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木苺ミルクと悪戦苦闘

 とくりとくりと瓶からバターと分離した色の薄い液体を取り出す。


 残ったバターは一つの瓶に纏めて岩塩を加えれば完成だ。聖獣達が匂いを嗅ぐ様に鼻を鳴らしながら顔を寄せる。


『これがバターか。乳が固まるとは不思議だな。残りの汁はどうするんだ?』


「これも乳清と言って飲めるのよ。脂肪分がなくなっているから、搾りたてのこってりしたミルクをそのまま飲むよりも飲みやすいんじゃないかしら?」


 木のスプーンですくって一口飲むと、あれだけ濃厚だった乳がさっぱりとした口当たりになっていた。これなら少し物足りないが、そのまま飲むことも出来るし風呂上がりには丁度良さそうだ。


「思ってた以上にあっさりしているのね。これに残しておいたミルクと木苺と混ぜてお風呂上がりに飲む木苺ミルクにしましょうか。バルカン達も乳清を味見してみる?」


『いや、風呂上がりの木苺ミルクとやらが減るのは嫌だからな。今回は我慢しよう。なぁ、チビよ』


「クナァ〜ン」


「ふふ、帰り道で収穫した木苺の摘み食いもしなかったし、二人ともお風呂上がりの木苺ミルクをとても楽しみにしているのね」


 家へ帰ってくるまでの聖獣達の様子を思い出し、くすりと笑う。


 ペルーンが雷で撃ち落として丸ハゲになった三つ眼鳥を、バルカンに運んでもらい家へ帰っている道すがら、ちらほらと実っている木苺を見つけた。今朝摘んだ木苺は全て食べきってしまったので、風呂上がりに飲むミルクと混ぜるのに丁度良いと歩きながら収穫したのだ。

 その際、摘んだばかりの木苺を狙う聖獣達に木苺ミルクが減っても良いのか聞くと、バケツに顔を寄せていた二匹がそろりと離れた。

 その後はお互いに摘み食いをしないよう、チラチラと様子を伺う聖獣達がおかしくて笑いながら木苺を摘んだ。意外にも口喧嘩をせず目だけで牽制し合う二匹は、艶やかに実る木苺を見つける度、今度は競う様に私に報告してきた。

 お陰で今朝摘みに行った木苺畑よりも、実りが少ない場所なのに短時間で沢山集まったのだ。そう考えると朝は私が思っていたよりも聖獣達に摘み食いをされていた事に気づく。

 見ていない所でどれだけ摘み食いをしたのかと聖獣達に呆れた。


 洗い場で樽の蛇口をひねり、木苺についた汚れを洗い落とす。水を弾く赤と黒の木苺が宝石の様にキラキラと輝く。

 後ろでじゃれ合う聖獣達をチラリと見て、赤い宝石をこっそり一粒口に入れた。妖精の泉の水で冷んやりと冷えた甘酸っぱいそれに頬が緩む。

 もう一度チラリと聖獣達を盗み見るが、まったく私が摘み食いをした事に気づいていない。こそこそと初めてする摘み食いに、今度は黒い実を一粒口に入れ、くふふと笑いが漏れた。


 木苺の水分をしっかり切って一粒一粒スプーンで潰していく。ぎゅっと潰した瞬間、果汁が飛び出しフレッシュな木苺の香りがふわりと広がった。

 器の中は赤と紫が混ざり合い濃い鮮やかな色に変わる。その色彩に美術館で見た薔薇をモチーフに描いた油絵を思い出す。

 木苺を潰す度に果汁が一枚の花びらの様に散り、あの何重にも重ね塗りされた美しい油絵の様に器の中が華やいだ。

 これが人工的に作られた色ではなく、自然の物だと思うとなんとも不思議で美しい。


 飲む時に果肉も楽しみたいので少しだけ木苺の形を残し、砕いた樹液の粒で甘みを足した。口が少し広い大きな酒瓶に、切ったバナの葉を三角に丸め漏斗の代わりに瓶の口に添える。

 皿の中の潰した木苺をゆっくりとバナの葉の漏斗に流すと、穴からとろみのある深い赤紫色がぼとりぼとりと瓶の中に流れ落ちていく。簡易的にバナの葉を丸めて作った物だが、『調理器具百選』の本で見た瓶に液体をこぼさず入れる事の出来る漏斗の代わりをちゃんと果たしている。

 この調子で、バターを作った時に出た乳清と残しておいたミルクを、こぼれない様にゆっくりと流し入れた。赤紫の果汁に白いミルクが混ざり合い、瓶の中は綺麗なマーブルが出来上がる。

 まるでうずを巻く棒つきキャンディーの様だ。


「わぁ! ふふ、可愛い」


 私の漏らした声に聖獣達が駆け寄ってくる。


『ほう! これが木苺ミルクか。中々美味そうだな』


「クナァ!」


 しっかりと瓶の蓋を閉め、瓶の中身が混ざる様に抱えて振った。すると赤紫と白のマーブル色から、紫がかったピンクの優しい色合いに様変わりした。


「これで岩塩の床下で冷やせば完成よ。お風呂上がりが楽しみね!」


『ああ、どんな味か楽しみだ! そう言えば、そろそろ三つ眼鳥の血抜きが終わる頃ではないか?』


「そうね、丁度こっちも終わったし見に行ってみましょうか!」


 以前バルカンが口裂け兎の血抜きをしてくれた様に、今度は頭を切り落として水路に引っ掛けてくれている。これなら血で地面が汚れることなく匂いも出ないので、血の後処理をしなくて良いのが嬉しい。

 今回はバルカンの希望通り三つ眼鳥を丸焼きにするので、大掛かりな解体はせず腹を開いて内臓の処理をした。


『メリッサ。これで良いのか?』


 汚れた手を洗っているとバルカンが太くて長い立派な木の枝を咥えて持ってきた。大きな三つ眼鳥を串刺しにして丸焼きにするため、できるだけ長くて太い枝を採ってきて欲しいと頼んだのだ。


「ええ! 十分だわ。ありがとうバルカン」


 足元にはカランカランと音を立てながらペルーンが得意な小枝集めをしてくれている。


「まぁ! 今日もたくさん集めてくれたのね。ありがとうペルーン」


「クナァ〜ン!」


 名前を呼ばれて嬉しそうに足に擦り寄るペルーンを撫でて、バルカンの採ってきてくれた立派な枝を手に取った。


「じゃあ、まずは三つ眼鳥を串刺しにしましょうか」


 立派な枝に付いている葉を全て切り落とし、肉に突き刺しやすい様に先端をナイフで削っていく。スパンスパンと切れ味の良いナイフで叩き斬る様に豪快に削る私に、バルカンが心配そうな顔をした。


『お、おい大丈夫か。気をつけろよ?』


「え? なに?」


『おい、目を離すなっ! いや、何でもないから枝を削る事に集中しろっ!』


 何と言われたのか聞き取りづらく、ナイフを振り上げながらバルカンの方に顔を向けると、慌てた様に注意された。バルカンの慌てっぷりにきょとんとしながら、手に馴染んできたナイフを振り落とした。


 自分でも良い出来栄えだと感心するほど槍の様に尖った木の枝に満足していると、バルカンがホッと息を吐いていた。そんなに手元が危うかったのだろうかと首を傾け、さっそく処理をした三つ眼の尻からぶすりと太い枝を突き刺さす。


「ふんっ! ん〜っ!」


 勢い良く半分まで突き刺さりはしたが、それから中々串が進まない。悪戦苦闘しながら何とか串を貫通させた頃には額に汗をかいていた。


「や、やっと刺さった……やっぱり丸ごと串刺しにするのは大変ね」


 一休みしたい所だが、丸焼きでしかも前回よりも大きな三つ眼鳥は焼くのに時間がかかるため、息をつくよりも先に直ぐさま塩をふりかける。石を積み上げて作った竃に、串の両側が乗る様にバルカンに手伝ってもらい引っかけると竃に火をつけた。


「はぁ〜、重かったわ。これでじっくり焼けるのを待ちましょうか」


 この調子だと出来上がる頃には夕方になってそうだ。それならば、少し早めの夕食にしてしまった方が良いのではないかと考える。

 三つ眼鳥の丸焼きを作っている最中に、昨日夕食用に取っておいた口裂け兎と、首長羊のミルクでスープを作ろうと算段をつける。


 でも、その前に少しだけ休憩しようと赤くなった手をぶらぶらと振りながら、側に横たわる丸太に腰掛け一息ついたのだった。

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