ご馳走と冒険者の正体
骨董店の亭主からもらった革のシートの上に、布団と一緒に洗って乾かしたクッションを並べた。
その中央にはバナの葉を何枚も重ねた皿に、こんがりと焼けた大きな三つ眼鳥の丸焼きが、どしんと置かれ今日のメインを飾っている。
ほかほかと湯気の上がる器の中には、口裂け兎と首長羊のミルクスープが注がれ、バターと鮮やかなハーブのソースを纏ったレバーソテーに聖獣達の目は釘付けだ。
全員の器にスープを注ぎ終えると、涎を垂らし伏せをして待ち続ける聖獣達に声をかけた。
「さぁ、食べましょうか!」
その一声で、ガバリと起き上がり目の前の皿に飛びつく聖獣達に、くすりと笑いスープを啜る。温かい気候でも、ずっと外で過ごしていたせいか、気づかぬうちに身体が冷えていたようだ。
甘い旨味が凝縮され、コクのある温かな優しいミルクスープが、冷えた身体に染み渡る。空っぽだった胃に優しく、力が抜けてホッと息を吐いた。
『バターがあるだけでこんなに美味いのか! 昨日の焦げた内臓とは、えらい違いだな。これに比べれば、あれは石ころだ!』
「クナァン!」
バルカンのなんとも失礼な言い草に、確かに今日の出来と比べれば、あれは石ころだと納得する。素直すぎる聖獣達の反応に苦笑いを浮かべて、レバーソテーを口に運んだ。
味見をした砂肝と違い、レバーはまったりと濃厚だ。ただ、料理長のレバーソテーはもっとしっとりとしていた。
素材の違いもあるだろうが、生焼けが怖くて火を通しすぎたようで、少しパサつきを感じる。次からは、もう少し早めに火から下ろしても良さそうだ。
中央で存在感を放つ三つ眼鳥の丸焼きに、どこから手をつければ良いのか悩みながらナイフを入れた。きつね色をした皮がパリッと音を立て、肉にナイフが通った瞬間じゅわりと肉汁が溢れ出す。
「あちちちっ、すごい肉汁だわ」
夜会で見たことのある七面鳥の丸焼きより、何倍も大きな三つ眼鳥の丸焼きから、もも肉と手羽先を一本ずつ切り取り、バナの葉の上に乗せた。溢れて下に溜まった肉汁をすくい木の器に入れると、バルカンに残りの丸焼きを差し出す。
「はい。どうぞ」
『お前はそれだけで良いのか?』
「ええ。食べきれないほど大きいもも肉だわ。ペルーンはこの柔らかそうな手羽先よ。ちょっと待ってね、すぐにほぐすから」
「クナ!」
肉汁を入れた木の器に、鶏よりも何倍も大きな手羽先の肉をほぐしていく。脂の乗ったほろりと崩れる柔らかな肉に、これならペルーンも食べやすそうだと細かく割いて肉汁にまぶした。
「はい、召し上がれ」
「クナァ」
「ふふ、美味しい? 」
「クゥナァ〜ン」
生えかけの歯でも食べやすいのか、木の器に山盛りだった肉が、あっという間に消えていく。
『メリッサ。それはもういらないのか?』
脂で汚れた手をハンカチで拭っていると、口の周りを舐めながらバルカンが手羽先の骨を顎で指した。
「ええ、食べる?」
『ああ、この皮のついた骨が香ばしくてなんとも美味い』
肉の部分を取り除いた手羽先の骨を、バルカンの大きな口に放り込んであげると、バリバリと音を立てながら咀嚼していく。あの立派な牙なら硬い骨も粉々にするのは容易そうだ。
よく目にするのだが、バルカンが戯れつくペルーンを面倒くさそうに、咥えては投げ飛ばす事がある。あの鋭い牙が、小さな体に傷をつけずに咥えられるのが不思議で、じっとバルカンの口元を見つめた。
『なんだ、メリッサお前も欲しかったのか? だがこれは我のものだ! もう口の中は空だからな!』
何を勘違いしたのか、骨を噛み砕き急いで飲み込んだバルカンが口の中を見せてくる。
「ふふ、横取りなんてしないからゆっくり食べて。喉に骨が刺さったら大変だわ」
バルカンに笑いながら、自分の目の前に置いたもも肉に目を落とす。流石にそのまま齧り付くには大きすぎて、ナイフで食べやすい大きさに切って口に運んだ。
パリパリに焼けた香ばしい皮と肉に歯を立てれば、じゅわりと肉汁が口の中に広がった。以前食べた三つ眼鳥は引き締まった歯応えのある肉質だったが、今回はそれよりも丸々と太り脂が乗っている。
「この前食べた三つ眼鳥より柔らかいわ。それにしっとりしてて美味しい」
『やはり丸焼きの方が肉汁を逃さないから美味いな!』
たまに焦げて煤になってしまっている皮があるものの、中の肉はしっとりとしており切って焼くよりも肉汁が閉じ込められて美味しい。苦労して串刺しにした甲斐があった。
森に入って一番豪華な食事に、満たされた腹をさすりながら食後のお茶を沸かす。流石に食べ過ぎたので、消化を促すレモングラスでハーブティーを作るのだ。
ペルーンがぽっこりと膨らんだ腹を仰向けに転がり、眠たいのか目が半分閉じかかっている。
あれから聖獣達は、競うようにスープのおかわりを何度もして、寸胴鍋の中はあっという間に空っぽになってしまった。
その最後の一滴までも飲み干したバルカンは、満足そうに横たわっている。
それにしても、三つ眼鳥を串刺しにした木の枝に、火が当たっていても全く燃える気配がない。今も水を入れたケトルを提げてお湯を沸かしているのだが、燃え上がった炎の中でも焦げすらつかないのだ。
「ねぇ、このバルカンが採ってきてくれた枝、とっても丈夫ね。火に当たってるのに燃えないわ」
『ん? ああ、その枝の木に登ってよく昼寝をしていたからな。我の魔力を吸っているのだろう。そこらの木よりも丈夫だぞ』
「へぇ〜、じゃあこの串繰り返し使えて便利ね! けど、もっと刺しやすかったら良いのだけど……」
『そう言えば、この革のシートもそうだがメリッサが持っているナイフもガジルのだろう? 槍の穂先は持っていないのか?』
「えっ!? そうなの? これ、骨董店のご亭主から譲っていただいたの……と言うことは、あの本の冒険者はガジルさんだったのね!」
『なんだ、知らずに使っていたのか』
「ええ! それじゃあ、あの本に書かれている森は、この魔物の森って事!?」
『それは知らんが、それより槍の……』
興奮気味に立ち上がって舞い上がる私に、バルカンが珍しく押され気味に声をかけてくる。
「あ、そうね! そうだわ! 槍の穂先だったわよね。アレのことかしら。持ってくるわ! ふふっ」
スキップをするほど浮かれながら家の中に入ると、トランクケースを開ける。骨董店の亭主からもらった道具の中から布に包まれた謎の刃物達を広げた。
「これが槍の穂先かしら? 確かに槍の穂先って言われたらそうね……」
鉱物らしき物で加工された、中が空洞の尖った刃物が、くすみもなく鋭く光っている。
「バルカン、これが槍の穂先かしら?」
『ああ、懐かしいな。それなら良く刺さるだろう。串の先は切り落としてはめると良いぞ』
バルカンが懐かしむように目を細め取り付け方を教えてくれる。早速、湯気の上がるケトルを串から降ろすと、バルカンの言う通り先の尖った部分はナイフで切り落とした。
槍の穂先の穴に木の枝を押し込むようにはめる。枝の太さと穂先の穴がぴったりで、試しに引っ張ってみると、しっかりはまったようで簡単に抜けなくなった。
「これなら次から、刺しやすくて良いわね!」
『ああ、それがあればいつでもその場で丸焼きができるな。メリッサ、外に出る時は必ず持ち運ぶんだぞ』
ニヤリと笑ったバルカンに、これからランチは魔物の丸焼きになりそうだと苦笑いを浮かべたのだった。
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