下巻と道具
「珍しく可愛らしいお客さんがこられたの。ほっほっほっ!」
「こ、こんにちは」
「ほっほっほっ! そんなに怯えんでも、とって食ったりはせんよ」
白い髭をゆっくりと撫でながら笑う亭主らしき老人に、おずおずと挨拶をすると、おや? と垂れ下がった細い目を、片方だけ開き赤い瞳をのぞかせた。
「こりゃ、また珍しい。その本が気になるのかの?」
「あ、これ……はいっ! 上巻は読んだことがあるのですが、下巻が見つからなくて」
「ほぉ! 上巻を読んだ事があるのかね。それはそれは……可愛い白兎さん。あんた見た所、魔力の色がないようじゃが、もしかして無色のご令嬢とやらかの?」
「……は、はい」
亭主の口から、無色のご令嬢という名が出てきて、下巻を見つけて浮き立つ気持ちが、しゅるしゅると萎んでいく。
「ほっ!ほっ! いやいや、すまんの。悪い様に取らんでくれ。それなら、この本との巡り合わせも偶然ではないと思っての」
「……?」
「この本があんたを、呼んだのかもしれんと思ったんじゃが……今日は本を探しにきたんかの?」
「あっ! えっと、その……買い取って欲しい物がありまして」
鞄の中のドレスや宝石を、カウンターの上に並べて行く。
「ほお、こりゃまたうちで買い取るより、通りにある質屋に持って行った方が金になると思うがの」
「ええ、まぁ……ですが、ここで買い取っては頂けませんか?」
「ふむ、そうじゃの。ちょっと、待っとれ」
何かを考える素振りを見せた亭主が、奥の部屋に消えた。
「どこにやったかの〜。ここじゃないの……おぉ!あったわい!これじゃこれ」
亭主の独り言と、ガサゴソと何かを探す音が、奥の部屋から聞こえてくる。ゴホゴホと咳をしながら、埃のかぶった箱を持って、亭主が戻ってきた。
「うちの店じゃ、宝石は質屋と変わらんが、ドレスは高く買い取れんからの。その代わり、その本とこの道具をおまけしてやろう」
亭主が箱の埃を雑に払い、蓋を開けると、中には握り拳くらいの石と、同じサイズの木片に金具がはめ込まれた物や、何かの革を鞣した大きなシートに、革製の水筒、そして茶色く薄汚れた布の中には、ナイフの他に様々な、何に使うのか分からない刃物が包まれていた。
石と金具のついた木片を手に取り眺めると、学園の図書館にあった上巻に、挿絵とともに紹介されていた、火打ち石にそっくりだった。
「あの、これもしかして……火打ち石ですか?」
「ほっほっ! 上巻をよく読んどる様じゃな。そう、これが火打ち石。これは、この本の冒険者が実際に使いよったもんでの。この本と縁があるなら、これも使う時がくるかもしれんからの」
「っ!? こんな貴重な物、本当によろしいんですか?」
「ほっほっ! 可愛らしいお客さんには特別じゃわぃ!」
「でも、それではご亭主が損をされませんか?」
「なに、この本も道具も、日頃から魔法を使う者にとっては、見向きもされん様なもんじゃからの。ここにあっても、ただのガラクタじゃわい。必要とする者に使ってもらう方が、道具も本も嬉しかろうよ」
「そんなっ、ガラクタだなんて! すごく嬉しい……ありがとうございます。大切にします!」
嬉しそうに本を抱きしめ、頬を紅潮させながら、道具を一つずつ確認していく私に、亭主は優しい微笑みを向けた。
空になった通学鞄に全て入るか心配だったが、道具を箱から取り出し、ドレスと同じ様に、革のシートを小さくたたんで、亭主に手伝ってもらいながら何とか全てを詰め込む事が出来た。
「それでは、失礼します。本当にありがとうございました!」
「ほっほっほっ! 気をつけての」
行きより帰りの方が、ズシリと重くなったパンパンの鞄に、御者に何か言われたらと心配した。だが暇そうに煙を燻らせていた御者が、私を見て慌てて火を消し愛想笑いをしながら、私を馬車へエスコートすると御者台に乗り込み馬に鞭を打つ。
慌てて鞄どころではなさそうだったので、怪訝に思われなくてホッとした。彼は今、馬車を御しながら、先程の怠慢を父に報告されないか心配している事だろう。
時間をつぶす様にとは言ったが、伯爵家の使用人たるもの、あの様な態度で主人を待つのは流石にいただけないのは、本人も分かっているから慌てていたのだ。
必要な物を買い揃えるのに、これは良いチャンスだわ。
コンコンッ
「ちょっと良いかしら?」
屋敷に着く前に、御者台をノックして馬車を停車させる。
「は、はいっ! 如何致しましたか? お嬢様」
「先程の事は誰にも言いませんから、明日学校の帰りに連れて行ってもらいたい所があるのだけれど、あなたも内緒にしてくれるかしら?」
先程のことを注意されるのではと、冷や汗をかく御者に、ニコリと笑って提案をする。
「ど、どこにお連れすればよろしいのですか?」
「それは明日伝えるわ。どうします?行かないなら残念ですが、お父様に報告せねばなりません」
「い、行きます! 行かせてください!」
「そう。では明日よろしくお願いしますね」
話は終わりだと、笑い掛けると、御者は少しホッとした様な、けれど明日どこへ連れて行く事になるのかと、不安そうな顔をして馬車を出した。
や、やった! よかった!
半ば脅す様な形で約束をもぎ取ってしまったけど、何とか必要な物を調達できそうだわ。
たまには、他のご令嬢達を見習って強気に言ってみるものね!
慣れない事をして興奮しているのか、心臓がバクバクと大きな音をたてている。
大きく深呼吸をして落ち着かせると、パンパンになった通学鞄を抱きしめ、ふふふと小さく微笑んだ。