、お父様に報告せねばなりません」


「い、行きます! 行かせてください!」


「そう。では明日よろしくお願いしますね」


 話は終わりだと、笑い掛けると、御者は少しホッとした様な、けれど明日どこへ連れて行く事になるのかと、不安そうな顔をして馬車を出した。



 や、やった! よかった!

 半ば脅す様な形で約束をもぎ取ってしまったけど、何とか必要な物を調達できそうだわ。

 たまには、他のご令嬢達を見習って強気に言ってみるものね!



 慣れない事をして興奮しているのか、心臓がバクバクと大きな音をたてている。

 大きく深呼吸をして落ち着かせると、パンパンになった通学鞄を抱きしめ、ふふふと小さく微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ